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オリンピックとジェンダー
──世界初の女性スポーツ組織設立から100年目の到達点と課題

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.05.27

 東京五輪・パラリンピックは「多様性と調和」を大会ビジョンに掲げていた。2021年2月に起きた出来事は、その重要性を内外に強く認識させることになった。組織委員会の森喜朗会長(当時)が、女性を蔑視する発言を行ったことにより、辞任に追い込まれたのだ。大会開催を半年後に控えてのトップ交代は、オリンピック史の中でも異例中の異例といえる。

 国際オリンピック委員会(IOC)は、90年代後半からスポーツにおける女性の平等の確保に取り組んできた。IOCの近年の中長期戦略IOC「オリンピック・アジェンダ2020」(2014)やIOC「オリンピック・アジェンダ2020+5」(2021)では、ジェンダー平等の推進が最優先課題のひとつとされ、LGBTQの人々に対する排除や差別のないスポーツをめざす動きにもつながっている。

 競技性を重視するスポーツの多くは、筋力や体格に勝る人が有利になる。平均的には男性の筋力や体格が大きいことから、男女別に競うというスポーツの仕組みは、公平で合理的なものだと考えられてきた。一方で、この仕組みは、男女の区別をあたり前として根づかせ、他の分野に比べ、ジェンダーにもとづく差別や不平等が容認されやすいことが指摘されてきた。

 スポーツでの優劣は、直ちに人間としての優劣に置換されるわけではない。そのシンプルな道理への感性が、勝利を至上の価値とする風潮の中では鈍りがちになる。さらに、女らしさや男らしさといった過去の価値観や規範を変えるには長い時間がかかり、その影響から無縁でいることも難しい。

 一方、ジェンダー平等をめぐっては、欧米先進諸国を中心とする国際社会は着実に変化を遂げている。スポーツ界を牽引するIOCにとって、オリンピックの理念と現実を一致させるためにも、この問題は先送りができない課題だ。

 そうした現状の中で、組織委員会トップの認識の欠如を露わにした出来事は、世界経済フォーラム(WEF)ジェンダー・ギャップ指数156カ国中120位という日本の後進性を際立たせ、逆に国民の関心を深めることになった。発言の根底に、上下関係や男らしさを重んじて異論を封じる体質があったことも、日本のスポーツ界や社会全体のあり方に対する疑問と重なり、多くの人々を巻き込む要因になったと考えられる。

開会式でスピーチをする大会組織委員会橋本聖子会長

開会式でスピーチをする大会組織委員会橋本聖子会長

 森氏の辞任後、橋本聖子氏が会長を引き継いだ。閉会式では、2024年パリ大会への引継ぎ式典が行われた。この式典では、オリンピック旗が東京の小池百合子都知事からパリのアンヌ・イダルゴ市長に手渡された。IOCバッハ会長を経由したとはいえ、女性から女性へ引き継ぐ映像が世界に流れた瞬間は、おそらくオリンピック史上初だったのではないか。

 会長交代とほぼ同時に、長年、スポーツ界の課題とされてきた意志決定機関の女性割合にも変化が起きた。12名の女性理事が新たに組織委員会に加わった。これにより理事会の女性割合は42%となり、IOC理事会が2016年に設定した目標値30%、スポーツ庁ガバナンスコードの目標値40%のいずれも達成した。

 「30%」は、政治学や社会心理学で組織の中のマイノリティ集団が実質的な影響力を持つようになるとされる割合だ。スポーツ庁のガバナンスコードでは、2017年にスポーツ庁や国内の主要スポーツ団体が署名した「ブライトンプラスヘルシンキ宣言2014」が目標として掲げた数値が採用されている。

 女性割合の目標値をめざす過程では、集団全体がジェンダー平等の達成に向けたビジョンを共有することを求められる。その意味で、割合を満たすことは課題解決の第一歩となる。一方、女性理事の増加を「数合わせ」だと評する記事も散見された。数さえそろえれば、という本末転倒な現象に歯止めをかける重要な指摘ではあるが、この論調の裏側に、加わった12名を女性というカテゴリーで括り、「数」としてしかみない風潮はなかったか。そこにもまた、一人一人を個として捉え、それぞれの専門性を尊重する視点の欠如と紙一重の危うさがある。

東京2020大会・日本選手団のデレゲーションユニフォーム。男女とも白いジャケットと赤のパンツ(スカート選択可)

東京2020大会・日本選手団のデレゲーションユニフォーム。男女とも白いジャケットと赤のパンツ(スカート選択可)

 競技の現場では、どのような変化が可視化されただろうか。男女選手の比率、男女混合種目の増加、審判や大会関係者のユニホームのユニセックス化……。これらIOCが牽引した変化は、大会が性による差別のない社会の縮図として人々の目に映るよう、配慮されたものだった。同様に、IOCの持続可能性戦略を踏まえ、組織委員会内部の多様性の確保にも取り組みはみられた。

 では、オリンピックの本質である社会への働きかけという点では、どうだっただろう。ジェンダー平等は、「多様性」の中の埋もれたテーマだったのではないか。

 会長交代後、組織委員会内には「ジェンダー平等チーム」が設置された。このチームは、①UNWomenの「ジェンダー平等を目指すすべての世代フォーラム」への出席とコミットメントの発表、②新聞社主催のフォーラムを通じた社会との対話、③パートナー企業の取り組み好事例を共有する会の開催、④会長による「プライドハウス東京」の訪問と連携の強化、⑤ジェンダー平等に配慮した報道に関するIOC「ジェンダー平等、公平性の確保のためのポートレイヤル(表象)ガイドライン」(2021)和訳をメディアに情報提供、⑥東京D&Iアクション(※)の公表と国内外へのムーブメントの呼びかけ、など、いくつかの活動を行った。

 だが、コロナ禍での大会開催まで半年という、人的・財的資源がない時期の活動には、自ずと限界があった。組織委員会が設置された7年前からチームが置かれ、現状や課題の把握、モニタリングを意識した戦略的な取り組みが行われていれば、ジェンダー平等に関してより多くのインパクトを国内外の社会に残す大会になったはずである。

 過去の大会以上に性の多様性が表現された点では、東京大会の意義は大きい。LGBTQアスリートのWeb専門誌「アウトスポーツ(Outsports)」によれば、少なくとも186名のオリンピアン、36名のパラリンピアンがLGBTQアスリートであることをカミングアウトした。この人数はいずれも大会史上最多であり、2012年ロンドン大会のオリンピアン23名、2016年リオデジャネイロ大会のオリンピック56名、パラリンピアン12名から、飛躍的に増加した。トランスジェンダーを公表したカナダ女子サッカー代表レベッカ・クイン選手や同性愛者であることを公表した高飛び込みイギリス男子代表のトーマス・デーリー選手など、メダリストも誕生した。

 カミングアウトしたオリンピアンの出身国は、アメリカ36名、次いでブラジル・カナダ18名、オランダ17名、イギリス16名、オーストラリア14名、ニュージーランド10名である。いずれも、同性婚が法律で認められるなど、性自認や性的指向にもとづく差別の解消に積極的な国々である。

 先進的にジェンダー平等に取り組む社会で生きる選手たちが積極的にロールモデルとしての役割を果たそうとしたり、大会への参加をきっかけに「自分らしくスポーツをする」という自由をめざす行動が示されるのは、オリンピックやパラリンピックの重要な意義のひとつだ。人権の拡大のために世界が共に手を携える場を生み出していくこと。それは、スポーツを通じて国際社会の平和をめざすという理念を土台とする大会の使命ともいえる。

 特に、公表された中では初事例となるトランスジェンダー女性選手の参加は、スポーツにおける公平性と平等の問題を改めて考える機会を提供した。議論の余地はあるにしても、トランスジェンダー選手を排除しない大会となったことは、オリンピックにとって重要であった。その意義からすれば、メディアやSNSでの差別的な反応に対しても、IOCや組織委員会がもう一歩踏み込んだメッセージを発信することが望まれた。
 この問題に関しては、IOCが2021年11月16日、新たな指針「性自認と身体の性の多様性にもとづく公平かつ排除や差別のない枠組み」を公表した。この指針では、IOCに加盟する国際競技団体(IF)に対し、オリンピック憲章に則っとり、競技特性を踏まえた参加の枠組みを模索することが要請されている。各IFの積極的な対応を促進する契機として東京大会が歴史的に位置づけられるかどうか、今後の検証が求められるだろう。

 近代オリンピックを創始したピエール・ド・クーベルタンは、欧米各国がそれぞれに義務教育を整え始めた時代に、国際主義にもとづく教育へのスポーツの応用を構想した。それは、当時、容易には理解されない異端の構想であった。そのクーベルタンは、オリンピックが成人男性による特権的な「アルティス(聖なる囲い)」であることを頑なに主張し続けた。貴族階級の白人男性として生き、カトリックの厳格な道徳観を持ち、女性を劣位におく科学的根拠を提示する当時の「先端科学」に囲まれた中でのクーベルタンの限界のひとつが、女性に対する偏見であった。

 一方で、彼のスピーチや書き残した執筆物からは、自らの偏見との苦しい戦いをせざるを得なかった様子もうかがえる。第一次世界大戦や男女の対等な権利を求める第一波フェミニズム運動によって、社会の価値観は変化していったからである。

※編集部註:東京D&Iアクション(-誰もが生きやすい社会を目指して-)……東京2020組織委員会が大会を契機に多様性と包摂(ダイバーシティ&インクルージョン、D&I)を備えた社会へと確かな一歩を踏み出すためのアクションを大会関係者とともに宣言した取り組み

国際女子スポーツ連盟が主催した国際女子競技大会第2回イエテボリ大会(1926年)の走幅跳で、5m50cmの世界記録を樹立した人見絹枝

国際女子スポーツ連盟が主催した国際女子競技大会第2回イエテボリ大会(1926年)の走幅跳で、5m50cmの世界記録を樹立した人見絹枝

 オリンピック史上、はじめて女性の参加と参画を求める組織的運動を展開した国際女子スポーツ連盟は、1921年に設立された。東京大会は、ちょうど100年目にあたる。オリンピックにおけるジェンダー平等をめざす戦いの歴史は長い。ジェンダーに関わる規範は、根深く社会に浸透してきたからである。

 そうした規範を身に染みこませた自分自身と時代の価値観の変化との間で、誰もが矛盾と葛藤を抱えて生きている。オリンピックとは、そうした人間や社会の矛盾と葛藤を映し出す鏡でもある。

 「大会は世界の生活を支持しなければならず、貞淑で恣意的な規則の囚人であってはならない」

 このクーベルタンの言葉は、自らの偏見を世界が乗り越えることへの予言のようにも読める。何十年か後、「ジェンダーに関する古い規範の囚われの身からスポーツが解放された大会」として東京大会を歴史的に位置づけることはできるだろうか。検証は後世に委ねられることになるが、開催地である日本のスポーツ界、社会の取り組みがその成否の一端を担うことは間違いないだろう。

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スポーツ歴史の検証
  • 來田 享子 中京大学スポーツ科学部・同大学院スポーツ科学研究科教授。神戸大学・大学院修士課程、中京大学大学院博士課程を経て博士(体育学)。主にオリンピック・ムーブメントの歴史を研究。日本学術会議第25期連携会員、日本スポーツとジェンダー学会(JSSGS)会長、日本体育・スポーツ・健康学会副会長、日本スポーツ体育健康科学学術連合副代表、体育史学会副会長。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事。「よくわかるスポーツとジェンダー(ミネルヴァ書房)」でJSSGS学会賞受賞。近著に「東京オリンピック1964の遺産 成功神話と記憶のはざま(2021)」。国際オリンピック史家協会“Vikelas Plaque”受賞。