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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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セミナー「子供のスポーツ」

日本人の身体活動のいま
-GPAQの結果から読み解く:その2-

WHO推奨基準の達成率と座位時間

2021年11月29日

日本人の身体活動のいま-GPAQの結果から読み解く その2-

 2020年に実施された「スポーツライフに関する調査(スポーツライフ調査)」では、世界保健機関(World Health Organization: WHO)が開発した「世界標準化身体活動質問票(Global Physical Activity Questionnaire: GPAQ)1) を用いて日常の身体活動が調査された。全国調査で日本人の実態を知ることの出来る貴重なデータである。本稿では、前稿に続き、GPAQの結果を読み解き、今後、アクティブな生活習慣を普及していく上でのポイントを確認したい。

1.WHO推奨基準の達成率

 WHOの身体活動ガイドライン 2) では、18歳以上の成人に対して、「中強度の身体活動を週に150分、または高強度の身体活動を週に75分、またはこれらと同等の組み合わせ(GPAQにおける週600メッツ・分(注1)に相当)」を行うことを推奨している。日本人のどのくらいがこの基準を達成しているのだろうか?図1および図2は、このWHOの身体活動量基準の達成率を、全体、性別、性・年代別に示した結果である。全体では53.3%、男性は59.6%、女性は46.9%の達成率であった。男性では高齢になるほど達成率が低くなり、1864歳では61.2%の達成率が、65歳以上では54.6%となっていた。一方、女性では子育て世代での低い達成率が顕著であり、30歳代では37.9%にまで落ち込んでいる。目的(ドメイン)別に身体活動の分布を細かく見てみると、男性では高齢になるほど「仕事」での身体活動が減っていることや、30歳代女性が最も「余暇」目的の身体活動が少ないことが分かり、これらがWHO基準達成率にも影響していることが読み取れる(前稿、図2)。

 また、この基準達成率を他国と比べるとどうだろうか。アジア太平洋地域において20002010年に各国で身体活動量を調査したデータをレビューした研究では、15の調査でGPAQを用いてWHO基準の達成率が調べられ、その中央値(四分位値)は53.5%(44.5-80.5)であったことが報告されている 3)。今回は新型コロナウイルス感染症が流行する中での調査であり、また、調査方法が異なると達成率は変わるため、単純な比較は難しいが、今回の調査で得られた結果は、これら他国での調査結果と類似したものであったことが分かる。今後、継続的にモニタリングし、わが国における身体活動の傾向や変化を注視していく必要がある。

 なお、WHOの旧来の身体活動ガイドラインでは、「10 分以上継続した活動」という条件が付される形で推奨がなされており、本調査で用いたGPAQでも旧来のガイドラインに基づいてこの条件が質問文に付されている。しかし、2020 年に公表されたWHOの最新のガイドライン 2) ではこの「10 分以上継続した活動」に限定してという旧来の条件が削除され、より「細切れ、短時間」の身体活動の意義も示されている。この条件の違いは達成率にも影響するため、特に他調査の結果と比較する場合などは、どのような条件で調査されたか注意して解釈する必要がある。また、加速度計を用いて日本人高齢者を対象とした研究では、10分未満の継続活動や低強度の身体活動も含む形で総身体活動量を算出したところ、男性高齢者(週22.0メッツ・時)より女性高齢者(週23.9メッツ・時)の方が身体活動量が多かったことが示されている 4)。家事(GPAQでは「仕事」に分類)での細々とした動きは質問紙調査では捉えきれないため、こうした限界点にも注意して結果を解釈する必要がある。

2.厚生労働省基準の達成率

 WHO基準とは別に、厚生労働省は「健康づくりのための身体活動基準2013」において、1864 歳は「強度が3メッツ以上の身体活動を毎日60分(週23メッツ・時)」、65 歳以上は「強度を問わず身体活動を毎日40 分(週10メッツ・時)」という基準を示している。図3と図4は、今回の調査でこの基準を満たす者の割合を全体、性別、性・年代別に示している。図3を見ると、1864歳において「週23メッツ・時」の基準を満たす者は全体の35.2%であり、男性43.1%、女性27.1%と、男女差が16ポイント程度と大きい。年代別の傾向はWHO基準とほぼ同様だが、厚生労働省基準では、6064歳女性の達成率が21.6%と低くなっている。

 ちなみに、WHO基準(3メッツ×週2.5時間=週7.5メッツ・時)と比べると上記の厚生労働省基準は高い(厳しい)値のため、達成率は当然低くなる。どちらの基準も、健康上の恩恵が得られる水準であることは分かっているが、厚生労働省基準は、長生きなどの健康上の恩恵を最大化させる(全死因死亡リスクなどが最も低くなる)水準に相当する可能性が示唆されている(図5)。ただし、身体活動の普及を進める上では目標値としてハードルが高すぎると感じられる人もいることや、健康上の恩恵はかなり低い身体活動量でも得られる量反応関係が知られていること等を考慮し、「今より少しでも増やす(例えば10分多く歩く)」という世代共通の推奨の方向性と、アクティブガイドにおける「プラス・テン(+10)」のメッセージが合わせて示されている。

【図5】余暇時間の身体活動量と全死因死亡リスク

余暇時間の身体活動量と全死因死亡リスク

Arem et al, 2015 JAMA Intern Med 5)を基に作成。
WHOと厚労省の各基準は本来、余暇に限定しない総身体活動量に基づくため、記した基準の位置はあくまで参考としての目安である。)

3.座位時間の実態

 身体活動と関連が深く、健康に影響を与える生活習慣として、座ったり寝転んだりする座位行動(Sedentary behavior)がある。1日の座位時間が長いと総死亡のリスクが高いことも分かっており、身体活動の促進に加えて座位時間の抑制も重要である。

 図6は、普段の1日における座ったり横になったりして過ごす時間(座位時間)の平均値を全体、性別、性・年代別に示している。なお、座位時間に睡眠は含まれない。全体では1日あたりの平均座位時間は331.7 分、時間に換算すると約5 時間半であった。男性は342.6分、女性320.9分とやや男性が長い。男女ともに、加齢とともに増加または減少といった単純な傾向は見られなかったが、30歳代の女性が291.3 分と最も座位時間が短く、唯一5時間未満であった。オーストラリアの縦断研究においては、子供が生まれると、女性は座位時間が減ることが示されている 6)。今回の調査結果からも、ライフステージの変遷が身体活動や座位行動に影響を与えている実態が見て取れる。

 また、今回の結果を他国におけるデータと比較してみると、これまでに世界62カ国で調査された座位時間の中央値(四分位値)は4.7時間(3.5-5.1)であり、高所得国に限定すると4.9時間(4.7–5.3)であったことが報告されている 7)。過去の研究でも日本人の座位時間の長さが世界でもトップクラスである可能性が指摘されていたが 8)、全体の平均が約5 時間半という今回の結果は、改めてその対策の必要性を示している。

 なお、2020年に改訂されたWHOのガイドライン 2) では、「Sedentary behavior」が初めて取り上げられ、「覚醒した状態で、座っているか、もたれかかっているか、横になっているときの、エネルギー消費量が1.5メッツ以下のあらゆる行動」と定義された。デスクワーク、車の運転、テレビ鑑賞などがその例として挙げられ、車いす利用者のように立つことができない人にも当てはまると示されている。1.5メッツより強度の大きな活動であれば、座っていても「Sedentary behavior」とは見なされないため、日本語の「座位行動」に相当する「Sitting behavior」とは明確に区別されている。従って、他の適当な日本語訳が必要であるが、ガイドラインの日本語訳作成に当たった日本運動疫学会等においても未だ妙案が出ておらず、(ひとまず)「座位行動」という言葉で「Sedentary behavior」を指すことにしている 9)GPAQでは、座ったり、横になったりして過ごしている時間(睡眠時間を除く)であれば、その活動強度(メッツ)については考慮せずに「Sedentary behavior(座位行動)」と定義して調査されているため、本稿でも同様に「座位行動」と表記した。また、WHOのガイドラインでは、座位行動の時間や量について、基準値を示すだけのエビデンスが揃っていないとして、「座りっぱなしの時間を減らすべきである」と示すに留めている。現在、質問紙だけでなく加速度計などの客観的な評価に基づく研究の成果が世界中から日々報告されているため、将来的に何らかの基準時間・量がガイドラインでも示される可能性はあるだろう。

4.まとめ

 ここまで、スポーツライフ調査におけるGPAQの結果を身体活動ガイドラインの達成率と座位時間から確認してきた。今後、身体活動・スポーツ普及施策に必要な観点をいくつか挙げると、まずは子育て世代女性における身体活動量の低さが際立つ。質問紙調査の限界で、細切れ・低強度の身体活動が評価出来ていないことが影響している可能性は残るものの、リフレッシュ効果の大きい「余暇」身体活動の時間が取れていない実態は間違いなさそうだ。子育て支援施策が複合的に進められた上で、ソーシャル・マーケティング 10)等に基づき丁寧にターゲット層の理解を深めて身体活動の普及戦略が進められることが鍵となるのではないか。また、全世代に共通することとして、新型コロナウイルス感染症の流行下で在宅勤務の広がりや対面での交流機会が減少する中、身体活動・スポーツの普及には、前例のない取り組みを模索していくことが求められている。ここは一度、基本に立ち返り、相手(ターゲット)を知り、ともに考え、作り上げていくプロセスを大事にしたい。また、長い座位時間の対策については、立位でデスクワークの出来るスタンディングデスクの活用のほか、労働時間の適正化をはじめとした働き方改革も必要となるだろう。国や自治体、企業やスポーツ関連団体の地道な取り組みが積み重なり、国民の行動に変化が生み出されるのか。全国調査による身体活動・座位行動の継続的なモニタリングが、こうした評価を行う上での基盤となることも改めて確認しておきたい。

注1GPAQでは、中・高強度の質問項目にそれぞれ固定したメッツ値(4または 8)が付与されてメッツ・時の身体活動量が計算されるため、ガイドラインに基づく最小値の週7.5メッツ・時(=450メッツ・分)とは異なる値が基準値として用いられる。

引用・参考文献

  • 1) 身体活動研究プラットフォーム. 世界標準化身体活動質問票(第2版 日本語版). http://paplatform.umin.jp/questionnaire.html(最終アクセス日:2021年9月23日)
  • 2) World Health Organization (WHO). WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. Geneva: WHO, 2020. Available from: https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128(最終アクセス日:2021年9月23日)
  • 3) Macniven R, Bauman A, Abouzeid M. A review of population-based prevalence studies of physical activity in adults in the Asia-Pacific region. BMC Public Health. 2012;12:41.
  • 4) Amagasa S, Fukushima N, Kikuchi H et al. Light and sporadic physical activity overlooked by current guidelines makes older women more active than older men. Int J Behav Nutr Phys Act. 2017;14(1):59.
  • 5) Arem H, Moore SC, Patel A et al. Leisure time physical activity and mortality: a detailed pooled analysis of the dose-response relationship. JAMA Intern Med. 2015;175(6):959-67.
  • 6) Tian J, Smith KJ, Cleland V et al. Partnering and parenting transitions in Australian men and women: associations with changes in weight, domain-specific physical activity and sedentary behaviours. Int J Behav Nutr Phys Act. 2020;17(1):87.
  • 7) McLaughlin M, Atkin AJ, Starr L et al. Worldwide surveillance of self-reported sitting time: a scoping review. Int J Behav Nutr Phys Act. 2020;17(1):111.
  • 8) Bauman A, Ainsworth BE, Sallis JF et al. The descriptive epidemiology of sitting. A 20-country comparison using the International Physical Activity Questionnaire (IPAQ). Am J Prev Med. 2011;41(2):228-35.
  • 9) 日本運動疫学会,国立健康・栄養研究所,東京医科大学公衆衛生学分野,厚生労働科学研究費補助金20FA0601.WHO身体活動・座位行動ガイドライン要約版(日本語訳)2021. http://jaee.umin.jp/news210211.html(最終アクセス日:2021年9月23日)
  • 10) 鎌田真光.その方法で本当にスポーツ実施率が高まりますか? 2. 身につけておきたいソーシャル・マーケティングの基本.諸外国のスポーツ政策,笹川スポーツ財団ウェブサイト.2018年2月16日掲載http://www.ssf.or.jp/research/international/spioc/us/tabid/1500/Default.aspx

  • 鎌田 真光 東京大学大学院 医学系研究科 講師/SSFスポーツライフ調査委員
    東京大学・大学院を経て、島根県雲南市立の研究機関で6年間、立ち上げ当初から、市の職員として幅広い世代の健康づくりに携わり、地域保健や学校保健・体育、スポーツ少年団等の支援に従事。地域全体の運動実施率を高めるプロジェクトに責任者として従事し、厳密な検証に基づく世界初の成功例として、国際レビューで最高評価を受ける (IJE 2018、Cochrane Rev 2015)。米国ハーバード大学研究員、東京大学助教を経て、2020年11月より現職。
テーマ

スポーツライフ・データ

キーワード
年度

2021年度

担当研究者
  • 鎌田 真光 東京大学大学院 医学系研究科 講師/SSFスポーツライフ調査委員