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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

インターネットは、オリンピック放送を変える!?

【オリンピック・パラリンピックのレガシー】

2021.03.26

1.東京大会を何でみますか?

 あなたは「2020東京オリンピック・パラリンピック」を何でみますか?

 こう書き起こすと、家電メーカーの宣伝広告が始まると思われるかもしれない。もちろんそうではなく、単純に大会放送、映像をどのような機器で視聴するのかということだ。

 手元にNHK放送文化研究所が行った「20197月東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査」の数値がある。調査は201610月から定期的に実施しており、その5回目。開幕のおよそ1年前の2019629日から77日まで、住民基本台帳から無作為抽出した全国の20歳以上3600人を対象に実施された。

 複数回答による調査結果では「テレビ」が92%と高く、多くの人がテレビでオリンピック・パラリンピックを見ると答えている。以下「スマートフォン」30%、「ラジオ」「パソコン」が13%、「タブレット端末」8%、スマホ以外の「携帯電話」2%、「見聞きするつもりはない」5%と続く。年齢別でもすべての年代層でテレビが高く、特に男女60歳代では97%と圧倒的だった。一方男女20歳代はスマートフォンが50%と半数に及んだ。ちなみにこの年代層の男子は74%、女子91%がテレビ視聴である。

 目下、テレビの地位は揺るぎないものの、若年層でのスマートフォンの伸びは著しく、今後の同様の調査ではさらに高い数値をしめすだろう。総務省の『令和2年版情報通信白書』によると、2019年におけるスマートフォンの世帯保有率は83.4%。初めて8割を超えて、パソコンの69.1%を圧倒した。スマホ個人保有率も67.6%で携帯電話・PHS24.1%を43.5ポイントも上回っている。

 もはやスマートフォンを無視できないというよりも、中心に据えた対応が求められる。ICT(情報通信技術)の進化とともに放送・報道のあり方も大きく変えつつある。

 NHK放送文化研究所の調査は「東京大会に期待する放送サービス」も複数回答で聞いている。最も多かった要望は、「終了した競技を様々な端末で後からいつでも見ることができる」44%だった。「見逃し配信」である。以下、「様々な端末で、いつでもどこでも競技映像が見られる=同時配信」37%、「今よりも、高画質・高臨場感のテレビ中継が見られる=4K・8K」36%、「選手のデータや競技に関する情報が手元の端末に表示される=端末への情報提供」28%、「自分の好きな位置を選んで自分だけのアングルで競技を見られる=自分だけのアングル」15%、「自分も競技に参加しているかのような仮想体験ができる=バーチャル」と続く。

 この調査は2016年の第1回から同じ設問で継続され、「見逃し配信」「同時配信」「端末への情報提供」の期待値が増加した。「見逃し配信」は男女50歳代と女子30歳代で半数以上を記録、「同時配信」は男女とも20歳代から50歳代までで40%以上である。いわゆる働き盛りの層で「動画配信」の需要が高い。また男子30歳代と女子の20歳代で「端末への情報提供」が40%を超えるなど、若い層の立ち位置が理解できる。高年齢層では「4K・8K」への要望が高く、世代間による違いが浮き彫りになった。

 調査結果から、インターネットの動画配信サイトの需要の高まりを思う。一方、動画配信もオリンピックにおける権利ビジネスの一環で、国際オリンピック委員会(IOC)との契約によって成立している。ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が日常生活に欠かせない存在になってきた現在においても、権利を有しなければ短いニュース映像以外のオリンピックに関わる動画配信、競技の中継映像は配信できない。


2.IOCは初め、消極的だった

gorin.jp/民放オリンピック公式動画サイト

gorin.jp/民放オリンピック公式動画サイト

 オリンピックの動画配信が始まったのは、2008年北京大会。日本ではNHKのサイトと日本民間放送連盟(民放連)加盟テレビ132社の共同サイト「gorin.jp」が立ち上がった。きっかけは2006年、IOCが米国のNBCをはじめ、世界の放送権を有するテレビ局、テレビ機構にインターネットによる動画配信を“打診”したことによる。

 インターネットの起源は1967年、米国防総省の資金提供によるパケット通信ネットワーク。大学研究者の情報データ交換の場として発展し、その後、商用化が進む。そして1995年、Microsoft社が発売した「Windows 95」が一般に普及する契機になったとされる。

 オリンピックにおけるインターネットの本格的な活用は1998年長野冬季大会。期間中、日本IBM制作の公式ホームページを通して選手情報や競技の予定、結果に加えて交通や気象、観光情報などが提供された。世界各地から6億以上のアクセスを記録。大会関係者や選手、報道関係者の間ではイントラネットが整備されて情報共有が大きく進んだ。

 日進月歩のネット社会。動画配信の普及も著しかったが、IOCは当初必ずしも活用に積極的だったわけではない。財源の7割以上を放送権料として依存するテレビ局の意向を図りかねたと言ってもよい。2000年シドニー大会を前に「ネット権」をどうするか、議論の俎上にあがったものの、独占放送権という大前提に変革を逡巡した。

 2002年ソルトレーク冬季大会でようやく試験的なインターネット放送が行われ、2004年アテネ大会からストリーミング配信が始まった。「メディア組織が独自のウェブサイトに通常の報道、論説を目的とする記事を掲載することを制限しない」とする一方、「オリンピックがテーマの独立型ウェブサイト」「Olympic, Olympicsのドメインネーム使用」「60秒に1回以上の動画更新」などは禁じられた。

 慎重な姿勢が変わったのはアテネ以降。背景に「IP Geolocation」によるアクセス制御や地域制限などの技術革新があった。放送権が及ぶ範囲外からのアクセスを排除することで権利保護が進んだ。放送権とインターネット配信権と合わせた「ニューメディア権」という発想である。

 そして、IOC2008年北京大会を前に、日本の放送権を持つジャパンコンソーシアム(JCNHKと民放キー局5社で構成)にネットの動画配信を持ち掛けたのだった。

 日本側は当初、躊躇った。競技結果や選手情報はわかるが動画で何を流せばいいのか、地上波への影響も考えなければならない。民放連の場合は各社の温度差の調整に始まり、スポンサーとの交渉もネックとなる。ただ配信しなければ、将来、YouTubeなどのネットメディアに権利が移りかねない。

 そのうちNHKが独自に特設サイトで動画配信を始める。日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビの民放キー局5社は広告代理店の電通、博報堂DY、アサツー・ディ・ケイ、東急エージェンシー4社と共同出資して株式会社プレゼントキャスト(現・株式会社TVer)を2006年に設立していて、2006年、2008年と各局が放送権を持っているスポーツの世界選手権について、ハイライト配信を行ってきた実績もあった。オープンまで約50日という突貫工事で、民放テレビ132社共同提供の特設サイト「gorin.jp」を立上げ、動画配信を始めたのだった。

 当時プレゼントキャスト代表取締役社長を務め、現在「TVer」取締役の須賀久彌氏に話を聞いた。須賀氏によれば、「JCの回線を通して映像を収録し、スタジオで編集してほぼ半日遅れで配信する」ような体制だったという。「競技によってはルールに精通するスタッフがおらず、戸惑うことも少なくなかったし、例えばレスリングでポイントを追いながら編集していくうち、勝ったと思っていた選手が敗れ、ポイントで劣勢だった選手が逆転勝者になっていたこともあった。ルールもよく知らないスタッフもいたんですよ」と笑う。草創期の苦労がしのばれるが、それでも大会期間中384本、延べ1481分の動画を配信した。広告をつけて視聴料は無料。しかし認知度は低く、サイトは1380万ページビュー(PV)にとどまった。

 「2010年バンクーバー冬季大会ではJC回線から直接編集が可能となり、ハイライト動画のアップまでの時間は、格段に短くなりました。冬季大会は競技種目数が少なく配信番組も限られたため、公式サイトは914PVに終わったものの、IOCから過去の動画を流す許諾を得て、その後の展開が広がっていきました」と須賀氏はいう。

 NHKは、北京大会の1690PVからバンクーバー大会の3090PVにアクセスを伸ばした。テレビで生中継しない競技種目のライブストリーミング配信が高評価を得て、いよいよ2012年ロンドン大会を迎える。

3.ソーシャル・オリンピック ロンドン

 ロンドン大会はSNSが世界中に普及して初のオリンピック・パラリンピック、「ソーシャル・オリンピック」と呼ばれた。「セキュリティ=保安性」「サステナビリティ=持続性」「スケーラビリティ=拡張性」のキーワードのもと、ICTはもはやオリンピックに不可欠な要素となった。

 それまで禁じてきた選手のSNS使用もガイドライン遵守を条件に容認した。「オリンピック憲章の遵守」「一人称で日記形式の書き込み」「商業、広告目的に活用しない」「競技リポートをしない」「他選手の言動、活動にコメントしない」「競技会場、選手村等オリンピック施設内での動画投稿の禁止」が条件である。選手たちの情報発信は活発になり、視聴者による応援の輪が広がった。期間中、Twitterによるツイート数は1億を数え、北京大会での125倍を記録。大会公式サイトへのアクセス数は47.3PV、ユニークユーザー(UU)は1.1億に達した。スポンサー企業のネットを通したプロモーション活動も、例えばコカ・コーラ社の「Move to the best」キャンペーンに代表されるように活発になったことはいうまでもない。

 動画配信も大きく変わった。何よりオリンピックの独占的な放送権を持つ米国NBCがすべての競技でストリーミング配信を行い、大きな注目を浴びたのだ。

 NBCは全競技での配信を背景に、視聴可能なケーブルテレビへの加入を促進するなど自らテレビ局の枠を超えた。専用アプリの提供によりiPhoneiPadなどの利用に道を開き、Twitterも活用。「今どの競技が盛り上がっているか」といった情報を流し、視聴者を地上波や特設サイト、ケーブルテレビ、SNSに誘導した。特設サイトは20PV、ストリーミング映像の視聴は15900万回を記録するなど、テレビとSNSの親和性の高さを実証してみせた。

 英国公共放送BBCは地上波に加え、ネットのオンライン配信を実施。国内の総視聴回数は1億を超え、北京大会の3倍となった。その60%はライブストリーミングである。

 日本でも「ロンドンは特別な舞台」となった。NHK8チャンネルで20競技をライブストリーミング配信。総配信時間913時間40分、26138000の総接続数を得た。競技の途中経過や速報をリアルタイムで発信し、SNSは動画共有の仕組みを取り入れた。Twitterの公式アカウントを特設サイトで公開、35000人のフォロワーを獲得。アクセス数は34000PVにおよんだ。

 「gorin.jp」も4460PV261UUを記録。着実に、数値を伸ばした。ようやく存在が認知されたといってもいい。ただ須賀氏によれば、「8チャンネルを活用したNHKと比べて2チャンネルと同時に流せる数が少なく、日本選手が活躍するたびに番組編成をし直す苦労を強いられた」という。一方で、開催国との時差を考えれば、インターネットのライブストリーミング配信や動画配信が今後、大きな可能性をもつことがロンドンで再確認された。

4.コロナ禍がターニングポイント

 2016年リオデジャネイロ大会ではNHKの特設サイト、民放の「gorin.jp」はともに2500時間を超えるライブストリーミング映像を配信している。ロンドンが913時間だったことを考えれば、格段の飛躍であった。さらにNHKでは見逃し動画配信が1033本、3293時間に及び、ハイライト動画も3939本配信されて再生回数7929万回を記録している。

 IOC2016821日、独自にインターネットテレビ局「Olympic Channel」をリオデジャネイロ大会閉会式に合わせて開局。オリジナル番組や過去の大会映像、ドキュメンタリー動画を配信し始めた。ネットによる動画配信の可能性を追求する新戦略である。IOCのワールドワイドスポンサーのトヨタ、ブリヂストン、アリババがスポンサーとなり、米テレビ局NBCとも連携した。「gorin.jp」も連携し同局提供の動画を配信している。

 以下は、須賀氏の話をまとめた。

 依然、テレビが主体ではあるが、動画サイトの存在感は比較にならないほど増している。リオデジャネイロ大会、2018年平昌冬季大会ではスマホ、PC観戦の需要が増し、とりわけ勤務時間帯ではスマホ観戦が午前中から継続して使われ、昼下がりにはPC配信が数値を伸ばした。

 延期された東京大会は、時差こそないものの、新型コロナウイルス感染拡大の影響で無観客、もしくは入場制限となる可能性は否定できない。コロナ禍によって観戦様式も大きく変化、動画配信への需要増大は必至。それは、「見逃し配信」「同時配信」「放送がない競技のライブ配信」「情報提供」そして「ハイライト動画」への需要が飛躍的に拡大することは疑うべくもない。インターネット映像配信の得意とする領域である。

 「gorin.jp」は、2018年平昌冬季大会以前は大会ごとにサイトを開き、大会が終われば終了する特設サイトで、放送権という枠にしばられた開催期間中の臨時サイトだった。しかし平昌大会以降、IOCの戦略もあって常設が許された。これにより、2年ごとに新たに集客するのではなく、常に、オリンピックの映像が見られる場所を提供できるようになった。

 一方、オリンピックの映像配信には課題もある。オリンピックは同時に開催されている競技数が多いため、なかなか実現は難しいが、サッカーのワールドカップのように1つの競技における映像の種類が増えることになれば、「臨場感」「自分だけのアングル(多視点)」といった期待にも応えられるだろう。須賀氏は未来への可能性を含めて、そう語った。

 確かに、ロンドン大会の折、NBCは総合的な取り組みを行い、テレビとインターネットとの親和性を示した。その後、飛躍的な技術の進歩、環境整備が進み、東京大会以降、さらなる可能性をわれわれに予見させてくれる。

柔道男子66kg級東京オリンピック代表決定戦・阿部一二三と丸山城志郎(YouTube/テレビ東京スポーツ)

柔道男子66kg級東京オリンピック代表決定戦・阿部一二三と丸山城志郎(YouTube/テレビ東京スポーツ)

 20201213日、柔道男子66kg級の東京オリンピック代表決定戦は阿部一二三、丸山城志郎両選手の24分間にわたる壮絶な闘いとなった。無観客で実施された試合の模様はテレビ東京が中継した。しかし、試合時間延長で放送予定時間に収まらず、YouTubeTVerにリレーされて勝負決着まで中継された。番組編成で放送時間の制約を受ける地上波テレビの限界と、インターネットの潜在能力を垣間見る思いであった。

 テレビ局がテレビとインターネット双方を活用していくことで、サービスの高度化が進む可能性を思う。とすれば近い将来、テレビとインターネットの融合がさらに進み、主役交代となったとき、ターニングポイントは「あの代表決定戦の放送」といわれるのかもしれない。

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スポーツ歴史の検証
  • 佐野 慎輔 尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員
    笹川スポーツ財団 理事/上席特別研究員

    1954年生まれ。報知新聞社を経て産経新聞社入社。産経新聞シドニー支局長、外信部次長、編集局次長兼運動部長、サンケイスポーツ代表、産経新聞社取締役などを歴任。スポーツ記者を30年間以上経験し、野球とオリンピックを各15年間担当。5回のオリンピック取材の経験を持つ。日本スポーツフェアネス推進機構体制審議委員、B&G財団理事、日本モーターボート競走会評議員等も務める。近著に『嘉納治五郎』『中村裕』(以上、小峰書店)など。共著に『スポーツレガシーの探求』(ベ―スボールマガジン社)『これからのスポーツガバナンス』(創文企画)など。