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大学スポーツの発展に期待

【オリンピック・パラリンピックのレガシー】

2021.04.20

オリンピックと日本の学生スポーツ

 近代スポーツは明治初期、ヨーロッパやアメリカから日本に導入された。旧制第一高等学校(現・東京大学)や東京高等師範学校(現・筑波大学)、慶応義塾大学や早稲田大学がその受け皿の中心となり、軍隊とともにスポーツの“ゆりかご”として、普及、発展させていった。

 今日見られるようにプロ野球、高校野球が人気を博する以前、国民的な人気を集つめたのが野球の早慶戦だった。応援が過熱しすぎて、両校の対決が1903年に中止となり、1925年の東京六大学リーグ戦創設まで早慶戦が開催されない時代もあった。

1912年オリンピック・ストックホルム大会陸上400mの予選4組で2位に入った三島弥彦

1912年オリンピック・ストックホルム大会陸上400mの予選4組で2位に入った三島弥彦

 ちょうど同じころ、日本のオリンピック・ムーブメントが、大学を中心に始まっていくのである。近代柔道の創始者としても知られる嘉納治五郎が近代オリンピックを創始したフランスのクーベルタン男爵からの招請により、1909年にアジアで初のIOC委員に就任。1911年には、自ら校長を務めていた東京高師や東京帝国大学(現・東大)、東京高等商業学校(現・一橋大学)、慶大、早大などの総長・学長をはじめスポーツ関係者との協議のもと、オリンピックの参加等を目的として大日本体育協会(後に日本体育協会、現・日本スポーツ協会)を創設した。そしてその年の11月に羽田競技場で行われた予選会を経て、陸上短距離の三島弥彦(東京帝大)と金栗四三(東京高師)の2名を日本代表に選出し、1912年ストックホルムで開催されて第5回オリンピック大会に日本として初参加した。嘉納は自ら選手団長を務めている。


 日本の初期のオリンピック・ムーブメントには大学の関係者が深く関わっていた。そこで歴代のオリンピックで大学生がどれだけの成績を残しているかを調べてみた。

 日本が参加した1912年のストックホルム大会から2018年の平昌冬季大会までの夏冬合計43大会で日本が獲得したメダル総数は499個(金:156個、銀:157個、銅:186個、夏季:441個、冬季:58個)である。人数でいくと、チームゲームや団体種目など複数の選手でメダル1個とカウントされる競技、種目もあることからメダリストの人数は673名、その選手たちが獲得したメダル総数は944個となる。この中で学生(出身者、大会後学生となった人も一部含む)は、人数464名、メダル獲得数685個となり、それぞれ69%、73%を占める。大学別でいくと日本体育大学と日本大学が抜き出ており、早大、明治大学、中央大学、筑波大学(東京高師、東京教育大も含む)が続く。日体大と筑波大が人数に比してメダル獲得数が多くなっているのは、1人で多くのメダルが獲得できる体操のメダリストが多いからだ。また7位の慶大は戦前のメダリストが半数近くを占めているのが特徴である。

 また、日本の大学スポーツの花形といえば「ラグビー」と「箱根駅伝」である。

 かつて、早大と明大の試合は関東対抗戦グループ、学生選手権で常に話題を集め、「早明戦」は毎回、旧国立競技場に満員の観客を集めて開催された。しかし、両校の成績が振るわない時代もあり、観客動員の減少が目立っていたが、日本で初めて開催された「ラグビーワールドカップ2019」の成功と、2020年1月の学生選手権決勝が早明対決となったことから新装なった新国立競技場が満員の観衆で埋まった。ようやくみえた復活の兆しをぜひ、定着させてほしい。

 そしていま、最も注目を集める学生スポーツが何といっても箱根駅伝(正式名称は東京箱根間往復駅伝競走)である。毎年1月の2日3日に開催され、正月の風物詩として絶大な人気を集める箱根駅伝は、前述の金栗四三などの尽力により、1920年に東京高師、慶大、早大、明大の4校が参加して行われた「四大校駅伝競走」に端を発している。近年では、伝統校が苦戦を強いられており、代わって大学をあげて箱根駅伝に取り組む新興大学が力を付けてきている。しかしながら、2020年の大会には予選会を経て第1回大会に出場した筑波大が26年に本戦出場を果たし、長年本戦に出場していない慶大や立教大学が箱根駅伝プロジェクトを立ち上げ、2024年の100回記念大会の本戦出場を目指している。古豪復活を楽しみに待ちたい。


ユニバーシアード

一方、世界の大学スポーツに目を向けてみよう。“学生のオリンピック”と呼ばれる大会がある。ユニバーシアードという。4年に一度(夏冬交互に2年毎)開催されるオリンピックの合間の年、2年毎に夏季と冬季のユニバーシアードが開催されている。日本では残念ながらメディアが大きくとりあげることはなく、世間の注目度も低い。しかし、学生アスリートにとっては同年代の世界の仲間たちと競い、友情を育む大事な機会である。そして何より、ここからオリンピックに数多くのアスリートを輩出している大会でもある。

 ユニバーシアード(Universiade)は、ベルギーのブリュッセルに本部を置く国際大学スポーツ連盟(略称FISU)が主催する。この名称は大学(University)とオリンピアード(Olympiad)※の組み合わせで、世界の学生を集めて行われることから、“学生のオリンピック”と言われている。また別名として「World University Games」 や「World Student Games」 と呼ばれてもいる。

FISU設立に至るまでの世界の学生スポーツ組織の沿革を振り返っておこう。戦前では、1920年に設立された国際学生連盟(ICS)が中心となり、本格的に国際的な大学スポーツの活動を開始、1924年~1939年までの間、名称は異なっているが学生による国際競技会が多く開催された。

 第二次世界大戦後の学生スポーツ界は、東西の冷戦により二分を余儀なくされた。東側諸国が中心となり1946年に設立された国際学生連合(ISU)は1947年から世界青少年・学生祭(World Festival of Youth and Students)を2年毎に開催。西側諸国はこれに参加せず、1948年には国際大学スポーツ連盟(International University Sports Federation/FISU)を設立、1949年にはイタリアのミラノで国際大学スポーツ週間(Summer International University Sports Weeks)を立ち上げた。

 その東西並立の流れが変わったのは1957年。FISU主催ではなく、フランスの主導で再びICS主催によりWorld University Gamesが開催され、東西両地域の選手が参加した。この大会を機に世界中の学生が同時に参加できる普遍的な大会を開催したいという願望が生じ、1959年、ISUが、FISUの主催するトリノ大会に参加することに同意し、開催国イタリアの組織委員会により「ユニバーシアード(Universiade)」と命名され、第1回ユニバーシアード競技大会となった。以降2年毎に開催されており、冬季大会が始まったのは1960年からである。トリノ大会成功の立役者のプリモ・ネビオロは、1961年にFISUの会長に就任し、ユニバーシアードの発展に寄与、国際陸上競技連盟会長や国際オリンピック委員会(以下IOC)委員も務め、元IOC会長サマランチ(スペイン)、元国際サッカー連盟(FIFA)会長アベランジェ(ブラジル)と共にラテントリオとして国際スポーツ界に多大な影響を与えた。

 ユニバーシアードは、当初奇数年に夏季大会、偶数年に冬季大会が開催されていたが、1980年代初頭より夏冬ともに奇数年、オリンピック開催年の前後の年に開催されている。夏季大会は1959年のトリノ大会から2019年のナポリ(イタリア)大会まで30回、冬季大会は1960年のシャモニー(フランス)大会から2019年のクラスノヤルスク(ロシア)大会まで29回が開催されている。

 日本は夏季大会では1975年ローマ、冬季大会は1975年リビーノ(イタリア)、1978年スピンドリルフムリン(チェコ)の3大会を除いて参加している。派遣した選手数は夏冬両大会で男子4513名、女子2683名、計7196名に及んでいる。また、これまでに1967年東京、1985年神戸、1991年札幌冬季、1995年福岡の計4大会を開催している。

 現在のユニバーシアードの参加基準は、大会が開催される年の1月1日現在で17歳以上28歳未満で、大学または大学院に在学中か大会の前年に大学または大学院を卒業した人となっている。オリンピック同様にプロ選手の参加の道も開けている。このようにユニバーシアードの参加は大学生だけでなく大学院生や卒業生にも認められているので、FISUには国際管理委員会(CIC)という常設委員会があり、ユニバーシアード大会時に設置されるCIC小委員会のメンバーが参加選手等の資格認定や管理を行っている。

2017年ユニバーシアード台北大会の競泳男子200m個人メドレーで優勝した萩野公介、と2位の瀬戸大也

2017年ユニバーシアード台北大会の競泳男子200m個人メドレーで優勝した萩野公介、と2位の瀬戸大也

 どの年代で競技力のピークを迎えるかは競技、種目、性別、そして個々人によって異なるので、ユニバーシアードをステップとしてオリンピックで活躍する選手と、オリンピックでメダルを獲得した後にユニバーシアードに参加する選手がいるが、近年では前者には夏季大会では、2013年のユニバーで優勝し、2016年のリオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得したレスリングの登坂絵莉(至学館大)、冬季大会では2003年のユニバーで優勝し、2006年のトリノオリンピックで金メダルを獲得したフィギュアスケートの荒川静香(早大)、後者には2016年のリオオリンピックで金メダルを獲得し、2017年のユニバーで優勝した萩野公介(東洋大)などがいる。

 因みに2021年1月にスイスのルツェルンで開催が予定されていた第30回冬季大会は、コロナ禍で2021年12月に延期となった。2021年の第31回夏季大会は8月に中国・成都で、2023年の第32回夏季大会はロシア・エカテリンブルグで開催が予定されている。2020年は日本の自治体もコロナ対策で追われたが、状況が好転すれば、我が国の学生スポーツ発展のためにも、今後ユニバーシアード大会の誘致に手をあげてもらいたいと思っている。


大学スポーツの発展に期待

 華やかな大学スポーツの蔭で、近年、大学スポーツの将来を揺るがす不祥事が多発している。2018年に発生した日大アメリカンフットボール部の悪質タックル問題、同じく日大ラグビー部の暴行事件、近畿大学サッカー部や東海大学ラグビー部の大麻使用事件などが新聞・テレビをにぎわしたことは記憶に新しい。そもそも大学スポーツの本質は、高校を卒業し、企業等へ就職するまでの4年の間に、競技力を高め、学問も含め社会人としての素養も育む、所謂文武両道にある。その考えが、最近の大学の経営・運営に当たる人から、教員、指導者、学生に至るまで薄れてきている気がする。時代による対応に差はあるが、もう一度大学スポーツの原点に戻って考え直す時期にきている。

 そんな中で、2019年3月にスポーツ庁が大学スポーツの統括組織「大学スポーツ協会(UNIVAS)」を発足させた。その役割の3本柱は、安全なスポーツ環境整備、学業との両立、大学スポーツの振興。“日本版NCAA”を謳っているが、歴史や風土、予算規模などが極端に異なることから、NCAAの方式をそのまま導入するわけには行かない。むしろ参考にすべきは、イギリスでスポーツに関する研究、教育、実践等で卓越した実績を有するラフバラ大学の取り組みかもしれない。UNIVASに関する詳細は別文章に譲るが、施設、人材など計り知れない大学のスポーツ資源を、将来に対する明確なビジョンの構築、中央行政、自治体、他大学、企業等との連動・連携、などの的確な施策で活用を図り、大学スポーツの活性化につなげて欲しいと考える。

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会では、全国約800の大学と連携協定を締結し、オリンピック教育、ボランティアの育成などを通して大会の成功、オリンピック・ムーブメントの普及などを目指す活動を推進しているが、参加各大学の温度差などもあり、十分な成果があげられていない。この活動は大会のLegacyに繋がるので更なる活動の充実が求められる。

 タイトルに掲げた「大学スポーツの発展」は、何も競技力の向上に限ったことではない。

最後にスポーツ専門大学の特徴を生かして様々な新しい試みに挑戦している日体大の活動を紹介したい。同大学は社会貢献事業には以前から積極的に取り組んでいるが、他に北朝鮮とのスポーツ交流、パラアスリートの育成、プロドライバーの育成などがあげられる。このような新しい取り組みに加え、温故知新、在校生への建学の精神の普及も絶えず行っている。また松浪健四郎理事長のリーダーシップにより、学内に数々の芸術作品を配置し、精神の涵養に努めている。毎年8月6日に世田谷校舎内にある慰霊碑前で、日体大関係者の戦没者慰霊祭を行っていることも特筆すべきことである。

 自ら肉体と精神の高揚に努め、世界の人々との相互理解を深め、スポーツを通じて世界平和に寄与するというオリンピズムの精神を大学関係者がより深く理解し、具現化に努めることが求められている。ユニバーシアードの開催意義を見直し、積極的に参加して競技力の向上を図るとともに世界の若者たちとの交友を深め、将来は国際オリンピック委員会(IOC)やFISU、アジアオリンピック評議会(OCA)、各競技の国際スポーツ統括団体(IF)などの国際組織で活躍する人材を育成することも大学の重要な役割ではないだろうか。同時に大学人が、オリンピックやパラリンピックのムーブメント高揚に積極的に関わり、競技成績のみではなく多面的にそのLegacyの創出に貢献してもらいたい。

※オリンピアード(Olympiad): 古代オリンピックに基づく歴で、近代オリンピックでは、夏季大会開催年の1月1日を起点とする4年間のこと。夏季オリンピックの正式名称は「オリンピアード競技大会」である。

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  • 松原 茂章 株式会社フォート・キシモト顧問
    スポーツ庁スポーツ・デジタル・アーカイブ構想調査研究会議委員