2025年7月9日
佐野 慎輔 (笹川スポーツ財団 参与、上席特別研究員/産経新聞 客員論説委員)
- 調査・研究
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2025年7月9日
佐野 慎輔 (笹川スポーツ財団 参与、上席特別研究員/産経新聞 客員論説委員)
オンラインカジノの規制を強化する「改正ギャンブル依存症対策基本法」が6月18日に成立した。オンラインカジノに誘導するインターネット上の書き込みそのものを違法と規定し、スポーツ選手や芸能人などの関与が社会問題化するなか、国が多発するオンラインカジノ利用の規制強化に乗り出したわけである。
いうまでもなく日本では公営競技以外の賭博は違法である。海外では合法となっているカジノも、日本国内からインターネットを通して賭けに参加すれば違法行為として摘発の対象となる。警察庁では取締りを強化、2024年は過去最多279人の逮捕者を記録した。しかし実態は安易な利用が後を絶たない。警察庁が2024年7月から2025年1月にかけて実施した調査ではオンラインカジノによる賭博の利用経験者は約336万9000人、年間賭博金額は約1兆2423億円と推計された。これは対象とした15歳から79歳、全国2万7,415人の回答から推計された数値で、数字以上に蔓延している可能性は否定できない。
利用経験者は20代、30代が多く、40代そして10代と続く。これらの年代にとってインターネットはごく普通に、手元に存在する。インターネットによる賭博行為は違法だという認識がなければゲームの延長線上で軽い気持ちで利用してしまいかねない。実態調査では回答者の4割が違法との認識を持っていないと回答した。摘発されたスポーツ選手や芸能人もまた違法との認識はなかったと証言している。こうした空気をつくりだしているのが「海外の合法国でライセンスを取得した事業者によるサービスだから大丈夫」あるいは「事業者が合法国で処罰対象にならないのだから日本からの利用者にも賭博罪は成立しない」と解説するインターネットサイトである。グレーは黒ではないとの認識だ。
日本国刑法は第185条で賭博を禁止し、第186条2項で利益を得る目的で賭博行為を行う場所の提供を禁じている。それぞれ「賭博罪」、「賭博場開帳図利罪」に問われる。国内法ではあるものの、日本人が日本国内からインターネットで賭博に参加することは賭博罪に相当しサービスを提供することも違法、グレーは黒だとの認識を持たねばならない。成立した基本法は理念法であって具体的な罰則規定にまでは言及していないものの、違法性を明確にすることによって多発する状況に一定の効果があると思われる。今後さらに罰則規定とともに監督機関の設置が求められる。
いまスポーツベッティング導入に向けた動きがある。ベッティングとは「賭け」であり、日本では違法行為にほかならない。一方SPIでも桜美林大学の小林至教授が指摘されているが、スポーツベッティングはいまや世界のスポーツ産業の中核を占めるまでになっており、利益は国庫を潤すとともにスポーツ界に還元する新財源としての期待が大きい。
IT企業などが参加する一般財団法人スポーツエコシステム推進協議会のホームページによれば、2024年における日本居住者の海外スポーツベッティングサイトを利用したことで形成された市場規模は約6.5兆円、また世界から日本のスポーツを賭けの対象とする市場規模は4.9兆円と推定される。多額の資金が海外に流出しているわけだが、仮にスポーツベッティングが日本でも解禁されれば7兆円規模の売上が見込まれ、25%をスポーツ界に還元するとしたら年間1兆8000万円におよぶ安定財源を獲得できるとする観測気球もあがっている。
2025年度政府予算は115兆1978億円、うち文部科学省予算5兆5094億円でスポーツ庁予算は363億円。文部科学省予算の0.7%に過ぎない。2025年1月1日現在の総人口1億2359万人で割ると1人あたり約294円。スターバックスで飲むコーヒー(ショート)1杯380円にも満たない。このスポーツ予算を多いとみるか、少ないとみるか。大きな話題を集めた米大リーグの大谷翔平選手が2023年12月、ロサンゼルス・ドジャースと結んだ契約は10年約7億ドル、日本円に置き換えると約1015億円(145円換算)で1年あたり101億円。スポーツ庁予算は大谷選手が4人いればおつりが出る。
スポーツ庁はこの予算に則り、運動部活動の地域展開やパラスポーツ推進支援に関わる「包摂社会の実現にむけた地域スポーツ環境の総合的な整備充実」、アスリート強化事業を含む「持続可能な競技力向上体制の確立等」、そして疲弊する地方の活性化および健康長寿社会実現に向けた「スポーツによる地方創生・経済成長・健康増進」という政策を実施している。数ある施策を行う上で、文部科学省自身も「スポーツ関係政府予算の対GDP比を諸外国と比較すると、日本は低い水準にある」と認める。
だからこそスポーツベッティング導入に期待がかかる所以だが、「違法」という高い壁をいかに乗り越えるか。ギャンブル依存症、八百長行為といった懸念、課題の解決、さらには「教育上の視点」という意識への対応も求められよう。
先例となるのは「公営競技」であり、「宝くじ」および「スポーツ振興くじ」いわゆるtotoくじである。いずれも刑法で「賭博」(第185、186条)「富くじ」(第187条)行為が禁じられている日本にあって、例外的に適用範囲外として行為が容認されている。これを「違法性の阻却」という。
「違法性の阻却」のためには根拠法を持ち、統括官庁の監督のもと運営組織や開催方式やルールなどを明確に、厳格に運営されなければならない。加えてギャンブル依存症や八百長行為などの「弊害の除去」をはじめ「公正安全な運営確保」に努め、収益を公共の発展に資することが義務付けられている。【図表1】はそうした公営競技および宝くじの仕組みを笹川スポーツ財団シニア政策ディレクター吉田智彦氏がまとめたものである。
【図表1】
こうした公営競技、宝くじおよびスポーツ振興くじは「低い水準にある」スポーツ関係予算を補い、スポーツ界の発展にむけて売上の一部が投入されている。公営競技は戦後の混乱期、地方自治体による公共事業に資するための財源として例外対象となった。プロ競技スポーツが対象であることから当然、馬術やボート、自転車などの競技支援も担い、その枠を広げながらスポーツ界に貢献している。宝くじは1964年東京オリンピックに始まり、2002年サッカーワールドカップ、2019年ラグビーワールドカップなど大規模国際競技大会開催を支援し、2020東京オリンピック・パラリンピックに続き、2026年愛知名古屋アジア競技大会でも財源の裏付けとなっている。
また2001年から全国販売が始まったスポーツ振興くじは2024年度約300億円をスポーツ界に還元するなど、昨今の国際競技力向上を支え、環境整備を進めてきた。国立競技場建設、進行中の明治神宮外苑再開発計画とも大きく関わる。この振興くじの根拠法が1998年成立の「スポーツ振興投票の実施等に関する法律」であり、2003年設立の独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が運営を担う。JSCの前身は日本学校給食会(1955年)と国立競技場(1958年)を統合して1986年に設立された日本体育・学校健康センターであり、JSC設立まで運営を担った。振興くじは【図表2】のように売上金の約50%をくじ購入者に払戻すとともに、売上金の5%となる特定金額や運営経費、くじの対象となる日本プロサッカーリーグ(Jリーグ・2000年~)とジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(Bリーグ・2021年~)への支援金を除いた収益金の3分の1を国庫に納付、残り3分の2がスポーツ振興事業助成にあてられている。ちなみに国立競技場建設、神宮外苑再開発など継続性がある案件が特定金額の支援対象となっている。
総務省統計局は2025年4月1日現在の日本の総人口概算値が1億2340万人で、前年同月と比べて約60万人減少したと発表した。2004年の1億2784万人を頂点に人口の長期低落傾向に歯止めはかからず、国立社会保障・人口問題研究所は2024年4月、2020年国勢調査をもとに2050年には日本の人口は1億400万人余になると予測する。
人口減少は国内市場の縮小を招き、選手強化やスポーツ環境整備にも影を落とす。日本の各競技団体の収入源は入場料・登録料、放映権・スポンサー料と補助金であり、人口減少とそれによる経済活動の停滞はすべての財源に影響する。国による支援の大幅な伸びは期待できず、スポーツ振興くじや公営競技の比重はより高まる。しかし人口減少は投票券購入者の縮小を意味し、売上減少は必至。新たな財源づくりは不可欠だといってもいい。
オンラインカジノの違法性ばかりがクローズアップされる現状では、新財源としてのスポーツベッティングに否定的な意見が多いこともうなずける。しかし現時点で新たな財源が考えにくい以上、スポーツベッティング導入に向けた準備、基盤づくりは欠かせない。部活動の地域展開も視野に入れた財源としての必要性を訴え、公営競技やスポーツ振興くじの仕組みに倣った法整備およびシステム構築に乗り出し、「違法性の阻却」を目指す必要がある。
法整備において参考とするべき条約として、「スポーツ競技の操作に関する欧州評議会条約」がある。2014年9月18日にスイスのマコリンで締結されたことから通称「マコリン条約」と呼ばれているこの条約は、スポーツにおける八百長を防止するとともに違反者の摘発・処罰をうながしている。2025年6月現在、欧州を中心に43カ国が署名、15カ国が批准している。締約国に「規則の制定および立法措置」「不正操作に対する教育・研修・啓発活動の実施」「規制機関およびナショナル・プラットホームの設置」「罪の刑事罰化」などが義務として求められ、スポーツ団体や大会主催者などにもさまざまな責務を規定している。この法律が制定された背景には、当時、欧州で盛んになってきたスポーツベッティングへの対応があり、条約では随所に「スポーツベッティング」という文言がみられ、スポーツベッティング業者に対する責務も規定されている。残念ながら、日本ではまだ条約そのものの周知が進んでいない状況であり、スポーツベッティング導入を検討する以前に何よりこのマコリン条約について検討していくことは必須である。
また同時に、実施にあたっては中心となる監督官庁及び運営母体をどうするのか、真剣に考えていく必要がある。経済産業省が力を入れる一方、スポーツ界自体の動きは必ずしも活発ではない。文部科学省という教育を所管する官庁の下で活動が制限されるとすれば、スポーツによる地方創生を視野に総務省、あるいは連携を図るスポーツ庁と文化庁、観光庁を統合して「スポーツ・文化・観光省」を新たに創設し、監督することも考えられてよい。手をこまねいていることは何とも、もったいない話である。