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セミナー「子供のスポーツ」

「オリ・パラの将来像」真夏開催の限界と競争促す競技の新陳代謝、パラと一部共催の道も

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.06.24

東京2020 オリンピック女子マラソンで8位に 入賞した一山麻緒

東京2020 オリンピック女子マラソンで8位に 入賞した一山麻緒

 普段は陽気な男子マラソン界のレジェンド、瀬古利彦氏が寝耳に水の決定に怒っていた。「冗談じゃないよ。選手ファーストなんて言葉だけじゃないか」と。202187日、札幌市で行われた東京オリンピックの女子マラソン。午前7時の号砲予定が、暑さを理由に突然1時間繰り上げられると変更されたのは前日6日の夜だった。

 スタート時間から逆算して寝る時間や夕食時間も決める選手の体調管理を考え、日本陸連マラソン強化戦略プロジェクトリーダーの瀬古氏は必死に抵抗したが、報われなかったという。実際、一山麻緒(ワコール)は就寝中に知らされ、目覚めてしまったそうだ。一方で8日の男子マラソンは予定通り午前7時にスタート。そもそもマラソン、競歩の会場は酷暑への懸念から、201911月に国際オリンピック委員会(IOC)の意向で東京から札幌に移転が急きょ決定した背景があり、土壇場まで続いた混乱は真夏開催の限界とリスクを浮き彫りにした。

視聴率低下とビジネス優先の商業主義

 近年のオリンピックは気候変動の影響により世界各地で高温化や台風など気象災害が増加し、冬の雪不足も懸念される。「平和の祭典」を掲げる大会の将来像を考えれば、開催時期は避けて通れないテーマであることは間違いない。東京大会の総括記者会見で夏開催の妥当性を問われたIOCのバッハ会長は「気候変動がどんな影響をスポーツカレンダーに及ぼすのか検討している」と重要課題として認めた。

 だが最大の壁はIOCに巨額放送権料を支払うテレビ局優先の商業主義にある。欧米の人気スポーツと重なる春や秋のシーズンを避け、夏季オリンピックを真夏に行う背景には米国での独占放映権を持つNBCユニバーサルの意向が大きい。米NBC32年ブリスベン大会まで夏冬10大会の米国向け放送権料、計約120億ドル(約13500億円)をIOCと結び、巨大利権が動くIOCの財政の柱となる収入源だ。米国で人気のある競泳の決勝が日本時間の午前中に実施されたのは、米国のプライムタイムに中継が優先された事情がある。

 ところが東京大会では異変が起きた。米NBCのテレビ視聴者が平均1550万人で中継を始めた1988年ソウル大会以来、過去最低を記録したのだ。新型コロナウイルスの影響や時差の問題、陸上男子短距離のウサイン・ボルト(ジャマイカ)のような絶対的なスター不在もあるため従来との比較は難しいが、若者の価値観が多様化し、デジタルやソーシャルメディアによる視聴に移行したことも理由にある。

やはり真夏の東京は暑かった(2021年7月25日、テニス男子シングルス錦織圭)

やはり真夏の東京は暑かった(2021年7月25日、テニス男子シングルス錦織圭)

 東京大会の男子テニスで日中の暑さに耐えかねたダニル・メドベージェフ(ROC)が「死んだら責任を取れるのか」と審判員に詰め寄った場面が印象深い。IOCの収入は約7割を放送権料が支え、全体の約9割を各国・地域の国内オリンピック委員会(NOC)や国際競技団体に分配している仕組みを考えると、巨大ビジネスを変革するのは死活問題でもある。

 ただ視聴率低下はテレビに依存した収益構造の将来を暗示する転換期に入ったともいえるだろう。IOC2016年から「オリンピックチャンネル」という独自のインターネット専門局も始めており、これを機にテレビ局に左右されず、新時代を見据えた夏以外の春や秋開催の検討が求められそうだ。

肥大化阻止へ夏冬の競技バランス是正も

 若者のスポーツ離れを懸念し、将来に危機感を持つIOCにとって、伝統競技と新競技の融合も大会の行方を左右する重要テーマになる。Jリーグのような入れ替え戦方式で、オリンピックにも競争原理を促す改革を提案したい。猪谷千春IOC名誉委員は「新型コロナ禍で生活様式が変わる中、オリンピックも変化しないと見放されてしまう」と指摘した。

 東京大会で新たな風を吹き込んだスケートボードやスポーツクライミングなど都市型スポーツの隆盛は頼みの綱。2021124日、2024年パリ大会で新採用が決まったブレイクダンスの世界選手権で日本勢女子の福島あゆみが初の世界一に輝いたが、パリの名劇場シャトレ座から「オリンピックチャンネル」でライブ中継された映像は音楽やファッションとも融合し、米ニューヨークのストリート文化から発展した新スポーツの熱狂に包まれていた。

 そんな都市型スポーツに共通するのは国を背負う悲壮感を感じさせず、勝ち負けや国籍を超えて互いをたたえ合う自然体の姿だ。ともすれば「メダル至上主義」に陥りがちな伝統競技とは一線を画し、スポーツの原点とは何かと改めて考えさせられる価値観は、オリンピック憲章にうたわれた「より速く、より高く、より強く」のモットーに、新たな息吹を与える可能性を秘めている。

 最近のIOCは若者への訴求力やテレビに媚びすぎではないかとの批判もあるが、バッハ会長の推進する「新旧の融合」で変革する精神こそが生き残る道であろう。伝統競技でも大規模汚職やドーピング隠蔽が発覚した場合は入れ替えの罰則対象とする選択肢もある。

 近代オリンピックを提唱したクーベルタン男爵が考案した「キング・オブ・スポーツ」の異名を持つ近代五種は11月、2028年ロサンゼルス大会から馬術を除外する新方式で実施する驚きの方針を示した。これも初採用から110年近い歴史を持ちながら競技の生き残りを懸念し、IOCの顔色をうかがう危機感の表れだ。

 開催都市が提案できる追加競技を初めて認められた東京大会は史上最多の33競技、339種目を実施。一方で飽和状態にある夏季オリンピックの肥大化阻止へ新陳代謝を図るもう一つのキーワードは夏冬の壁を越えた「分散化」だろう。これは猪谷名誉委員が30年前から訴える「秘策」でもあり、夏の祭典から冬季大会に複数の屋内競技を移行する大胆なプランだ。屋外競技でも移行可能な候補は少なくない。7競技の冬季大会は「雪や氷の上で行われる競技」と憲章で明文化され、夏季大会の「ブランド」を重視する競技団体には冬への移行に強硬な抵抗もある。ただ夏冬の競技バランスを是正できれば、新競技が参入できる枠も広がり、固定観念に縛られた大会に風穴をあける可能性が出てくる。

東京2020 パラリンピック男子走幅跳T64 で優勝したマルクス・レーム(ドイツ)

東京2020 パラリンピック男子走幅跳T64 で優勝したマルクス・レーム(ドイツ)

究極の理想はオリ・パラ共存の未来像

 最後に究極の理想像として、オリ・パラの一部共催の道を探ってみたい。もちろんスポーツの根幹を成す公平性が大前提にあり、大会規模や日程をどう整理できるか課題は山積するが、可能な範囲でオリ・パラ選手がそれぞれの種目で競演する考え方だ。4年に1度の英連邦大会や世界選手権によっては健常者との境界を超えてパラ種目が組み込まれ、同時開催されている例もある。

 東京パラの陸上男子走り幅跳びで3連覇した義足ジャンパー、マルクス・レーム(ドイツ)は「オリ・パラ共存」を夢見て「メダルを競うのではなく、順位がつかない参考記録でも象徴的な意味で参加したい」との立場だ。今年マークした世界記録8m62は、東京オリンピックの優勝記録を上回る。「義足の公平性」を巡って特例でのオリンピック出場は阻まれたが、たとえオープン参加でも「自分の姿がスポーツを通じて多様な共生社会への道を示す」と未来像を思い描く。

 一方で頭脳競技のボッチャは脳性まひなど重度の障害者と健常者が真剣勝負できる唯一のスポーツともいわれる。ブレイクダンスは障害の有無や国籍、性別も超えて一緒にバトルしてきた歴史がある。右肘から先が欠損した卓球女子のナタリア・パルティカ(ポーランド)のように、オリ・パラ同時出場を継続する選手の例もあり、試験的なトライからでも壁を越えて同じ土俵で勝負できる場が増えれば、コロナ禍で不要不急とも問い直されたスポーツの新たな価値が共有できる契機になるだろう。

 IOCは最近、身体運動を伴いながらオンラインで競う「バーチャル(仮想)スポーツ」の将来的な競技採用を視野に入れ、ゲーム業界にも急接近する。今後5年間の改革指針に盛り込み、野球、自転車、ボート、セーリング、モータースポーツの5競技で初の公認大会もスタートした。ゲームをスポーツとして扱うことへの異論や依存症の課題も抱える中、eスポーツよりスポーツの要素が強く、コロナ禍の「新たなスポーツの形」との触れ込みで新ビジネスの動きを加速させる。

 だが日進月歩のデジタル時代とはいえ、国際交流や人と人をつなぐ力を持つスポーツの原点は大事にしたい。東京パラでも選手が挑む競技そのものがクローズアップされ、その魅力がストレートに伝わった。そこにこそ、オリンピックが立ち返る姿があるに違いない。

 商業化と肥大化が進み、曲がり角を迎えたオリンピックはもはや「オワコン(終わったコンテンツ)」なのか──。東京大会は「多様性と調和」「ジェンダー平等」を掲げながらトラブルが絶えず、ブランドイメージも傷ついた。IOC元委員で日本オリンピック委員会(JOC)前会長の竹田恆和氏は「スポーツを通じた平和運動というオリンピックの価値は50年後、100年後も変わらない」と信じる。猪谷氏は「125年生きてきた近代オリンピック。あと数百年は生きてほしい」と願った。

 オリンピックとは、いわば世界最大の運動会。筋書きのないドラマに人々は引き込まれる。それでも時代の変化に対応できなければ「平和の祭典」が永久に続く保証はないだろう。

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スポーツ歴史の検証
  • 田村 崇仁 共同通信社運動部デスク。群馬県出身。高崎高校―早稲田大卒。1996年共同通信入社、2002年W杯日韓大会までサッカー担当。プロ野球で近鉄や阪神をカバーし、日本オリンピック委員会(JOC)担当キャップを経て、2013年からロンドン支局駐在。国際オリンピック委員会(IOC)や国際パラリンピック委員会(IPC)の他、テニスやゴルフの四大大会を含む欧州スポーツ全般をカバー。東京五輪・パラリンピックではデスクと記者の兼任で取材した。最近は五輪汚職・談合事件に追われる日々。暴力指導や盗撮問題などスポーツを取り巻く社会問題のテーマにも関心を持つ。著書に「アスリート盗撮」(共同通信運動部編、ちくま新書)、柔道女子代表の暴力パワハラ問題取材班(代表)で2013年度新聞協会賞受賞。