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ブラインドマラソン「チーム・ジャパン」の挑戦と軌跡

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.04.15

 選手強化を効果的に継続させるためには、大会後に過程と結果を分析し、次に生かすことが欠かせない。こここでは、東京パラリンピックからの学びとして、最終日に行われた陸上競技マラソン・視覚障害の部(T12)に挑んだ、日本ブラインドマラソン協会(JBMA)と選手たちの事例をもとに考えたい。

 まず、男女各3名の代表選手はすべてJBMA強化指定選手で、結果を振り返ると、女子の道下美里(伴走:青山由佳、志田淳)が金メダル、男子の堀越信司(単独走)が銅メダルに輝いた。さらに、女子は他2選手がそれぞれ5位、8位に、男子も他2名が同7位、9位に入る健闘を見せた。「チーム・ジャパン」として切磋琢磨してきた成果が存分に発揮されたと言えるだろう。その背景にはどのような練習や準備があったのだろうか。

 チームコーチとして強化の中心を担ったJBMA常務理事で強化委員長の安田享平氏への取材をもとにその軌跡と実績を記録として留め、今後のパラスポーツ強化策のヒントにできればと思う。

1996年アトランタパラリンピック男子マラソンT10で金メダルを獲得した柳川春巳(左)と、伴走者を努めた安田享平氏(右)

1996年アトランタパラリンピック男子マラソンT10で金メダルを獲得した柳川春巳(左)と、伴走者を努めた安田享平氏(右)

目標設定と強化プラン

 安田氏によれば、東京大会の目標にはリオ大会(男子銅、女子銀)を上回るメダルと出場選手全員入賞を掲げ、ほぼ目標通りの結果が得られた。コロナ禍など難しい状況での開催だったが、選手たちの努力はもとより、選手の所属先の理解や支援、各分野の専門スタッフや関係者の総力が結集された結果であり、「マラソンは個人競技でなく、チーム競技。個の力を高めるには組織のマネジメントがないと成立しないと改めて実感した」と安田氏は振り返る。

 得られた手ごたえは大きかった。代表選手は30代から60代まで(伴走者を含めると20代から)と幅広かったが、計画的に長期間強化すれば、老若男女にかかわらず成果を残せるという自信だ。

 JBMAでは、男子は2008年北京大会に向け2005年頃から、女子は種目初採用となった2016年リオ大会に向けて2013年から強化指定選手制度のもと、組織的な強化を始めた。当時、まいた種が着実に実っているといえる。

東京2020パラリンピック女子マラソンT12で金メダルを獲得した道下美里と伴走者の志田淳

東京2020パラリンピック女子マラソンT12で金メダルを獲得した道下美里と伴走者の志田淳

 たとえば、道下は2013年からの強化期間中、リオ大会での銀メダルを経て、世界記録保持者として臨むことになった東京大会での金メダルを確実にするため、慎重に綿密な計画を立て、やるべきことを徹底し、継続させた末の成果だったと、安田氏は強調する。

 具体的な強化策としては東京パラリンピックで結果を出すことを4年スパンでの長期目標とし、その間を短期と中期に分けて進められた。短期は日々の練習で、確実に量をこなし、質を高めていくメニューが組まれた。ハードな練習をこなせた自信は長距離を走り抜くメンタルの強化にもつながる。並行して、故障防止のためトレーナーや栄養士らと連携し、基本となる日々の体調管理も徹底された。

 代表選手や伴走者のなかには安田氏がパーソナルコーチを務めていた選手も多く、それ以外の選手からも練習内容などの定期報告は必須とし、必要に応じて都度、指導していた。

 「選手それぞれの調子に応じてメニューを変えたり、休ませることもあった。長くコーチをしているので信頼関係もあり、個々の調子は常に把握できていた」と話す。

 代表選手の拠点は関東から九州まで広かったため、とくに強化合宿を重視し、2018年以降は年間100日以上に増やした。リオ大会前から医科学的トレーニングも取り入れ、合宿では血液検査や尿比重、唾液なども計測し、各選手の体質を把握した。そのデータをもとに、選手ごとに適した水分補給の内容やタイミングを指示でき、猛暑下での練習でも脱水を回避できた。

 マラソンでは暑熱対策も重要課題だったが、日本陸連の競歩関係者にもヒアリングしたほか、手に握る保冷剤や、メーカーと協働でレース用に保冷剤を仕込める特製キャップも数年かけて開発。選手や伴走者一人につき複数個を準備し、万全を期した。結局、東京大会当日は雨で気温も低く、使われなかったが、今後にも参考となる対策だ。

 中期目標は、世界選手権やアジア大会、または国内大会で自己記録を更新し、かつ、東京大会出場条件のひとつでもあった「世界ランキング6位以内」に入り、キープすることとした。障害者の大会は少ないため、JBMAでは数年前から戦略的に国内の健常者の大会に、視覚障害者の種目を加えてもらってきた。さらに、WPA(世界パラ陸上)公認大会とするため、それら大会にエンドースもかけてきた。その結果、WPA公認の視覚障害者向けに指定された大会は、国内でも約10大会に増えたという。手間や費用もかかることだが、試合は選手のモチベーション維持にも役立ち、必要不可欠な対応だ。

 コロナ禍で予定した大会の大半が中止になったなか、202012月に防府読売マラソンが実施されたことは追い風になったが、同大会もJBMAが以前からエンドースをかけていた大会の一つだ。ほとんどの選手にとって約10カ月ぶりのマラソンとなったが、道下が世界新記録(2時間5413秒)、堀越もアジア新(2時間2228秒)を樹立するなど、計6選手が自己新を達成。「1レースに集中して記録を狙う」という東京大会に向けたよいシミュレーションとなった。

 しかも、その6人中3人(道下、堀越、藤井由美子)が東京大会にも出場して好走。夏マラソンの戦い方として、「直前の冬のマラソンでのタイムが基準になる」という安田氏の過去の経験とそのデータを選手たちが証明したともいえるが、「同大会がもし中止されていたらと考えると、とても幸運だった」と安田氏は話す。コロナ禍の調整の難しさが感じられる。

大会1年延期と最終調整

東京2020パラリンピック男子マラソンT12で銅メダルを獲得した堀越信司

東京2020パラリンピック男子マラソンT12で銅メダルを獲得した堀越信司

 コロナ禍による大会の1年延期は、ブラインドマラソンチームにとっては、「プラスに働いた面が多かった」と安田氏は振り返る。緊急事態宣言時は練習場所や伴走者の確保に苦労した選手もいたというが、それぞれの工夫により練習はほぼ計画通りにこなせたといい、宣言解除後は多方面からの支援により合宿も再開できた。対人接触を減らす必要もあり、集中した環境下でレース当日まで練習計画がほぼ完璧に実施できたという。

 大会延期を受けて1点、対応したのは選手選考で、数年前に設定した選考規定により男女最大3枠で進めていたが、不測の事態に備えるため新規定を作り、初めて補欠を選定。結果的に女子内定者1名の体調不良により補欠選手が替わって出場した。さまざまな状況を冷静に判断し、先手を打った対応の重要性が分かる。

 東京大会への仕上げのポイント練習は、夏マラソンに必須の持久力強化をベースとした40㎞走で、「例えると、冬がカミソリなら夏はナタのような切れ味の走り」(安田氏)を目指す練習だ。マラソンだけに出場した5選手はレース3カ月前の6月から8月第1週までに北海道と長野県で9本の40㎞走を行ったという。体調に応じて微調整した選手もいたが、たとえば、道下はパーフェクトにこなしたと言い、金メダルに向けた大きな自信になったことだろう。夏季なので設定タイムはおさえたが、終盤に上り坂が続く東京大会のコースを想定し、9本中6本は起伏のあるコースで実施された。そのうち2本は前日のトラックレースと組み合わせ、質の強化も図られた。残り3本は平地のコースで行い、最終1本は実戦に近い内容で締めくくられた。

 レース直前は826日からの千葉県富津合宿で最後の暑熱対策と調整をし、91日に選手村に入って体調を整え、95日のレースを迎えたという。綿密なプランが本番で功を奏したといえる。

競技特性と課題

 ブラインドマラソンならではの特徴であり、重要な存在に、「選手の目となる」伴走者がある。年々、走力が上がっていく選手を支えるには伴走者のレベルアップも欠かせない。東京大会の好結果の陰には伴走者として参加した実業団所属選手の存在があった。「複数の実業団チームから協力いただいた」と安田氏は感謝する。

 日々の練習には地元で支える伴走者たちの協力が不可欠だが、安田氏は以前から、「レースでは競技専門伴走者が重要」と話す。伴走者は選手より高い走力や調整力はもちろん、レース中に選手の体調やライバルの動向もみながらペースをつくり、スパートのタイミングを図るなど、レースを洞察する力が必要だ。定義は難しいが、大学や実業団の陸上部など競技生活の経験も大きな要素だろう。安田氏は、「例えると、伴走者は競馬の騎手のような存在であり、選手のパフォーマンスを最大限に引き出すカギ」と強調する。

 伴走者は最終的にJBMAが選考するという基準で、合宿時に数回、適性を見るトライアルも実施された。結果的に、東京大会では新たに男性2名の伴走者が加わり、強化合宿では午前中に自身が担当する女子選手の伴走を行い、午後から男子単独走選手の堀越と熊谷のスピード練習のパートナーも務めるなど、「競技専門伴走者の理想を体現してくれた」という。こうした伴走者を確保していくことも大きな課題となる。

 もう一つ、長年の課題は「競技人口をどう増やすか」であり、今後は即戦力選手を探すスカウティングも必要だと安田氏は指摘する。例えば、インターハイや箱根駅伝などハイレベルの大会に出場している視覚障害選手を探すのも一案だ。ただし、スカウトに専任できる人材が必須になり、実現への課題は少なくない。

 また、近年、選手の待遇面は大きく改善され、競技に専念できるプロに近い支援体制が整ってきた一方で、コーチやスタッフ、さらに伴走者でさえ、まだボランティアベースが大半だという。選手強化に携わるスタッフの待遇改善は、早急な対応が必要な課題の一つだろう。

 すでに、次のパリ大会への強化期間は始まっている。安田氏によれば、JBMAの詳細な強化体制や計画などは検討中とのことだが、準備期間はすでに3年を切っており、東京大会で得られたノウハウや現在の強化選手たちがベースになるという。今後の支援体制しだいだが、医科学や栄養士、トレーナーやスポーツ心理士など専門家のサポートも欠かせないと話す。

 世界にはポテンシャルの高い選手も出てきており、今後の強化しだいでは、日本選手への大きな脅威となる可能性も高い。また、アウエイでの戦いになるため、暑熱対策やレース前の過ごし方などはパリの環境に合わせた対策が必要だろう。

 いずれにしても、JBMAと選手たちは東京大会で、一定の成果と自信を手にしたことは間違いない。ここをステップに、さらなる進化、発展を期待し、今後も注目していきたい。


*安田享平(やすだ・きょうへい):実業団(現・日本製鉄)で長距離選手として活躍中、1996年アトランタパラリンピックで全盲の柳川春己の伴走者として金メダル獲得に貢献。以来、市民ランナーなどの指導と並行し、JBMA(前身・日本盲人マラソン協会)の理事としてブラインドランナーと伴走者の育成などに取り組む。

<参考>

東京パラリンピックにおける日本ブラインドマラソン協会所属選手の結果 (参照:日本ブラインドマラソン協会 公式サイト

[女子]

■道下美里 (三井住友海上火災保険)

金メダル 3時間00分50秒 (T12パラリンピック新)

伴走:青山由佳 (相模原市役所)/志田淳 (日本電気)

■藤井由美子 (藤井治療院)

5位入賞 3時間17分44秒

伴走:河口恵 (三井住友海上火災保険)/山領駿 (プルデンシャル生命保険)

■西島美保子 (福井県視覚障害者福祉協会 盲人ホーム)

8位入賞 3時間29分12秒

伴走:宮﨑勇将 (東日本旅客鉄道)/山口遥 (AC KITA)

[男子]

■堀越信司 (西日本電信電話)

銅メダル 2時間28分01秒

■熊谷豊 (三井住友海上火災保険)

7位入賞 2時間31分32秒

■和田伸也 (長瀬産業)

9位  2時間33分05秒 (T11パラリンピック新、アジア新)

1500m 銀メダル  4分05秒27(T11日本新、アジア新)

5000m 銅メダル 15分21秒03

伴走:矢嶋謙悟 (中央発條)/長谷部匠 (スタイルバイク)

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スポーツ歴史の検証
  • 星野 恭子 フリーライター。2003年、マラソン大会のボランティアをきっかけに視覚障害のある人と走る「伴走」活動をはじめる。パラスポーツの奥深さを知って取材もするようになり、大会リポートや選手インタビューなどを雑誌やウェブサイトに寄稿している。パラリンピックは北京2008大会から東京2020大会まで夏冬7大会を現地で取材。中級障がい者スポーツ指導員、日本スポーツボランティアネットワーク特別講師、全日本知的障がい者スポーツ協会アンバサダーなど。主な著書に『ルールと見どころ!オリンピック・パラリンピック全競技:第6巻パラリンピック』『伴走者たち~障害のあるランナーをささえる』。