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大学スポーツを支えるNCAAと未来を志向するUNIVAS

【オリンピック・パラリンピックのレガシー】

2021.04.27

 日本のオリンピックは大学スポーツに支えられている。古くは初めてオリンピックに日本が参加した1912年第5回ストックホルム大会に出場したのは、東京帝国大学の三島弥彦と東京高等師範学校(現・筑波大学)の金栗四三、ふたりの学生だった。戦前は代表選手の大半が大学生であり、1964年第18回東京大会で企業選手とその比率は逆転したものの、大学卒業選手を数えれば変わらず大学スポーツが主導していることがわかる。

 前回、2016年第32回リオデジャネイロ大会には338人の代表選手を派遣し、うち246人が大学在学中もしくは大学卒業選手だった。72.78%と選手団の3分の2以上は大学スポーツ出身者に占められている。

2016リオデジャネイロオリンピック競泳女子200m自由形で優勝したケイティ・レデッキー (USA)

2016リオデジャネイロオリンピック競泳女子200m自由形で優勝したケイティ・レデッキー (USA)

 このリオデジャネイロ大会において、世界大学ランキングで有名なイギリスの「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」がメダリスト輩出教育機関のランキングを公表している。在学生及び卒業生を合わせた金メダリスト輩出数1位はアメリカの名門スタンフォード大学だった。競泳女子200m400m800m4×200mリレーで金メダルを獲得したケイティ・レデッキーをはじめ11人が16個の金メダルを獲得した。ちなみにこの数はアメリカの獲得金メダルの20%を占め、フランス1国の金メダルに匹敵する。

 2位もアメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の710個で、さらにイギリスのラフバラ大学67個、アメリカの南カリフォルニア大学(USC68個が3位。日本の大学では日本体育大学と東海大学が3人の金メダリストを輩出、ベスト9位で並んだ。

 アメリカの大学ではほかにもフロリダ大学やコネティカット大学など、ベスト9にランクインした12校のうち実に7校をしめた。日本以上に大学スポーツの影響力が強いことがわかり、その源泉として考えられるのがNCAA、全米大学スポーツ協会であることはいうまでもない。NCAAは巨大な米国スポーツ産業においても特別な地位を確立している。

 一方、日本ではオリンピック選手輩出での依存はみられるものの、大学スポーツが人気の対象として、かつ日本スポーツ界をリードする存在となっているかと問われれば、決してそうとは言えない。野球、サッカーなどプロ組織のあるスポーツでは実力差が歴然としており、またラグビーなど企業の影響力が大きいスポーツでもその差が目立っている。

 日本とアメリカのこうした相違はどこにあるのか、組織力の違いなのか、資本力の差だろうか。スポーツ成長産業化が重要政策となり、大学スポーツが柱として注目されるなかで彼我の違いを考えてみたい。

 安倍前政権の経済政策であった「日本再興戦略2016」において、スポーツの成長産業化が重要政策に位置付けられた。その流れにおいて、スポーツを核とした地域活性化の取り組みの一つとして、大学スポーツの成長産業化の可能性に視線が注がれ、20163月の「大学スポーツの振興に関する検討会議」以降の取り組みがはじまった。

2012年1月2日、東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)のスタート

2012年1月2日、東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)のスタート

日本の大学スポーツは、一般的にはマイナーな存在であるものの、「東京六大学野球」、「箱根駅伝」、「ラグビー早明戦」などなど、歴史と伝統に彩られ、日本の文化として広く認知された対抗戦は少なからずあり、日本のスポーツの発展や競技力の向上に大きな役割を果たしてきた。大学野球は、長嶋茂雄(立教大学-巨人)をはじめ、多くのスターを輩出してきたし、オリンピアンの3分の2は大学スポーツ出身者である。また、スポーツは大学の帰属意識の醸成に大きく寄与してきた。

 一方で、課題も多い。たとえば、大学スポーツを統括する中央組織がない。高校スポーツには「公益財団法人全国高等学校体育連盟(高体連)」、中学スポーツには「公益財団法人日本中学校体育連盟(中体連)」があるが、大学では、各学生連盟が競技種目別に設立されており、運動部全体での一体性を有してはいない。

 また、大学運動部活動は課外活動と位置付けられ、教育研究と比較して、大学からの支援が必ずしも手厚いとは言えない。たとえば、多くの大学で、運動部活動の監督やコーチがOB会に直接雇用されており、大学の指揮命令系統に属していない。こうした部活動は、往々にして治外法権のようになっており、何か問題が発生した際に大学が指導できない恐れがあるなど、ガバナンスに関する問題が指摘されていた。

 加えて、大学OB(潜在的観戦者)の観戦によるファン層の拡大や、企業とのコラボレーションなど大学スポーツ資源の潜在力が十分に発揮されているとは言い難い状況があった。

 そこで中央組織創設が検討課題にあがり、設立に向けた一連の検討会議は「日本版NCAA創設」と名付けられた。アメリカの大学スポーツの中央統括機構である。

 そのNCAAとは、どのような団体なのだろうか。

 アメリカでは、大学スポーツが、プロと同等あるいはそれ以上の興行になっている。

 アメリカの総合情報サービス大手のブルームバーグ(Bloomberg)が2017928日に配信した記事によれば、アメリカの大学スポーツが生み出している収入の総和は130億ドルと推定されており、4大プロスポーツのなかで、これを超える売上はアメリカンフットボールのNFLだけという巨大な市場を形成している。もっとも、その市場の大半はアメフト興行によるものであり、推定で70%を占めているといわれている。アメフトの強豪大学ともなると、テキサス大学の21400万ドル(約225億円)など4大プロスポーツ並みあるいはそれ以上を売り上げている。

 ただし、興行として成立しているのは、アメフトと男子バスケットボールの2競技だけで、そのほかのスポーツはすべて赤字である。

 アメリカの大学スポーツの特徴に、運動部を統括管理するアスレチック・デパートメント(AD)の存在がある。ADの役割は、選手が学生であることを除けば、プロスポーツの球団と同じと考えてよい。チケット、広告看板、テレビ放映権、グッズなどを売り、稼いだお金で、競技施設や用具、監督・コーチの給与、奨学金などを支出する。収支バランスも大事だが、競技成績も大事だ。

NCAAのオフィシャルロゴマーク

NCAAのオフィシャルロゴマーク

 NCAAは非営利法人組織で、大学運動部の統括組織として、加盟大学の運動部間の連絡調整、管理など、さまざまな運営支援などを行っている。創設は1905年。大学間対抗のアメフトの試合において、重大な負傷が相次ぎ、死に至るケースも起きていたことが社会問題化して、時の大統領セオドア・ルーズベルトの求めに応じる形で、大学スポーツに一定の秩序をもたらすために、自主管理組織として発足した。競技規則の管理を中心とした自治組織としてスタートし、加盟校が増えるにつれて役割も大きくなっていった。1921年に陸上競技の大会を主催したのを皮切りに、興行運営にも携わるようになり、1973年には加盟大学を運動部の予算規模によって3つのディビジョン(区分)に区分けし、この3ディビジョン体制は現在に引き継がれている。

 2020年時点において、加盟大学数は1113校、学生選手数は503763人である。学生選手とはスチューデント・アスリートの邦訳であり、アメリカではNCAAに加盟している運動部の部員を「スチューデント・アスリート」と呼ぶ。また、すべての大学がNCAAに加盟しているわけではなく、251大学が加盟しているNAIA(全米大学陸上競技協会)、短大を中心としたNJCAA(国立短期大学体育協会)などがある。

 NCAAの売上高の総計は10578万ドル(約1050億円)、専任スタッフの数は500人を超え、大学スポーツの中央統括団体としての管理・監督業務のほか、39の競技で90の大会を運営している世界最大の大学スポーツ組織である。

 加盟する大学は、アマチュアリズムの原則のもとに掲げている3つの理念(①学業との両立、②安全と健康、③公正)とその運用のために定めた5800を超える規約を順守することが求められている。

 NCAAの創設の趣旨や掲げている理念をモデルに、検討を重ねられてきた日本版NCAA構想は、20193月、一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)の設立をもって具現化された。

 先に記した通り、わが国には大学スポーツの中央統括組織が存在したことはなかった。UNIVASが、運動部員、指導者、所属大学、および競技連盟による協働組織として機能していけば、いろいろな課題に協働して対応できるようになる。そして、もうひとつ、各大学に、アメリカの大学におけるアスレチックデパートメント(AD)、つまり運動部を統括する部署を設置することも重要である。

 これまでそうなっていなかったのが不思議だと考える向きもある。中央統括団体でいえば、民間企業には経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)がある。農業をやる人には全農(全国農業協同組合連合会=JA)がある。アメリカにNCAAがあるように、イギリスにもBUCS(英国大学カレッジスポーツ)という大学スポーツの統括組織がある。日本になかった理由は、大学における部活動は自主自立の課外活動で、大学が直接コミットするものではないという考え方もあったのだろう。

 しかし、あらゆる組織でガバナンスが求められる時代である。2018年に国民的関心事となった日本大学アメフト部の悪質なタックル問題では、大学運動部の俗人的なお手盛り管理体制がやすやすとまかり通っていることが露呈した。

 スポーツにおける知識、知見の共有もUNIVASの重要な役割である。たとえば、早稲田大学は運動部員すべてを対象に、学業との両立、人格形成を骨子とした育成プログラム(早稲田アスリートプログラム=WAP)を作成し、2014年から実施している。一般社団法人全日本学生柔道連盟(学柔連)は登録選手に成績証明の提出を義務付け、一定の単位を取得できていない学生には試合出場をさせないことにしている。

 20207月時点で加盟大学は221校で、これは運動部のある大学の4分の1を超える数字である。加盟競技団体は35、主な競技団体はほとんど加盟した。UNIVASが達成しようとしている目標はNCAAの理念とほぼ同じで、ひとつが学業の充実、つまり文武両道。もうひとつが学生スポーツ選手の安全と安心を守ること。そして文武両道と安全・安心を中心に、学生アスリートを支援し、学生スポーツに関わる人が幸せになるために必要な経費を作っていく。そのためにプラットフォームを構築し、マーケティングを展開していこうということである。

 発足して2年を経て、これら3つの柱のもと、活動は具体的している。UNIVASは加盟大学の意思の総意であり、今後も現場のニーズを中心に優先順位を決めて、ひとつひとつ取り組んでいくことになる。

 こうした取り組みが大学スポーツ全体に浸透していくためにカギとなるのが、前述のAD=スポーツ局である。各大学が運動部をひとつの部署で一括管理するADを設置することによって、ガバナンスが高まり、学生や指導者を守るしくみができる。また運動部に関する情報を学内外へ発信することで、OBOG、現役学生、教職員のアイデンティティー醸成に必ず寄与することになるだろう。

 アメリカでは、たとえばハーバード大学のような学問で有名な大学でも、スポーツ以上に帰属意識を実感できるツールはないと認識されている。スポーツ局の設置については、検討段階においては加盟の要件とすべしとの声も高かったが、まずは加盟してもらい、加盟大学の意思としてそうなるほうがベターであるとして、現在は加盟大学にスポーツ局設置の意義への理解を深めてもらっている段階である。

 UNIVASが今後、大学スポーツをどのように変えていくか、まだ未来形は見えていない。オリンピック選手養成をめざす組織ではありえないが、一方でNCAAがスポーツ王国アメリカを支えていることと同じような発展形をたどることもありうるだろう。UNIVASを通して、大学スポーツ及び日本のスポーツの活性化を図り、スポーツの価値を浸透させていくことは「する」「みる」「支える」スポーツの醸成につながる。それが日本のオリンピックムーブメントの拡大につながれば、より意義が大きいといえよう。

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  • 小林 至 桜美林大学教授 / 大学スポーツ協会(UNIVAS)理事