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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

セミナー「子供のスポーツ」

(超)高齢社会と身体活動

SPORT POLICY INCUBATOR(9)

2022年1月12日
土肥 美智子 (公益財団法人 日本サッカー協会診療所 院長/笹川スポーツ財団 理事)

 大学でスポーツ医学の講義を行うことになった。内容はスポーツ医学の概要から始まり、子供、女性、成長期、中高年期のスポーツ医学、メディカルチェック、スポーツによる怪我、内科的問題等である。その中で障害者スポーツについても講義をすることになった。トップアスリートのメディカルサポートを生業とし、今まで専門的に障害者の方のメディカルサポートをした経験がなかった私は改めて勉強をすることとなった。そこでミスターパラリンピックと呼ばれるドイツのハインツ・フライの“障害のない人はスポーツをしたほうが良いが、障害のある人はスポーツをしなければならない” という発言に出会い、はっとした。それは日常生活動作 (ADL; Activities of daily living)、自立(IL; Independent living)、生活の質 (QOL; Quality of life)の向上、そして通常の生活を送る権利、共生(Normalization)のためだからという。障害のある方々がスポーツをしなければならない、という気持ちでスポーツをされていることは実感としてなかった。講義を進めていくと“中高年者のスポーツ”でも、実にこの4つが全て当てはまることに気づいた。自身を振り返って見ると、50歳を過ぎた頃には、ちょっとした段差に躓き、バランスを崩し手も付けずに転倒、怪我の治りも悪く、颯爽とは程遠い走る姿、体育座りからスッと立ち上がれないのが現実で、運動神経が良いと思っていた私も健康人ではなくなっている。科学者の視点に戻ると、昔は“人生50年”、現代は更に2度目の人生がある、と言われているが、それは健康であっての話であり、生物学的に寿命はやはり50年だと実感している。つまり生物学的に全うした人生にさらに医学の進歩や恵まれた生活環境で得たいわゆる第2のチャンスの人生である。ただ覚悟しなければいけないのは、何もしなければその人生が苦痛で終わる可能性である。厚生労働省のいう健康寿命を考えなければならない。健康ではなくなっていく中高年者にとってスポーツは障害者スポーツが持つ意味と同じなのである。

 厚生労働省の発表では、日本人男女の平均寿命は80年を超えている。しかし健康寿命はどうかというと、2001年と2010年を比べると、男性は69.40年から70.42年 へと1.02年、女性は72.65年から73.62年と0.97年延びてはいるが、実はそれ以上に平均寿命が伸びており、健康寿命との乖離が著明になってきているという。つまり平均寿命の延び以上に健康寿命を延ばす(不健康な状態になる時点を遅らせる)ことは、個人の生活の質の低下を防ぐ観点からも、社会的負担を軽減する観点からも、重要なのである。

 私が専門とする医学の世界では、“ロコモティブシンドローム”を日本が提唱した。2007年のことである。当時日本は4人に1人が65歳以上の超高齢社会を迎えている。ロコモティブシンドロームとは「運動器の障害によって、移動能力の低下をきたした状態で、進行すると要介護になるリスクがある状態」となっている。また日本整形外科学会の調査では、運動器の入院手術が50歳から右肩上がり、70歳でピークを迎えるという。つまり運動器の健康寿命も50年前後である。国際的には1989年にRosenbergによって「加齢による筋肉量減少」を意味する用語として“サルコペニア”が提唱された。これは筋肉量の低下により、筋力または身体能力の低下した状態を指す。つまり筋肉量低下は健康寿命を下げる原因であり、やはり私が感じた中高年期のスポーツの必要性はもはや避けられない。老後に備え“貯金も、貯筋も”は意を得た表現である。

 高齢社会となってスポーツがより大事である、必要であるということを理解していてもスポーツが得意でない、好きでない方々も多く、辛い話かもしれない。私が委員を務める国際オリンピック委員会、“スポーツと活動的社会”委員会ではスポーツを通じて世界のコミュニティにおける身体活動の改善、全ての人にスポーツ参加の機会を与えること、を目的の一部としてあげている。この委員会では“スポーツ”という言葉に負担を感じる人たちもいることから“スポーツ”という言葉でなく“Physical activity 身体活動”を使用していこうという動きがある。身体活動つまり散歩するだけでも良いのである。これであれば皆がやれそうである。ある海外の研究では週3回1時間程度の運動習慣で高血圧が改善されたり、がんで闘病中の方が運動することで、さすがにがんが治るわけではないが、他者との関わりを持つことでQOLが改善したりという結果が出ている。身体活動の持つ良さもモチベーションになるかと思う。

 ある日、テレビ番組の中で障害者の方のサポートを熱心にされている組織の代表の方が“どうしてそのように熱心にサポートされているのですか?”というインタビューに“みんな歳をとればいずれ耳が聞こえづらくなったり、上手に歩けなかったり、不自由になるのですから、他人事ではないですからね”と答えられていた。まさにと、納得した私だった。

  • 土肥 美智子 土肥 美智子   Michiko Dohi 公益財団法人 日本サッカー協会診療所 院長
    笹川スポーツ財団 理事
    2022年3月まで国立スポーツ科学センタースポーツスポーツメディカルセンターに副主任研究員として所属。2008年北京オリンピックから2021年東京オリンピックまでの4大会でスポーツドクターとして選手団に帯同。2010年より日本サッカー協会にの医学委員を務め、男女代表チームのチームドクターとして活躍。2022年4月より現職。専門はスポーツ医学、スポーツ外傷・障害画像診断学。医学博士、FIFA医学委員会委員、IOCスポーツと活動的社会委員会委員、JOC理事