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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

第3章 提言 ~提言1 教育実習を長期化し、地域スポーツ振興の現場を経験した教員を養成するべき~

国民が生涯を通じて、それぞれが望むかたちでスポーツを楽しみ、幸福を感じられる社会の形成

2008年3月に告示された「新学習指導要領」では、わが国の将来を背負う今の子どもたちには、確かな学力、豊かな心、健やかな体の調和を重視する「生きる力」を育むことが重要になると強調されている。体育科の改善の基本方針は、2008年1月の中央教育審議会(中教審)の答申における、運動する子どもとそうでない子どもの二極化や、子どもの体力の低下傾向といった課題を踏まえ「生涯にわたって健康を保持増進し豊かなスポーツライフを実現することを重視し改善を図る」と示された。それを受け、小学校の体育科では「心と体を一体としてとらえ、適切な運動の経験と健康・安全についての理解を通して、生涯にわたって運動に親しむ資質や能力の基礎を育てるとともに健康の保持増進と体力の向上を図り、楽しく明るい生活を営む態度を育てる」ことを目標とした。中学校の保健体育でもほぼ同様の目標に「運動や健康・安全についての理解」と「運動の合理的な実践」が加えられているが、両者に共通する究極的な目標が、明るく豊かな生活を育む態度を育てることであると読み取れる。

しかし、学習指導要領が改訂されたとはいえ、それだけで学校体育が充実するものではない。体育科に教科書が存在しないこともひとつの要因と考えられるが、学校体育の充実には、体育の授業を担当する教員の資質、能力や熱意に負うところがきわめて大きく、教員の資質能力の向上は子どもたちの教育の充実を図る上で重要な政策課題である。生涯スポーツの主体者として子どもたちが成長するためには、技能の向上にとどまらず、スポーツに関わる価値観やスポーツの場で求められる行動様式、人間関係づくりに関わる学習が不可欠である。「する・みる・ささえる」といった多様なスポーツへの関わりを可能にするのは何にもまして学校体育の充実であり、学習指導要領の趣旨に基づいた指導ができる高い資質の教員を養成することが求められる。

教員の養成は、「大学における教員養成」の原則により、免許状を授与する大学の責務であるが、統一的な国家試験がないこともあり、学士課程における教職課程の組織編制やカリキュラム編成が十分整備されているとはいいがたい。そこで、2008年4月から優れた指導力をもった教員の養成などを目的に教職大学院が開設され、2011年6月現在で25の大学が設置している。しかし、公立学校の教員の採用には採用選考があり、養成課程修了後に教職に就ける保証がない。そのため、時間的・経済的負担増が敬遠され、志願者を減らす結果となることが懸念されている。現に、2006年に薬剤師の養成課程が4年から6年に延長されたことにより、2005年に約14万8,000人(国公私立全学部入学志願者数約359万人)であった薬学部の志願者が、2009年には約8万8,000人(同約362万人)に減り、志願倍率が下がったことについても十分に分析し、参考にする必要がある。さらに、文部科学省「平成22年度公立学校教員採用選考試験の実施状況について」(2009)によれば、平成22年度採用者の学歴別内訳は、教員養成大学・学部出身者が7,585人で全体の31.3%、その他一般大学等の出身者が1万6,683人で全体の68.7%を占めている。教職大学院が定員充足率を満たしていない現況も鑑みると、これまでわが国の教員養成をささえてきた学士課程の再建と充実が先決といえよう。

現状の学士課程における教員養成カリキュラムは、4年間という構造上、教育基礎科目や教科の専門性などが中心となっている。実践を積む大きな役割をもつ教育実習については、2~4週間であり、教育実習が授業実習や学級経営など教育活動全体を視野に入れることを基本とすると、十分な期間であるとはいえない。諸外国と比較すると、同じ4年制の養成課程をもつイギリスでは32週間以上であり、その差は非常に大きい。一方、前述の教職大学院においては、1年間で10~14週間の教育実習を義務づけているが、指導レベルが児童・生徒の教育に影響することや、受け入れる学校側の負担などから、実習校が積極的に協力できる環境にない。

「教員職員免許法」(2008)では、認定課程の大学が教育実習の受け入れ先の協力を得て円滑な実施に努めること(第22条5)としており、大学、学校、教育委員会がより緊密に連携し、日常の教育活動に支障のない範囲で、次世代の教育者養成に努めることが必要である。なかでも、現場の対応力やコミュニケーション能力を養う面で多大な経験値となる教育実習の長期化により、教育課程以外の学校教育活動全般や学校と地域の関わりを総合的に研修することが可能になろう。その期間については、これまで幼稚園、小学校、中学校においては4週間、高等学校では2週間で授業実習に主眼を置いてきたものに対し、それぞれ、その倍の期間(前者は8週間、後者は4週間)とすることで、現状で必要とされる実習内容はそのままで、新たなスキル習得が期待できる。受け入れ側の学校にしても、期間が倍になった場合でも、教育課程外の部分について実習校全体で役割分担することで、負担は分散できる。

学校体育の目的のひとつに人格形成があるとすれば、教育課程の実習に加え、地域住民が参画する学校支援地域本部事業などの教育支援活動への参加や、地域のコーディネーターとしての活動を含む総合的な実習を経験することで、教員志望者自身がその目的の達成に必要な資質能力を備えることができると考えられる。また、これは、改正教育基本法に盛り込まれた「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」(第13条)を真に理解する仲介者の役割を体験・養成することにつながり、教育実習制度がより意義深いものになるといえる。学校体育という側面で地域と学校をつなぐことについては、スポーツ立国戦略において、「小学校体育活動コーディネーター」の配置が示され、体育授業の計画やティームティーチングのほかに「総合型クラブ等地域との連携を図る」役割が期待されている。小学校体育活動コーディネーターとしての活動を教育実習者の必修とすることは、学校、家庭および地域の連携の意義やその方法を学ぶという点できわめて有用である。小学校体育活動コーディネーターは、2011年度から制度化され、文部科学省が約5.7億円を予算化した。当面は非常勤教員扱いで、4~5年を目処に常勤教員の身分取扱いとすることを目指している。予算額や身分取扱いの是非についてここで踏み込む余地はないが、制度が確立されるまでは、学校を退職した元教員を配置することが妥当と考える。小学校体育活動コーディネーターの役割を考えると、年齢的に実技指導に困難が生じる可能性は否定できないものの、長年の経験や人脈を次世代に還元するという意味では、退職者が適している。文部科学省「学校教員統計調査」(2007)によると、小学校の本務教員数は約39万人で、調査当時最も割合の高い年齢区分であった50~55歳未満の約8万1,000人(20.8%)の退職が始まる時期を迎えている。同じく中学校をみると、本務教員数約23万人に対し、同年齢区分は約3万7,000人であった。文部科学省「学校基本調査」(2009)によると、2008年度の小学校数は2万2,476校であることから、小中学校で退職を目前にした約12万人から順に1校に1名配置し、小学校体育活動コーディネーターとして教育実習生の指導役を務めることもできよう。教育実習生がそれらの人材から引き継ぐ知識や経験は、教育実習期間に得られる大きな財産となる。

教員採用後は、学校教育活動全般の負荷から、教員自身が小学校体育活動コーディネーターの役割を背負うことは困難であり、小学校体育活動コーディネーターの制度そのものも、それを求めるものではない。教育実習においてその存在を知り、体験することが、学校を取り巻く運動・スポーツ環境を学ぶ手段となる。そうすることで、教育課程のみならず、地域のスポーツ環境に理解をもった教員の養成につながる。それらの教員が児童・生徒に多様なスポーツのありかたを教えることで、子どもたちは学校で生涯に渡るスポーツライフの基盤を築くことができるであろう。

図表3-1 教育実習における大学、学校、教育委員会の連携

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