Search

今回はしかたがない──次は幸せな夢の扉を開けてくれる開会式が見たい

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.03.18

 東京2020大会はオリンピック史上初めて1年延期された。さらに緊急事態宣言発出中の開催となったことで、多くの議論はあったものの、一部地域を除き無観客で行われた。関係者以外の圧倒的多数の人々にとっては、テレビやネット配信以外の手段で競技を観戦できなかったのである。東京2020大会では競技場がまさにスタジオと化した。スタジオ・オリンピックである。

オリンピックの理念を示すはずの開会式

 オリンピックは世界最高のスポーツの祭典である。東京2020大会では、世界205の国・地域(と難民選手団)から11000人以上の選手が参加し、33競技339種目が行われた。だが、オリンピックの価値は規模の大きさだけではない。また、各競技の世界選手権の集合体にとどまらない。

 オリンピック憲章「オリンピズムの根本原則」には、「オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学」であり、「オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するもの」であり、「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てること」とある。この崇高な理念を象徴的に示す最大の機会、それが開会式である。そのため、宗教に似た神聖性と荘厳な雰囲気が醸し出される。さらに、開催地の文化が紹介され、観客を楽しませるエンターテインメントも行われる。開会式は荘厳な式典であると同時に、世界最高のスペクタクルなイベントでもあるのだ。

 19641010日、初めての東京オリンピックの開会式は、雲一つない青空のもとで行われた。古関裕而作曲の「オリンピック・マーチ」が演奏される中、ギリシャを先頭に世界各国・地域の選手団が入場した。天皇陛下の開会宣言、日本選手団・小野喬主将による選手宣誓。多数の鳩が放たれ、上空にオリンピックシンボルが描かれる。それは美と崇高に満ち溢れた壮大なセレモニーだった。あのときの開会式には、翌日から始まる競技の価値を最大限に高める圧倒的な力が備わっていた。

 では、今回=東京2020大会の開会式はどうだったのか。

オリンピックとパラリンピック、2つの開会式

 今回のオリンピックの開会式はいくつものパートに分かれ、それぞれが独立して意味を持っていた。日本のサブカルチャー、伝統文化・芸能、追悼、メッセージとしての「多様性と調和」や「ジェンダー平等」、東京の街と観光資源紹介、世界平和の希求、そしてエンターテインメントが、厳かな式典と並んで展開され、それぞれ個別に意味はあった。

 だがそれらは互いに連結されておらず、各々のパートがすれ違った主張をしてしまった。全体を貫く芯棒が見当たらなかった。この不揃いなショーを「多様性と調和」だというにはあまりにも不調和だ。コンセプトが「United by Emotion」であったにもかかわらず、「United=結びついた」ではなかった。パンデミックの影響は大きく、そのため明るく楽しい開会式にできなかったことは確かだ。だがそれを考慮しても、これから始まる2週間の競技に対する期待やわくわく感を与えてくれるものではなかった。

オリンピック開会式。ゲーム音楽・マンガのふきだしのようなデザインのプラカードとともに選手団が入場した

オリンピック開会式。ゲーム音楽・マンガのふきだしのようなデザインのプラカードとともに選手団が入場した

 一方、パラリンピックの開会式は、「WE HAVE WINGS=私たちには翼がある」というコンセプトそのままに、片翼の小さな飛行機が主人公となり、パラ・エアポートを舞台にストーリーが展開されていった。

 パラリンピックの開会式には、オリンピックの際に感じた、「これでもかというほどの『多様性と調和』の押しつけがましさ」がなく、いかにも自然に、見る人を物語へと引き込む流れがあった。

 オリンピック・パラリンピックの開会式は、式典とフェスティバルの複合体である。厳かさと楽しいショーを両立させるためには、レベルの高い演出テクニックが必要だ。今回は明るい開会式ができないという難しさのため、演出関係者は通常の大会とは比較にならないほどの苦労をしたに違いない。しかし、パラリンピックの開会式でできたことをオリンピックでできなかったのはなぜか、そこをもっと深く考えてみる必要がある。

パラリンピック開会式の「片翼の小さな飛行機の物語」

パラリンピック開会式の「片翼の小さな飛行機の物語」

 余談だが、今回のオリンピック“閉会式”の選手入場の曲は、1964年東京大会で使用された古関裕而作曲「オリンピック・マーチ」だった。また、最後に大型スクリーンに映し出された「ARIGATO」の文字は、1964年東京大会の閉会式の「SAYONARA」で使用されたフォントと同じであった。閉会式は1964年東京大会のオマージュに彩られていた。

 筆者はそこに、60歳以上の日本人が持つ「1964年大会のノスタルジーと成功体験」に対する幕引きのメッセージを読み取った。2020年オリンピック東京開催を待ち望んでいた60歳以上の日本人の多くは、1964年東京大会の再現を夢見た。あの明るかった日本が、東京2020大会開催で蘇るのではないかと考えたのだ。202169日、国会の党首討論で菅 義偉総理が語った「57年前の東京オリンピック……いまだに鮮明に記憶している……東洋の魔女と言われたバレーの選手、回転レシーブ……オランダのヘーシンク選手……」は、そのことを示す典型的な例であろう。そうした60歳以上の「1964年再現夢想派」に対するアンチテーゼが、今回のオリンピックの閉会式には込められていたように思えた。そんな夢が再現されるはずがない、と。

 おそらく、東京オリンピックは、19641010日に始まり、202188日に終わったのだ。もう東京にオリンピックは来ない。

2020オリンピック閉会式の「ARIGATO」は1964年大会と同じフォント

2020オリンピック閉会式の「ARIGATO」は1964年大会と同じフォント

過去のオリンピックの開会式をふりかえる

 1896年第1回オリンピック・アテネ大会の開会式では、ギリシャ国王が権力を誇示した。第2回のパリ大会は万国博覧会付属のスポーツ大会だったため、オリンピックとしての開会式は実施されていない。第3回セントルイス大会も同様で、開会式では博覧会会長が開会を宣言したのみだ。

 現在の開会式と同様に選手が国の代表として国旗を掲げて入場行進をしたのは、1906年のアテネ中間大会を除けば1908年第4回ロンドン大会からである。

 その後、オリンピックにおいては開催国のプレゼンスが重さを増していく。それが露骨に表出したのが1936年ベルリン大会だった。ヒトラーのオリンピックともいわれたこの大会で、開催するナチス・ドイツは開会式をまるで党大会のようにしてしまった。

 第二次世界大戦のためにオリンピックは2大会中止になり、12年ぶりに行われた1948年ロンドン大会の開会式は、スポーツの祭典が平和に開催できることを祝う場となった。

やがて開会式は、開催国がメッセージを発する場となった。1956年メルボルン大会は史上初の南半球での開催を、そして、1960年ローマ大会は3000年の歴史のある永遠の都を、1964年東京大会は、戦災からの復興・国際社会復帰をアピールした。

 だがその後、オリンピックには政治や社会問題が露骨に持ち込まれるようになった。1968年メキシコシティー大会では、表彰式で人種差別に対する抗議の示威行動が行われた(ブラックパワー・サリュート)。そしてオリンピック史上最悪の事件が1972年ミュンヘン大会で勃発した。パレスチナ武装組織がオリンピック選手村に侵入し、イスラエルのアスリートとコーチ11名を殺害した事件だ。これ以降、オリンピックのテロに対する警備は格段に厳しくなった。

 1984年ロサンゼルス大会で開会式は大きく変わった。4年前の1980年モスクワ大会はアメリカ、日本など西側諸国の多くがボイコットした。その4年前の1976年モントリオール大会は大赤字。そのため1984年大会では開催地として立候補する都市が減り、手を挙げたのはロサンゼルスだけとなっていた。この大会は税金を一切使用せずに行われた。スポンサー企業を募り、スポンサーにはオリンピックシンボルの使用を独占的に認め、テレビ局からは高い放送権料を得た。開会式は華やかだった。空には日本のスポンサー企業・Fuji Film(富士写真フイルム/当時)の飛行船が飛び、スタジアムの周囲はコカ・コーラの赤に染まった。この戦略が奏功して大会は黒字化し、低迷していたオリンピック人気が蘇り、開催地に立候補する都市が増えた。

 1988年にはアジア2度目のオリンピック・ソウル大会が行われた。12年ぶりに東西陣営のアスリートが集まった開会式で、韓国は急速な経済発展を誇示するとともに、歴史と文化をアピールした。1992年バルセロナ大会は、夏季大会としては史上初めて開会式が夜に行われた。アーチェリーの選手が聖火のついた矢を放って聖火台に点火するというスペクタクルを成功させた。

 一方、1992年にはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(サラエボ内戦)が勃発。1984年冬季大会が行われたサラエボが戦火に包まれ、20万人もの死者が出た。そのためIOCのファン・アントニオ・サマランチ会長は、「オリンピック休戦を求めるアピール」を打ち出し、国連に働きかけて採択された。1994年リレハンメル冬季大会の開会式では、紛争の死者に捧げる黙祷を行った。

 オリンピックとテロと戦いはその後も続く。1996年アトランタ大会では、公園の屋外コンサート会場でパイプ爆弾による爆破事件が発生し、2人が死亡、111人が負傷した。

テロに対するセキュリティは、オリンピックにおいて極めて重大な課題となっていた。ところが2020東京大会を襲ったのは戦争でもテロでもなかった。それは新型コロナウイルスだった。そのために開催は1年延期され、無観客を強いられることとなった。開会式の内容も大きく変化した。追悼、黙祷が行われ、開会宣言の文言が変わった。

開会式はどうあるべきだったか

 フェスティバルからレクイエムへと変貌せざるを得なかった東京2020オリンピックの開会式。そこまでして実施しなくてはいけない開会式の理由・目的は、いったい何だろう。

1. 神聖な式典を通じてオリンピックの権威を示す

2. 世界最大のイベントとしてのプレゼンスを示す

3. 選手や観客にエンターテインメントを提供

4. 開催国の国威発揚

5. 入場料収入および放送権料に結びつく視聴率確保

6. 各国・地域の選手を披露

7. 世界平和の演出(16日間の夢の世界のはじまり)

 すべてがあてはまりそうだが、きっと最大の理由は7なのだろう。

 かつて1964年東京オリンピックの記録映画の監督だった市川崑は、映画の冒頭でメッセージを発した。「オリンピックは人類の持っている夢のあらわれである」というそのメッセージは、開会式からはじまり閉会式で終わる「夢の時間」こそがオリンピックであるという意味だ。

 世界では紛争やテロが行われ、暴力や差別が横行する。国家間、民族間の対立は続き、核兵器はなくなる兆しもない。しかし、オリンピックには国連加盟国以上の数の国・地域からアスリートが集まり、同じルールのもとで競技を行う。そして戦った後は、異なった国の選手が互いに相手を讃え合う。それは現実のはるか彼方にある、まさしく夢の世界だ。

 開会式は、いわば「オリンピック=夢の世界」という壮大なオペラの序曲である。

 東京2020大会は無観客で行われ、選手はバブル方式という隔離された世界で競技を行った。テレビでしか見られないスタジオ・オリンピック。一般の人々が入れないその大きな泡の中は、現実とは異なる夢の世界だった。そこでは盛大に花火が打ち上げられ、超人が神のようなパフォーマンスを披露する。感動の涙がほとばしり、いくつもの笑顔があふれる……

 4年に一度しか見られない夢。オリンピックという名の夢。

 東京2020オリンピックの開会式は、ちぐはぐでばらばらだった。解説者による詳しい説明がないと理解できない内容だった。そのため、今回の開会式はアスリートのパフォーマンスの引き立て役になってしまった。だが、かろうじて夢のかけらがあった。その夢のかけらは、翌日から行われた競技で一気に開花した。

 今後のオリンピックの開会式は、かつてのような開催国の国威発揚を前面に出したものであってほしくはなく、パンデミックの影響を受けた東京2020大会のような悲しい内容もごめんだ。人々の胸を打ち、翌日から行われる競技へと感動をつなぎ、幸せな夢の扉を開けてくれる、そんな開会式であってほしい。

関連記事

スポーツ歴史の検証
  • 大野 益弘 日本オリンピック・アカデミー 理事
    日本スポーツ芸術協会 理事
    1954年東京生まれ。ライター・編集者。株式会社ジャニス代表。日本オリンピック・アカデミー理事。筑波大学芸術系非常勤講師。福武書店(現ベネッセ)などを経て編集プロダクションを設立。オリンピック関連書籍・写真集の編集および監修多数。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了(修士)。単著に「オリピック ヒーローたちの物語」(ポプラ社)、「クーベルタン」「人見絹枝」(ともに小峰書店)、「古関裕而物語」(講談社)など、共著に「2020+1東京大会を考える」など。