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セミナー「子供のスポーツ」

パラスポーツとクラス分け

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.03.04

 障害の内容や程度によって選手を区分する「クラス分け」は競技の公平性を保つ上で欠かせない、パラスポーツ特有の制度だ。

 たとえば、腕に障害のある選手と脚に障害のある選手が競った場合、有利不利が生じてしまうだろう。公平を期すために、障害が同程度の選手同士で試合をするための工夫が「クラス分け」だ。柔道やレスリングにおける「体重別」に似ており、たとえば、東京パラリンピックの陸上競技では男子100mだけで16種目が実施され、クラスの異なる16人の金メダリストが誕生した。

 クラス分けの判定は専門の資格を取得したクラス分け委員によって判定基準にそって厳密に厳格に行なわれる。身体機能の検査や競技中のパフォーマンスの観察などで評価され、クラスが決定される。国際パラリンピック委員会(IPC)の基準による「国際クラス分け」はパラリンピック出場への必須条件にもなっている。ただし、障害は多様で選手個々の身体機能も異なるため、区分のラインをどう引くか、どう検査し判定するかなどはパラスポーツの大きな課題であり、たびたび議論されるテーマでもある。

 とくに、東京パラ前はクラス分けの課題が顕在化した事例が複数発生し、選手が翻弄される事態となった。主な事例を、課題とともに整理しておきたい。

公平性か、普及か

 車いすバスケットボールは東京パラで日本男子代表が史上初の銀メダルを獲得するなど注目度も人気も一気に高めた競技の一つだが、大会前にはクラス分けに関する問題により東京パラの実施競技から除外されそうな危機にあった。

 衝撃が走ったのは20201月だ。IPCは国際車いすバスケットボール連盟(IWBF)に対し、「IWBFのクラス分けはIPCが定めた基準を順守していないため参加資格のない選手がパラリンピックに出場している可能性がある。以前から改善を求めているが、IWBFは対応していない。今後、状況が改善されなければ、車いすバスケを東京パラから除外する」と警告したのだ。

 車いすバスケには「持ち点制」というルールがある。選手に障害の程度に応じ、より重度なほうから1.04.5まで0.5刻みの「持ち点」を与え、コート上の5人の持ち点を合計14.0点以内で編成しなければならないというルールで、障害の重い選手にも出場機会がある画期的なものだ。

 このうち、IPCが問題視したのは4.04.5のクラスで、たしかにIWBFの障害クラスの基準では、「健常者のようには走ったりジャンプしたりできない」という選手まで出場を認めるなど、IPCの基準よりも少し緩い基準となっていた。IWBFには「より多くの人にプレーの機会を与えたい」という理念があったからだ。

 一方、IPCにとっては出場資格となるクラス分けの判定はパラリンピック競技の根幹を守るための最重要課題で、クラス分けへの信頼が揺らげば、競技の公平性が疑われ、大会やメダルの価値も失われる。そこで、IPCは障害の基準を明確化し、あいまいな要素は避ける方針で整備を進め、さらに以前から各国際競技団体(IF)にもクラス分けの判定基準を統一するよう呼びかけてきた。

 競技の普及を重視してきたIWBFでは対応が遅れていたが、競技除外勧告を受けたことで、ようやくIPCの求めに応じた。2020年末までに選手のクラスの再評価を実施した結果、日本選手1人を含む9人の資格が取り消されることになった。なかには東京パラ代表内定選手たちも含まれており、車いすバスケは東京パラで実施されたものの、突然の出場資格剥奪という選手にとって辛い決定が世界各地で起きる結果となってしまった。

 東京パラ閉幕後、IPCはIWBFのクラス分け改善策を評価し、2024年パリパラリンピックについても車いすバスケを実施競技に復帰させると発表した。ただし、条件付きとのことで、IWBFによる改善策の実行しだいによって除外の可能性も残されているという。今後のIWBFの対応にも注視したい。

東京2020大会で銀メダルを獲得した車いすバスケットボール日本男子チーム

東京2020大会で銀メダルを獲得した車いすバスケットボール日本男子チーム

クラス分けが受けられない!

 もう一つ、パラリンピック出場資格である国際クラスが確定せず、東京パラへの出場がギリギリまで危ぶまれた選手が少なくなかったという問題も起こっていた。クラス分け検査は現在、パラリンピックでは実施されておらず、世界選手権などいくつかの国際大会で実施されているが、コロナ禍により大会が中止されたり渡航できなかったりで国際クラス分けの受検機会がなかったことが原因だ。

 実際、東京パラ半年前の国内調査では日本代表内定選手を含む30人以上が国際クラス分け未完了の状態だった。その後、渡航リスクをおして海外での大会で受検した選手もいたが、心身ともにかなりの負担となったはずだし、なかには判定の結果によって直前で内定が取り消された選手もいた。

 また、IPCでは急遽、陸上や競泳などの数競技について東京パラ直前の東京で判定の機会を提供するという異例の対応も行った。今回は前代未聞のコロナ禍に起因した事例ではあったが、各選手の置かれた状況により受検機会に差があるという現行制度上での問題点も浮き彫りにしたのではないだろうか。

突然のクラス変更も

 障害の進行や判定基準自体の変更などによりクラスが再判定され、変わるケースもある。選手には競技の方法や結果をも左右する重大な問題だ。

 たとえば、視覚障害では全盲(B1)と重度弱視(B2)、軽度弱視(B3)の3クラスがある。陸上競技のルールではB1はアイマスク着用とガイドランナーが必須、B2ではアイマスク着用は必須でなく、ガイドランナーの有無も選択可、B3は必ず単独走と規定されている。

 もし、重いクラスに変わる場合、競技レベルでは有利になるように思えるが、競技方法やライバルの顔ぶれも変わることになり、新たな対応の必要もある。逆に、より軽いクラスに変われば影響はさらに大きい。競技レベルが高まるため厳しい戦いとなるし、参加標準記録も上がって出場すら難しくなるケースもある。

 東京パラでは前述のように、大会直前に異例のクラス分けが行われため、憂き目に遭った選手もいた。車いす陸上の伊藤智也もその一人で、進行性の難病「多発性硬化症」を患っており、クラス分けの再検査対象だった。過去にT52クラスで5つのメダルを獲得しており、東京でもメダル候補だったが、開幕直前の再検査の結果、障害の軽いT53と判定された。進行性の障害で身体機能が回復しているとは考えられず、日本パラ陸上競技連盟の抗議によって再び検査されたが、結局、T53の判定がくつがえることはなかった。

 T53の400mへの出場は認められ、自身4度目のパラリンピックとなった東京パラで、伊藤は5716の自己ベストをマークするも、全体11位で予選敗退に終わった。T52クラスなら銅メダルを上回るタイムだった。レース後、「走れたことに感謝したい。最高のレースができた」と伊藤は清々しく振り返ったが、突然のクラス変更による無念さは計り知れない。

 障害による身体機能とトレーニングによって向上した身体機能を的確に判定し分けることの難しさを示したケースだろう。同様の事例はこれまで他の競技や選手でも発生している。

2008年北京大会の陸上男子400mT52で金メダルに輝いた伊藤智也。800mでも金メダルを獲得した。2012年ロンドン大会400mでは銀メダル

2008年北京大会の陸上男子400mT52で金メダルに輝いた伊藤智也。800mでも金メダルを獲得した。2012年ロンドン大会400mでは銀メダル

判定の難しさと今後への期待

 クラス分けはパラスポーツの根幹だが、発展途上でもあると言える。その基準づくりは競技特性なども考慮しながら競技ごとに整備が進められ、24年ごとに検討され必要に応じて改定もされている。

 水泳を例にとると、見た目の状態だけでなく、さまざまな筋肉の強さや関節の可動域を測定し、どの程度の機能が失われているか比率を計算するなどを行い、すべての要素の数値を合算して決められる。また、水中でのパフォーマンスも観察され、できるだけ的確な数値化が試みられている。四肢はあってもまひなどによる機能障害があり各1点ずつで計4点という選手と、両腕がなく片脚も短いため1点だが、もう一方の脚が5点なら計6点となり、前者のほうがより重度なクラスになる。また、水中観察では回らないはずの関節が回っていないかなどがチェックされる。

 同じクラス内でも選手間の差は生じてしまい不公平感もあるのも実情だが、クラスを細分すればメダルの価値が下がるというジレンマもあり、兼ね合いは難しい。

 また、パラリンピックの競技性や注目度の高まりに伴い、クラス分けでの不正も少なからず発生している。たとえば、IMIntentional Misrepresentation)は故意に障害を重く見せることで、たとえば、日常生活では杖を使って歩いているのに車いす生活だと偽ったり、検査中、ベストタイムよりも遅いタイムで走るなどだ。不正が見つかって記録が取り消される事例なども起こっている。

 こうした不正防止も含め、クラス判定には科学的な根拠やデジタル技術を積極的に導入したり、ときには抜き打ち検査などを検討したり、人的要因で判定差が出ないようクラス分け委員の育成や資格認定制度の整備も必要だろう。さらには選手への教育も徹底し、自身の障害やクラス分けに対する知識や理解を深める取り組み、必要ならIPCIFともコミュニケーションがとれる環境づくりなどにも期待したい。

 いずれにしても、選手の障害は多様であり、ときに受け容れがたい判定を受けることもあるはずだ。不満を感じても折り合いをつけながら受け入れ、競技を続けている選手もいる。選手がもっとも納得できる形で前に進むために何が必要なのか幅広い視点からの議論も求められる。

 より多くの選手を満足させる基準を見つけるために、IPCIFにはアスリート目線で多様な研究を行い、よりよいクラス分けにしていく努力を続けてほしいと願ってやまない。

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スポーツ歴史の検証
  • 星野 恭子 フリーライター。新潟市生まれ。パラスポーツの取材・寄稿をメインに活動している。きっかけは2003年、マラソン大会のボランティアを機に視覚障害のある人と走る「伴走」活動を始めたこと。パラスポーツをもっと知りたい、もっと知らせたいと、取材も始める。以降、パラリンピックは北京2008大会から北京2022冬季大会まで夏冬8大会を現地取材。2020年に中級障がい者スポーツ指導員資格を取得。主な著書に『伴走者たち~障害のあるランナーをささえる』、共著に『輝くアスリートの感動物語東京2020オリンピック・パラリンピック:明日への勇気/同:自分らしさをつらぬく』など。 http://hoshinokyoko.com