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セミナー「子供のスポーツ」

30-40代女性の運動・スポーツ実施率の向上にむけて

2023年7月13日

30-40代女性の運動・スポーツ実施率の向上にむけて

運動・スポーツの「行動変容ステージ」

 第3期「スポーツ基本計画」1)が策定され、さまざまな施策が動き始めてから1年近くが経過した。また、計画では取り組むべきテーマには設定されていないものの、スポーツ庁では特に10歳代から40歳代の女性のスポーツ実施率が男性と比べて低くなっている状況に着目し、「10-40代女性のスポーツ促進」を注力して取り組むべき課題の一つとしている2)

 しかし、スポーツ施策においては「子育て世代」女性の運動不足が中心に語られているようなイメージがある。なぜ、「働き盛り世代」ではなく、「子育て世代」女性の運動不足のイメージが独り歩きしているような印象があるのか。振り返ってみると、2005年の内閣府による国民生活白書3)において、子どもの有無にかかわらず2049歳の世代を「子育て世代」と表記したことに端を発した可能性がある。また、2011年施行のスポーツ基本法や2012年のスポーツ基本計画の策定をきっかけに、各地方自治体をはじめ、スポーツ団体などによる様々なスポーツ・運動プログラムにおいて、「子育て世代の女性」と銘を打った、親子の運動教室などの取り組みが推進されてきたことも影響しているのではないかと考えられる。

 このように「子育て世代」女性への注目は増えてきているものの、働き盛り世代女性全体のスポーツ実施は果たして改善されているのだろうか。そこで、今現在の、特に30-40代女性の運動・スポーツ実施状況を笹川スポーツ財団が実施した「スポーツライフに関する調査」2022の中の行動変容ステージモデル4に注目して改めてみてみたい。この「行動変容ステージモデル」は、運動・スポーツに限らず、食事や禁煙など、健康教育・保健指導の分野において、人々の身体活動や運動の行動を説明するための説明理論としてだけでなく、実行理論として介入のための方策も兼ね備えている理論とされる5。そのため、アメリカにおける様々な身体活動や運動の介入研究で用いられており、日本でも近年多くの研究が行われている。本調査での行動変容ステージモデルは、具体的には、直近半年間の運動・スポーツについて、「ここ1ヶ月間行っていないし、これから先もするつもりはない:無関心期」、「ここ1カ月間行っていないが、近い将来(半年以内)に始めようと思っている:関心期」、「ここ1カ月間行っているが週2回未満である:準備期」、「ここ1カ月間、週に2回以上行っているが、始めてから半年以内である:行動期」、「ここ1カ月間、週に2回以上行っており、半年以上継続している:維持期」の5つから1つを選択する形式である。人が行動を変える場合には、これらの5つのステージを前進・後退を繰り返しながらも通ると考えられており、施策においては対象者のステージに合わせた働きかけが検討される。今後、運動・スポーツの実施率を向上させていくための、より具体的なターゲットやプログラムの内容を検討するためにも、今回はこの項目に注目する。

全世代の運動・スポーツ実施への関心・実施状況

2020年から2022年の変化~

 まず、全世代での行動変容ステージの分布について、コロナ禍で行動制限が強かった2020年と、制限が緩和されてきた2022年とを比較する(図1)。各ステージの運動・スポーツの実施頻度に違いはあるものの、無関心期・関心期の人たちは運動未実施者、準備期・行動期・維持期の人たちは運動実施者といえる。

 2022年の運動実施者は男女ともに2020年より増加している。中でも、維持期の増加は顕著であり、男性は3.4ポイント、女性は3.1ポイント上昇し、全体でも3.3ポイント増加している。一方で、運動未実施者をみると、無関心期の割合は男性で3.6ポイント、女性は2.1ポイント、全体でも2.8ポイント増加しており、特に男性では維持期の増加よりも多い。全体としても、維持期と無関心期との二極化を認める。また、各ステージの分布の増減の傾向は男女間で差はほとんどみられなかった。

図1 全世代の行動変容ステージ

 続いて、現在の運動への関心・実施状況を把握するため、図1で2022年の行動変容ステージの分布を改めてみると、女性は男性に比べて無関心期の割合が高く、維持期の割合が低い。しかし、準備期・行動期合計の割合の男女差はほとんどない。つまり、男女の運動・スポーツ実施率の差は維持期の割合の差である。

 また、男性の運動実施者の割合は54.6%であるが、女性では48.8%と半分に達していない。しかし、行動制限の強かった2020年と比べれば、女性全体の維持期の割合も、運動実施者の割合も増加傾向にある。さらに、女性の2割程は、半年以内には運動・スポーツを始めたいと思っている関心期であり、バリアの低い運動・スポーツの機会を創出できれば、より実施率向上が望めるといえる。

 

性別・世代別の運動・スポーツ実施への関心・実施状況

 続いて、世代別・男女別に2022年の行動変容ステージの分布(図2)を示す。ここでは、n数が少なくなることと、実施頻度に差はあるがどちらも運動実施者であることから、準備期と行動期は合算して比率を示している。

 女性は年代が上がるに従い、無関心期の割合がやや低くなる傾向にある一方で、男性では徐々に無関心期の割合が高くなり、50代以上では、男女での無関心期の割合の差はほとんどなくなっている(男性29.5%、女性30.0%)。また、女性の無関心期の割合は全世代を通じて30%前後で、大きな変化なく推移しており、女性においてはどの世代にも同程度に運動・スポーツに無関心な人たちが一定数いることがわかる。

 次に、女性の世代別行動変容ステージをみると、30-40代の維持期の割合は15.1%で、10-20代よりは高いが、50代以上(30.4%)と比べると半分程度である。また、関心期の割合は30-40代が24.8%と他の世代に比べて有意に高く、無関心期・関心期のどちらの割合も男性の同世代と比較しても高い。

 そして、性別にかかわらず30-40代の運動実施者の割合は、他の世代と比べると低くなっている。また、すべての世代で男性よりも女性の運動・スポーツ実施率が低いことから、確かに30-40代の女性の運動実施率は成人の中で最も低い層であるといえる。

 図2 男女の世代別行動変容ステージ

 ここで30-40代の運動実施率が低い要因について考えたい。スポーツ庁の「令和4年度スポーツの実施に関する世論調査」5では、運動・スポーツを実施しなかった理由を年代別にみると、「仕事や家事が忙しいから」は 2040 代で、「子どもに手がかかるから」は 30 代でそれぞれ割合が高くなっている。そこで、改めて子どもの有無や末子の年齢が、運動実施率に影響しているのかを同調査で確認した。図2の世代の分類と同様に30-40代と、その前後の世代との行動変容ステージの割合を分析したところ、男女ともに、子どもの有無、末子が未就学児か、小学生以下か、中学生以下か、もしくは未成年以下か、どの分け方で分析しても、行動変容ステージの分布の割合において有意差がないことが明らかとなった(図表割愛)。つまり、子どもがいることや子育てに時間を取られることそのものが直接的に運動・スポーツの実施を阻害する要因にはなっていない可能性が示唆された。

女性が運動・スポーツにアクセスしやすくするために

 ここまでみてきたように、女性の運動実施率はどの世代でも男性より低い。これは、女性は男性よりも運動への苦手意識や疲れるなどといったマイナスイメージを持つ人が多いことが指摘されており、女性全体の運動・スポーツへの関心の低さに影響していると予想される。しかし、2020年(コロナ禍)と比べると、女性の運動実施率は増加傾向にある。また、女性全体の運動未実施者のうちの4割程、30-40代の約4分の1が関心期であり、運動・スポーツをする必要性を理解していたり、運動・スポーツをしたいと思ったりしていることがわかる。そのため、女性に対してスポーツ推進のアプローチをする余地があるといえる。

 その際に、子どもの有無にかかわらず、関心期にある女性がスポーツに取り組めるアプローチ方法を考える必要がある。30-40代の子どものいない女性については「逆マタハラ」が問題視される6)こともあるように、産休・育休等を取得している人の分まで会社等で担う仕事が多くなっていることも指摘されている。つまり、子どものいる女性だけでなく、子どものいない女性についても、余暇時間は多くないことが予測され、「忙しくて時間がない」ことが運動・実施の阻害要因につながっていると思われる。スポーツ庁による2018年の「スポーツ実施率向上のための行動計画」7にも、女性の運動・スポーツに対するハードルを下げることを重要視し、「日常生活の場でのスポーツ実施を促進する」などが謳われており、出来る限り気軽に、身体的・精神的、あるいは金銭的にも負担とならない運動・スポーツ実施の機会が必要だと考える。また、運動・スポーツの阻害因子である「忙しくて時間がない」や「場所がない」を解消できるような、隙間時間を利用したり、身近な場所で運動・スポーツをしたりできる、女性がスポーツをしやすい環境づくりが期待される。その一つとして、一日の大半を過ごす職場において、運動・スポーツに親しむきっかけづくりを進めていくことも重要と考えられる。(この具体的な内容については、「職場における支援は運動・スポーツの取り組みにどう影響するのか」のコラムを参照されたい。)

 一方で、未就学の子どものいる女性たちの余暇時間の少なさについても各所で指摘されており、看過できる問題ではない。また、共働き世帯が増えている昨今、子どもとのコミュニケーションをとるツールとして運動・スポーツを選ぶことも必要である。しかし、男性以上に子どもと過ごす時間の長いことが多い女性にとって、子どもと離れる、精神的なリフレッシュとなる余暇時間の過ごし方も必要としているのではないだろうか。親子の運動教室だけでなく、親子別々のプログラムなどの工夫も考慮の余地があると思われる。

 今後は、いかに女性の運動・スポーツに対するマイナスイメージを払拭させ、より運動・スポーツにアクセスしやすい機会を提供し、少ない余暇時間の中でも運動・スポーツに取り組むことができる方策を考えていく必要があるのではないだろうか。

<参考資料>

1) 第3期スポーツ基本計画、スポーツ庁、2022. https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/1372413_00001.htm

2)スポーツ庁、女性のスポーツ参加サポートページ https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop11/list/jsa_00040.html

3)内閣府:平成17年度「国民生活白書」第3章「子育て世代の所得をめぐる環境」 https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9990748/www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/10_pdf/01_honpen/pdf/hm020100.pdf

4)行動変容ステージモデル https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-07-001.html

5)身体活動・運動関連研究におけるセルフエフィカシー測定尺度 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpehss/47/3/47_KJ00003390696/_pdf/-char/ja

6)令和4年度「スポーツ実施状況等に関する世論調査」 https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/toukei/chousa04/sports/1415963_00008.htm

7)スポーツ実施率向上のための行動計画 https://www.mext.go.jp/prev_sports/comp/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2018/10/02/1408815_01.pdf

8)「独身&子供なしに「しわ寄せ」?子育て支援社会で負担増...必要な社会改革は?」https://times.abema.tv/articles/-/10072845

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