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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

スポーツの楽しさ再発見
スケートボードに見るチャレンジ精神

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.01.28

 大会が始まる前に、さまざまな組織や企業が国民に向けてオリンピック開催に関する調査を行ったことはよく知られている。開幕が近づいた段階での問いかけには、開催の是非をテーマに掲げたものが少なくなかったが、新型コロナウィルス感染が始まる前にはオリンピックへの期待を尋ねる質問があった。日本財団が20196月に行ったものもその一つで、「18歳意識調査第16回−東京オリンピック・パラリンピック−」と題した調査の「オリンピックで関心が高い式典・競技」の項目を改めてひもとくと、国民の漠然とした期待が透けて見えて興味深い。設問「東京2020オリンピックで、式典・競技などで特に関心が高いもの3つをお選びください。(複数回答)」では、1位が水泳、2位に開会式、3位に陸上競技と並んでいる。同じ時期にNHK放送文化研究所が行った調査では、1位陸上競技、2位開会式、3位体操とあるから、オリンピックの伝統的な競技に開会式を加えたものが、私たちの平均的な期待感なのだと教えられる。

 一方で、大会が終わった後に行われた複数の組織のアンケート調査は、事前のそれとは違った競技に高い関心が集まったのを示していた。いずれの場合でもスケートボードがトップを占めたのだ。スケートボードは東京大会で初めて実施されたもののうち「エクストリームスポーツ」と言われるカテゴリーに含まれる。「エクストリームスポーツ」は英語のオンライン百科事典ブリタニカによれば「1995年にアメリカでESPNによって始められた『X Games』の放送によって作られた」もので、「アクションスポーツ」「新しいスタイルのスポーツ」であり、速いスピードと高い危険性が隣り合っていることを特徴としているとの説明がある。

東京2020大会BMX男子フリースタイル、中村輪夢のパフォーマンス

東京2020大会BMX男子フリースタイル、中村輪夢のパフォーマンス

「エクストリームスポーツ」というフレーズがオリンピック期間中に踊ったかと言えば、その印象はあまりない。組織委員会が、スケートボードやBMXのパーク種目を行う会場に「青海アーバンスポーツパーク」と名付けたことで分かるように、今大会では新たに採用された若者をターゲットにした競技は「アーバン(都市型)スポーツ」というくくりでまとめられていた。「アーバン」の特徴は、競技施設やコートに巨大なものを必要とせず、「エクストリームスポーツのなかで都市での開催が可能なもの」(針谷,2020)としているが、目に見える競技施設の大きさで規定するのに加えて、このスポーツに打ち込む人たちのライフスタイルに、都市型を感じさせるものがあることもその名の由来ではないだろうか。

 ことばの定義はこのあたりにして、新手のスケートボード競技が日本の人々の関心を引いた背景を探ってみよう。スケートボードが始まろうという時に、私はテレビ局のオリンピック番組で複数の元アスリートゲストとともにぼんやりと画面を見ていた。それがアナウンサーの導入のコメントに続いて競技にカメラが切り替わった直後から、ぐいぐい実況中継に引きずり込まれることになる。きっかけは、なんとはなしに聞こえてきた感嘆詞の連呼のせいだった。「やっべー」「ほほぅー」「すっげぇー」現役プロボーダーの解説者が口にする、選手達が日常使う用語をそのまま放送に持ち込んでの実況のなんと斬新だったことだろう。一緒に見ている元アスリートたちもすっかり試合に魅了されている。戦術や技の組み立ての奥に踏み込むのではなく、ただ目の前の演技のレベルの高さに舌を巻き続ける。プロ選手が心の底から驚いたり感嘆の声を上げたりしたのだから、聞いている側にはその価値がストレートに伝わらないはずもない。しかも終わってみれば高得点。解説者の口から出るスケートボードの世界を彷彿とさせる空気に加えて、日本の選手が高い競技成績を残したこともその後のスケートボード人気に拍車をかけた。

東京2020大会スケートボード女子ストリートで優勝した西矢椛

東京2020大会スケートボード女子ストリートで優勝した西矢椛

 男女のストリート、女子のパークに合わせて3種目の金メダルはなんといっても圧巻の成績だった。このほかに銀メダル1、銅メダル1、更に入賞2人がいたのだからこれはもう「スケートボード王国ニッポン」と言うのがふさわしい。何より新しい物好きのメディアが、日本選手の好成績を背景にしっかり報道してくれたことも大きいし、オリンピック序盤、競技2日目の段階で予選から期待を持たせるパフォーマンスを見せてくれたことも関心を引き上げる要素になっていた。

 忘れてならないのは、選手達の振る舞い。もともとエクストリームスポーツはチャレンジ精神を大切にしている。高い得点のために、危険を覚悟で難しい技に挑戦する姿勢だ。試みたことのすべてがうまくいくとは限らない。スピードが足らず回転不足、挙げ句の果てに着地に失敗して転倒などというのは珍しくない。ところがそんなシーンにぶつかっても痛そうなそぶりなどちっとも見せないのだ。それどころかこともなげに起き上がってすぐに次なる難しい技に挑んでいく。この様子を見ながら、頭の隅には相手のファウルを印象づけるために七転八倒してみせることがあるボールゲームの選手のことを思い描いていた。

 演技を終わった後の選手同士の励まし合いもすがすがしいものだった。ねぎらい、たたえ合い、祝福する。負けて仏頂面するシーンを過去に見てきた側からすれば、なんと斬新な振る舞いに映ったことだろう。

 アーバンスポーツの原点を見れば、その特徴は失敗のあとにも起き上がってトライを続ける諦めない気持ちにある。3年ほど前に陸上競技の国際試合を観戦しにオーストリアの小さな町に出かけたことがある。競技の中休みに大会会場の裏手に回ると、シンプルなスケートボードのパーク設備があるのに気がついた。しばらく様子を見ていると、そこで黙々とボードの練習をする少年がいる。少年はいつまでたってもひとりで滑走を繰り返している。キックの位置を変えたりステップのタイミングをずらしたりはするものの、基本の修得が狙いのようだ。どうやら見栄えのよい技をかっこよくやろうという気は毛頭ないらしい。あれこれ試みながら、長い時間をかけて目的のアクション習得に成功したのだろう、少年は一人意気揚々と引き上げていった。

 オリンピックにアーバンスポーツが最初に名乗りを上げたのは1990年代半ば。夏のアトランタ大会にBMXが登場し、その2年後の長野大会でスノーボードが初めて行われた。若者を意識した発言は、それより前からIOC(国際オリンピック委員会)の中で話題になっており、それがロゲ前会長の時代にユースオリンピックという形で結実したことはよく知られている。その後、2014年に発表されたオリンピックの中長期計画を記した「アジェンダ2020」には、若い世代に的を絞った施策があちこちにちりばめられている。

1998年長野冬季大会で初めて行われたスノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得したジャン・シメン(スイス)

1998年長野冬季大会で初めて行われたスノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得したジャン・シメン(スイス)

 IOCは今も若い人を視野に入れたメッセージを載せるのに余念がない。特に強いアピールを感じさせるのが「大会の向こうに(Beyond The Games)」と言われるページだ。オリンピックムーブメントの構成要素のうち若者について書かれている部分を今風にアレンジした文言は、「オリンピック・ムーブメントの目的は、あらゆる差別なしに友情、連帯、フェアプレーの精神を相互に理解しながら実践されるスポーツを通じ、若者を教育することにより、平和でより良い世界の構築に貢献することである」と記している。

 スケートボードの将来性はどうだろう。日本の競技スポーツのほとんどは、学校体育との関わりの中で裾野を広げてきた歴史がある。しかし中学でも高校でもスケートボードを部活とする動きは、ごく限られたところにしか見られない。学校部活動から派生するスポーツを報道してきたメディアに関しても状況は変わらない。一方でスケートボードに打ち込む人たちはそんなことお構いなしだろう。「なんたって自分たちが楽しめる」「この楽しさをきみも試してみたらどう。でも、お仕着せがましいことはしたくない」。ボードのとりこになった人の声が聞こえてくるようだ。国を挙げての後押しはこれからでも、個人のレベルではじわじわとオリンピック効果が出ているようにも見える。

 心配なのはスケートボードを始めとするアーバンスポーツが、オリンピックのレンタサイクルにされはしないかということ。若者の気持ちを引きつけるためのツールとしてアーバンスポーツを舞台に上げたのであれば、若者のオリンピックを求める太くて長いベクトルはそこからは生まれにくい。いまの若者はいずれ歳をとり、また新たな若者が生まれてくる。若い人がアーバンスポーツのどこに魅力を感じ、何を大事にしようとしているのか。すべてはオリンピックが、自らが失いかけている何かを現代のアーバンスポーツの中に見つけ出し、それを自らのものとできるかどうかにかかっている。

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スポーツ歴史の検証
  • 山本 浩 法政大学スポーツ健康学部教授 元NHKアナウンサー、解説副委員長。サッカーやオリンピック、アルペンスキーなどでスポーツ実況を経験。サッカー中継では、JSL 時代から2002 年W杯日韓共催大会までマイクの前に立った。2009年3月にNHKを退職し、法政大学スポーツ健康学部へ。現在、日本陸上競技連盟常務理事/ 指導者養成委員長、日本スポーツ協会理事/ 国体委員、日本卓球協会評議員、東京マラソン財団理事、ミズノスポーツ振興財団評議員、全日本ボウリング協会評議員、J リーグ参与。島根県出身。東京都町田市在住。