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チャレンジデー

沖縄初の金メダリストが静寂の日本武道館で捧げた祈り――喜友名 諒

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.04.26

 スポーツは知れば知るほど面白い。長く観ていくことで、戦術の斬新さやその選手ならではのすごさに驚くことができる。ルールはもちろん歴史、選手の個性、その背景などを知っていくことで、競技中にはつまびらかにされない「物語」を味わいながら鑑賞することができる。観ていく過程で、自分なりの楽しみ方も会得する。

 スポーツはまた、我々に「出合いがしらの衝撃」や「出合いがしらの感動」をももたらしてくれる。まったく知識のないところに飛び込んでくる、「速い!」「高い!」「きれい!」といった感動。「この人何をやっているんだろう!?」といった未知ならではの不思議。ルールもよくのみこめていない競技で、名前を知ったばかりの選手の戦いを観ているうちに、なぜか深く感動してしまい眼の奥が熱くなっていることへの驚き。

 東京2020オリンピックで披露された数々の新競技も、我々に新鮮な驚きと感動をあたえてくれた。そのなかでとくに「不思議」を呼び起こされた競技に、空手の「形」があった。

 緊張感ではりつめた、静寂の日本武道館。選手がひとり、美しい所作で静かに中央に歩み出る。並々ならぬ目ぢからで正面を見すえ、静かに一礼すると、次の瞬間……

 「スゥーパァーリンペイイィィーーーーーァ!!!」

 大絶叫ののち、目にもとまらぬ早わざを虚空に向けてくりだす。

場を圧倒する喜友名 諒の演武

場を圧倒する喜友名 諒の演武

 恐ろしいほどの速さで見えない敵に手刀をたたきこんだかと思えば、舞のような優雅さで指先まで整った両手をたがいちがいにすべらせ、空気をかたどる。すばやく足をずらして体の向きを変え、力強いこぶしで正面を突くと、するどく長い気合を発して場を圧倒。そしてまた次の動きへ。どんなにはげしく動いていても、その体幹は決してブレず、足はしっかりと踏みしめている。

 戦いが終わると、静かな残心ののち、選手は一礼して去る。

 空手の「形」とは、身ひとつで多数の敵と戦うことを想定し、あらゆる攻撃に対する防御と反撃を一つの流れとして組み合わせた動きのこと。オリンピックでは、基礎や技の正確性をみる技術点、力強さやスピードなどをみる競技点が採点され、点数の高い者が勝者となる。

 そう、今大会でおこなわれた競技のなかで、「相手と戦う」のではなく、「相手と戦うことを徒手空拳で表現する」のは空手・形のみ。初めて観る人にとっては、知る人には当然の「戦いをひとりで表現する」事実を理解することにまず驚きがともなう。そして、それが実力者の演武であれば、3分たらずの演武の間に敵の姿までが“見えてくる”。この驚きと感動は、出合いがしらの瞬間のみに与えられる特権であろう。初めて空手の真剣勝負を目の当たりにし、その迫力に腰をぬかしたテレビの前の観客は少なくないはずだ。筆者自身がそうだった。

 空手は琉球王国時代の沖縄で生まれた武道で、発祥は15世紀~18世紀にまでさかのぼるといわれる。沖縄から日本全国、そして世界へと広がり、今や世界200カ国に1億人以上の愛好者を持つスポーツとなった。しかし、過去何度もオリンピック競技の候補にあがりながら採用されることはなく、東京2020大会でやっと悲願が実った。日本武道館の中央の選手たちから発せられる気合には、世界中の人びとに自分の演武を見てもらえる喜びもまた、満ちていたように感じられた。

 男子・形でオリンピック初めての金メダリストとなったのは、喜友名諒。世界選手権3連覇、オリンピック予選シリーズ11大会無敗の絶対王者として臨み、他の選手とは別次元の形を披露して頂点に立った。彼の演武は、空手に通じている・いないにかかわらずすべての人びとに圧倒的な印象を残すものだった。

 彼の演武のもつ力の意味を考えるため、背景にすこし踏み入ってみる。なぜ、喜友名だったのか。

 彼の背景は、日本選手であること。さらに言えば、沖縄出身であることだ。

 これまで全国の都道府県で唯一オリンピックの金メダリストを輩出していない沖縄県の出身者として、金メダルを獲り、「沖縄の子どもたちに金メダルを見せたい」。それが、彼のこの大会に向けた大きなモチベーションだった。

 5歳で空手を始めた喜友名は、中学3年時に古武道の劉衛流に入門し、世界選手権3連覇の実績をもつ佐久本嗣男のもとで鍛錬した。大学4年時に全日本選手権で初優勝をとげると9連覇を達成。2014年の世界選手権では、日本選手として12年ぶりに世界の頂点に立った。

 世界で勝てなかった時期、喜友名はたとえ全日本選手権で優勝しても、「日本の空手を世界にアピールできなかった」と悔し涙を流した。それほどに、喜友名は発祥の地の空手家として重い覚悟を背負っていた。

静寂の中、座礼する喜友名

静寂の中、座礼する喜友名

 決勝で披露した形は、劉衛流の代表的な形である「オーハンダイ」。多彩な連続技が展開される、劉衛流の奥義ともいえる形だ。

 鍛えぬかれた肉体の上で、正面の敵をガッシリととらえる大きなまなこ。動き始める前から、その気迫は周りを圧している。

 相手を両手でつかんで引き寄せる動きから、一歩進む間に2つの技をきめる「一足二拳」の連続技へ。「“蹴る”のではなく“蹴り砕く”」という師の言葉どおりの、圧倒的な重みをもった技が炸裂する。重いだけでなく、速い。そしてやわらかい。琉球舞踊の動きを取り入れた稽古で、鞭のようなしなやかさ……沖縄の方言でいう「ムチミ」をそなえたことによる、剛と柔の両立だ。

 演武をする喜友名の姿は鬼神そのもの。ただし、完璧にコントロールされた肉体がつたえる闘気は、荒ぶりとはまったく非なるものだ。そして演武終盤から後の姿も、観客の心をとらえた。

 動きを懐におさめ、残心をとるあたりから、今度は「静」の気が場を支配する。勝ち名乗りがあがり、金メダリストとなった瞬間にも、喜友名の表情は静かなまま。戦いの相手に礼をつくしたのち、ひとりになった喜友名は、中央に進み出ると正面に向かって正座をした。両手を膝の前にそろえて置き、一度、深く礼。そして立ち上がり、戦いの場を後にした。

 静かなシーンだった。しかし、精神性に富んだこのシーンは空手を初めて観た人びとの心にも強い印象を残し、空手「形」種目のハイライトとして語られることになる。

母の遺影とともに金メダルを手にする

母の遺影とともに金メダルを手にする

 表彰式で、喜友名は小さな額入りの写真を手にして表彰台に立った。一昨年に亡くなった最大の理解者、母の遺影であった。

 数日後、那覇空港に降り立った喜友名に、3歳の子どもがかけよった。子どもは父親から首に金メダルをかけられると、照れたような笑みを浮かべ、周りの人びとに向かってペコリと礼をした。

 「沖縄の子どもたちにも、夢をあきらめず追いかけつづければ達成できるということを知ってもらえたかなと思います。大きな目標や、希望をもって、自分の道を進んでほしいと思います」

 喜友名のこの言葉は、「沖縄」というキーワードを含むがゆえに、重い。

 沖縄の人びとが、他都道府県の人びととは歴然として異なる辛苦の道を歩んできたことは、ここでことさらに述べることではない。ただ、喜友名が空手を通じて子どもたちにメッセージを送ったことは、沖縄のもつ歴史と無縁ではないはずだ。

 なぜ、空手だったのか。

 喜友名には、「自分たちは、生まれ育った沖縄で普段から空手の神髄に接している本物」という矜持があった。

 オリンピックで実施されたのは戦後に世界で広まったスポーツとしての空手だが、沖縄では現在も、形稽古を中心とする昔ながらの空手が盛んにおこなわれている。空手を授業に採り入れている学校は公立中学校で9割以上にのぼり(2020年度)、空手をユネスコ無形文化遺産に登録しようという動きもあるという。

 もともと、中国伝来の武術を土着化させたことから「唐手」と書きあらわされていたこの武術は、1929年に「空手」とあらためられ、「空手道」となった。「空」の由来は、『般若心経』の「色即是空、空即是色」の空の境地、および『五輪書』で説く「一切の雑念を去った空の心」にあるという。また、「徒手空拳」をもって身を護り敵を防ぐ術であることを表してもいる。

 空手が沖縄の心のよりどころとなっているのは、空手が高次な精神性をもつ「武道」だからではないかと思う。

 鍛錬を積むことで結果的に人格形成に寄与するスポーツとちがい、武道ははじめから人格形成を目的としている。武道の極意とは「戦わずして勝つ」ことであり、そこにあるのはまぎれもない平和思想である。

 空手においては、「空手に先手なし」。「形」の動作はすべて、相手の攻撃を防御することから始まる。空手が殺法ではなく活法とよばれるゆえんだ。また、多くの武道に共通して存在する「残心」では、実際の敵がいないぶん、演武者の思いが最大限に表現される。それゆえ、人びとの心を打つ。見えない相手を思いやる心、それは沖縄に今もつたわる祈りの文化に通ずる、沖縄の心ともいえるものだ。

 琉球王国が薩摩藩の支配下となり、明治政府のもとで琉球藩を廃止されて沖縄県となり、第二次世界大戦を迎え……。沖縄の人びとは常に大きな存在に揺るがされつづけながら、耐えに耐えて歴史をつむいできた。平和を願い、自分たち自身強くありたいと願いながら。そんな人びとの“希望”となっていたのが空手ではなかったか。沖縄につたわる偉人伝に、空手家を主人公としたものが多いこともそれを思わせる。

 時代が移り変わっても、現代の沖縄の子どもたちとその歴史が無縁であるはずがない。そして残念ながら、沖縄の人びとをとりまく状況は今も好転しているとはいいがたい。

 本土にくらべて脆弱な医療体制や観光産業を新型コロナウィルスに狙い撃ちされ、大きな困難にみまわれた沖縄の人びとが久しぶりに喜びを分かち合えたのが、喜友名の金メダルの瞬間であった。その喜友名の演武と言葉は、どんな政治家のパフォーマンスよりも子どもたちに届いたのではないだろうか。

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スポーツ歴史の検証
  • 美甘 玲美(みかも れみ) スポーツライター。日本オリンピック・アカデミー会員。筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ健康システム・マネジメント専攻修士課程修了(研究対象は「みるスポーツ無関心層」)。スポーツ・旅行系出版社、在シンガポール邦字紙などを経てフリーに。オリンピック・パラリンピック関連書籍・写真集の執筆多数。共著に「オリンピックとっておきの話108」(メディアパル)、「心にのこるオリンピック・パラリンピックの読みもの」(全4巻・学校図書)、「10分で読めるオリンピック・パラリンピック物語」(全5巻・あかね書房)など。