Search
国際情報
International information

「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

知る学ぶ
Knowledge

日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

運動習慣の大切さ

SPORT POLICY INCUBATOR(6)

2021年12月15日
増田 明美 (スポーツジャーナリスト/笹川スポーツ財団 理事)

 青いボールが白いジャックボールにピタリと寄り、投げたおばあちゃんの目がキラキラと輝いた。京都府福知山市で行われたチャレンジデーに、今秋参加した私は三段池総合体育館で市民の皆さんとボッチャを体験した。東京パラリンピックでの日本選手の活躍で認知度も上がり、ルールを知っている人も多い。車いすの少年、80代のおばあちゃん、高校生、50代で球技が苦手な私、みんなで歓声を上げながらとっても楽しい時間だった。「久しぶりに体を動かして、みんなと一緒で楽しかったわ」と話すおばあちゃん。「思ったより難しくて面白かった」と車いすの少年。まさにユニバーサルスポーツのお手本だと感じた。

京都府福知山市で行われたチャレンジデーのボッチャ体験。老若男女、障害の有無関係なく楽しめるボッチャは、まさにユニバーサルスポーツだ。

京都府福知山市で行われたチャレンジデーのボッチャ体験。老若男女、障害の有無関係なく楽しめるボッチャは、まさにユニバーサルスポーツだ。(右端:増田 明美氏)

 高齢化社会が進む日本では社会保障費の負担が重くのしかかっている。健康長寿を是とするため、年金については別の議論に任せることにするが、注目して欲しいのは医療と介護の費用である。自己負担分を除き、保険料と税金で賄われる「医療と介護」費用は約53兆円。このまま放置すると高齢化の進展と共に現役世代の負担が限界を超えるのは明らかだ。でも選挙でそのことに触れて、改革を訴える候補者は殆どいなかった。借金して次世代にツケを回すだけでなく、もっと努力すべきだと思う。その努力こそが生涯スポーツの推進なのだ。

 個人の努力を促すために、国や自治体は工夫を凝らし始めている。注目しているのは健康立県を掲げる新潟県。「にいがたヘルス&スポーツマイレージ事業」を行っており、ウオーキングなど健康づくりを行った人にポイントを付与し、そのポイントは地元の商店などで使えるようになっている。アルビレックス新潟の存在も大きい。Jリーグのプロサッカーチームをはじめ、野球、バスケットボール、陸上、チアリーディングなど多くのスポーツチームがある。そしてトップチームだけでなく、小学生、中学生などのU-12U-15などジュニアチームで普及活動も行っているのだ。今後は高齢者の健康づくりのために、O-7070歳以上)なんてクラスができたら面白いと思う。

 そして、企業スポーツが全国的な活動で成果を上げたと思うのが第一生命グループ女子陸上競技部である。各地の市民マラソン大会でブースを出展し、そこで市民ランナーを指導したのが、競技を引退した選手達だ。トップ選手の競技期間は短い。次から次に若い選手も入ってくるし、メインステージとなる駅伝を走るのは女子の場合6人だけ。引退したら退社するか、事務職などへ転籍するのが通例だった。これまでの競技人生で培ったものを市民スポーツの場で生かす取り組みが素晴らしい。(現在はコロナ禍で活動が休止している)プロスポーツや企業スポーツも今後市民の健康づくりに一役買う時代だと思う。それが公器として社会に貢献できると同時に、企業のイメージアップにつながるからだ。

 社員の健康づくりへの取り組みで工夫している企業もある。食品トレー容器などの製造をしているエフピコ。各地の工場でフロアホッケー(スペシャルオリンピックスの代表的競技)のチームを作り、健常者と障がい者が一緒にスポーツで汗をかいている。そしてフロアホッケーの普及にも注力しており、社長の佐藤守正さんは「社員の健康づくりだけでなく、交流の輪が社内外に広がり、企業として取り組むメリットも大きい」と話してくれた。ダイバーシティ&インクルージョンを重視する時代に、本業+スポーツで推進している企業は本当にステキだと思う。

 皆さんが笹川スポーツ財団が発行するスポーツライフ・データを参考にしている。そこで明らかになっているのが、スポーツを習慣にしている人の割合は、若年層と高齢者が高く、働き盛り・子育て世代が低いこと。その一つの理由はスポーツをする時間が取りにくいためだろう。そうなると時間や場所の制約の少ないスポーツが選ばれ、ジョギングやウオーキングに偏る。近年の市民マラソンブームもその表れかもしれない。企業が積極的に社員や地域の健康づくりに関われば、働き盛り世代のスポーツ実施率を上げることが出来る。子育て世代の実施率を上げるためには、託児や親子一緒に参加できる工夫などが必要だと思う。

 競技団体もやるべきことがある。日本陸上競技連盟は「ウェルネス陸上」を掲げ、トップ選手だけでなく市民スポーツの分野にも注力している。若年層に競技を普及し、日本選手がオリンピックやパラリンピックで活躍するために強化を図るだけでなく、健康づくりにも寄与する役割が求められている。日本卓球協会をお手本にしたい。全日本卓球選手権は一般・ジュニア(高校2年生まで)の本大会のほかに、年代別で大会が用意されている。ホープス(小6以下)・カブ(小4以下)・バンビ(小2以下)を行う、通称ホカバ。30歳以上が参加資格のマスターズの部。また実業団や大学が競う団体の部もある。2018年からはTリーグも開幕した。スーパー銭湯の家族で楽しむピンポンからセミプロのリーグまで、幅の広さがすごい。

 自治体、企業、競技団体がそれぞれに工夫を凝らし、競い合いながらスポーツの普及活動に尽力することが理想だ。そしてその取り組みに国が経済的な支援を行うことが必要である。社会保障費の削減と健康寿命の延伸という、国民の幸せのためにがんばって欲しい。

  • 増田 明美 増田 明美   Akemi Masuda スポーツジャーナリスト
    笹川スポーツ財団 理事
    高校在学中、長距離種目で次々と日本記録を樹立。1984年ロサンゼルスオリンピック出場。1992年の引退までに日本最高記録12回、世界最高記録2回更新するなど日本の女子マラソン界を牽引。現在は執筆活動やテレビ・ラジオ番組に多数出演するなど活躍。大阪芸術大学教養課程教授、日本パラ陸上競技連盟会長、日本陸上競技連盟評議員等