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【提言】スポーツ基本計画策定に向けて

EBPM(Evidence-Based Policy Making)の観点を踏まえたスポーツ基本計画策定に関する提言

熊谷 哲 (SSFアドバイザリー・フェロー)

1. はじめに

 現在、国においては、第2期スポーツ基本計画(以下、「第2期計画」という)の成果と課題、2020東京オリンピック・パラリンピック大会など大規模スポーツ大会のレガシーの継承・発展等を踏まえながら、2030年以降を見据えたスポーツ政策のあり方について検討しつつ、今後5年間のスポーツ政策の目指すべき方向性や主な施策の内容からなる第3期スポーツ基本計画(以下、「第3期計画」という)の取りまとめを進めている。

 スポーツ基本計画は、スポーツ基本法に掲げられた国民生活における多面にわたるスポーツの果たす役割の重要性に鑑み、国や地方公共団体、スポーツ団体等の関係者が一体となってスポーツ立国を実現していくための重要な指針として位置づけられ、20123月に第1期計画が策定された。その後、20173月に第2期計画が策定され、今日に至っている。

 一方、今日の国の政策プロセス(政策の立案・評価・見直し)においてはEBPMEvidence-Based Policy Making=証拠に基づいた政策形成)の普及・浸透を進めるとともに、政策手段と目的の論理的なつながりの裏付けとなるエビデンスにも焦点を当ててEBPMの質の向上を図っていくこととされており、2017年度以降の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)にも毎年掲げられ続けている。

 そこで、国の政策評価の開始からEBPMの推進に至る経過を踏まえつつ、政策目的を明確化させ、当該政策の拠って立つ論理を明確にし、その論理に即してデータ等の証拠を可能な限り求め、その上で「政策の基本的な枠組み」を明確にするというEBPMの原則を踏まえて、第2期計画の構造及び達成状況から見えてくる課題を明らかにし、第3期計画策定において求められる姿を提案したい。

2. 政策評価の取り組みとEBPM

 政策評価制度は、「法律の制定や予算の獲得等に重点が置かれ、その効果やその後の社会経済情勢の変化に基づき政策を積極的に見直すといった評価機能は軽視されがちであった」(199712月、行政改革会議最終報告)との認識から、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(以下、「政策評価法」という)が制定され、20024月から施行された。政策評価法では、政策の必要性・効率性・有効性等の観点から自ら評価すること、政策効果は合理的な手法によりできる限り定量的に把握すること、が求められており(第3条)、政府全体としての基本方針の下、各府省が基本計画を策定し政策評価を実施することとなった。

 2006年には「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」(以下、「行政改革推進法」という)が制定され、内閣の重要政策に係る政策評価の重点的かつ効率的な実施が規定されたほか、政策評価と予算・決算との連携強化が進められ、各府省は政策体系の見直しに取り組むこととなった。また、2010年に行政事業レビューが開始されると、「実績評価方式を用いた政策評価及びあらかじめ設定された目標の達成度合いについて評価する内容を含む、施策レベルの政策の事後評価」である「目標管理型の政策評価」が2011年より試行され、その翌年度からは全政府的に実施されるようになった。

 その後、経済財諮問会議や統計改革推進会議における議論を踏まえて、「経済財政運営と改革の基本方針2017(骨太の方針2017)」に「政策、施策、事務事業の各段階のレビュー機能における取組を通じてEBPMの実践を進め、EBPM推進体制を構築する」ことが明記され、EBPMが本格的に推進されることとなった。

 この方針を受け、2017年度末に取りまとめられた目標管理型の政策評価の検証においても、「統計とデータを活用した測定指標は設定されてはいるものの記載の程度についてはかなり差が見られる」、「達成手段の目標への寄与や外部要因との影響について分析されている評価者はわずかである」、「目的が抽象的なため施策の目指す水準が明確ではない」、「測定指標の目標値が定量的に設定されていない」、などの課題が改めて指摘された。その上で、目標、測定指標、達成手段の各要素の適切な設定を確認するためにロジックモデル(EBPMにおける「当該政策の拠って立つ論理」)を活用することの有用性が示された。行政事業レビューについても、EBPM推進に係る追加的な検証の観点として、「ロジックモデルの妥当性」、「統計・データの収集・分析」の2点が新たに加えられた。すなわち、EBPMの推進によってまったく新たな概念が取り入れられたのではなく、既存の評価・レビューの体系は維持しながら効率化を図りつつ、政策・施策・事業を貫く論理性および見直しの実効性をより高めることに重点が置かれたのである。

 文科省においても、政策、施策、事業について改めて体系が整理され、スポーツ基本計画についても、インプット・アウトプット・直接アウトカムは行政事業レビューにより検証し、中間アウトカム・最終アウトカムという施策・政策レベルについては政策評価で行うことが改めて示されることとなった。

文部科学省 政策目標11-1 スポーツをする・みる・ささえる スポーツ参画の拡大

3. EBPMの視点から捉えた第2期スポーツ基本計画の問題

 本年6月のEBPM課題検討ワーキンググループの取りまとめによれば、「実際の政策プロセスにおいてロジックモデルの活用等を実践する取り組みは未だ限定的である」、「ロジックモデルの意味や作成方法が分からないまま作成されているケースがある」、「効果検証において統計的手法を用いた因果関係の分析等を実施しているものは限定的である」などの課題認識が示されている。

 第2期計画が策定されたのは、EBPMの推進が閣議決定される前年の2016年度末ではあるものの、ここまで振り返ったように、目標管理型の政策評価等に掲げられてきたねらいは十分踏まえられているべきものである。そこで、EBPMの概念に沿って、第2期計画の構造及び達成状況から見えてくる問題として、(1)政策・施策・事業の体系の論理的整合性、(2)施策目標と具体的施策との曖昧な関係、(3)質や因果関係が問われない指標設定のもつ意味、の3点を指摘したい。

(1) 政策・施策・事業の体系の論理的整合性

 政策・施策・事業の体系は、政策を実現するための方策が施策であり、施策を実現するための具体的な手立てが事業であるというように、どのような目的の下にどのような手段を用いるものかという対応関係が明確にされる。第2期計画における具体的施策は事業への導線として示されているが、その基本的な構造は何ら変わらない。ところが、本計画を改めて見つめ直すと、具体的施策の実施によって施策目標は本当に達成し得るのか、その根拠はどこにあるのか、成果検証が的確に行われているのか、疑わしいものが少なくない。そもそも、成果(アウトカム)は直接・中間・最終の段階ごとに発現していくという前提で捉えられるが、政策ごとの論理設計は本当に整合的なのか、実証的なのかも疑わしい。

 例えば、【政策1:スポーツをする、みる、ささえるスポーツ参画人口の拡大と、そのための人材育成・場の充実】の下の[項目(1):スポーツ参画人口の拡大]に位置づけられている{施策②:学校体育をはじめ、子供のスポーツ機会の充実による運動習慣の確立と体力の向上}で言えば、『ア』から『シ』に掲げられている具体的施策を推進すれば、果たして施策目標は達せられるのか。引いては、政策目標の達成に貢献し得るものなのか。その論理は何に基づいているのか、実際に成果に結びついてきたものがどれだけあるのか。さらに、政策1は施策②も含めた7つの施策によって構成されているが、では政策目標の達成に対する施策②の寄与度はどの程度見込んでいるのか、政策目標を達成するために必要な水準として施策②の数値目標が設定されているのか、というところに疑問を禁じ得ないということである。

政策1 スポーツをする・みる・ささえる スポーツ参画の拡大とそのための人材育成・場の充実

 むしろ、有り体に言えば、政策・施策に符合する取り組みを網羅的に拾い上げ具体的施策に位置づけただけ、数値目標は体系的な合理性を想定せず政策・施策のそれぞれに符合するように設定されただけ、と見受けられる。EBPMの推進が図られている今日においては、体系的な計画というよりも、これでは柱ごとに分類を示しただけのウイッシュリストと解されてもやむを得ないだろう。

(2) 施策目標と具体的施策との曖昧な関係

 前項では計画の体系としての整合性についての疑問を指摘したが、個別に設定されている数値目標と施策との関係に焦点を絞ると、さらに疑問が膨らむ。第2期計画においては、一つの施策項目に対して複数の測定指標及び数値目標(中間アウトカム)が設定され、その達成を図るための具体的施策が複数列記されているものが多い。すなわち、「群」として示される数値目標に対し、「群」としての具体的施策が示され、その群同士が結び付けられているために、個別の具体的施策と数値目標との関係が明確ではない。こうした問題意識は、既に田中(2020)も指摘しており、政府の各種既存計画がはらんでいる問題であるとも言える。

例:政策1. 施策②学校体育をはじめ子どものスポーツ機会の充実による運動習慣の確立と体力の向上

 例えば、前項で取り上げた【政策1】[項目(1)]{施策②}を見ると、「自主的にスポーツをする時間を持ちたいと思う中学生の割合」、「スポーツが『嫌い』・『やや嫌い』である中学生の割合」、「子供の体力水準」の3つが数値目標として示されている。それに対して具体的施策は、『ア』から『シ』の12項目が掲げられている。この12項目それぞれが3つの数値目標に等しく結び付いているはずはないのだが、では、どの具体的施策がどの数値目標に直接的にコミットするのかと言えば、そうした関係性は何ら明示されてはいない。

 それではと、これらの具体的施策に紐付いて実施されていると推察される事業について、行政事業レビューの事業シートで確認すると、そのすべてが施策の定量的指標として「自主的にスポーツをする時間を持ちたいと思う中学生の割合」、「スポーツが『嫌い』・『やや嫌い』である中学生の割合」の2つを挙げる一方で、「子供の体力水準」を挙げているものはない。また、国の政策手段は必ずしも事業実施のみとは限らないが、国が実施主体に位置づけられながらも実施事業が見当たらない具体的施策も複数存在する。これでは、数値目標の達成に具体的施策がどれだけ寄与しているのかを事後検証しようとしても、自ずから限定的なものとしかなり得ないだろう。

(3) 質や因果関係が問われない指標設定

 第2期計画においては、「達成状況の検証が事後に適切に行えるように、できる限り成果指標を設定することとした」と記されている。このように、成果指標を設定しモニタリングすることによって政策の進捗状況や成果・実績、目標の達成状況を把握し、改善を図っていくという姿勢は評価できる。だが、施策目標を達成するために、具体的施策の成果(直接アウトカム)を図る指標が適切に設定されているかと言えば、有効性の疑わしいものが存在している。

 例えば、繰り返し取り上げている【政策1】[項目(1)]{施策②}に、『エ.全国体力・運動能力、運動習慣等調査による成果と課題の検証と授業等の改善を図る』という具体的施策がある。これに符合すると思われる「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の事業シートを確認すると、事業の成果指標の1つとして「体育の授業改善を行った小中学校の割合」が設定されている。前述の3つの施策目標の達成という意図に照らせば、授業改善の「質」こそ問われるべきであると思われるが、そうはなっていない。加えて、この成果指標の数字自体は過去数年間、小中学校ともほぼ85%前後と比較的高い水準で推移してきているが、施策目標の達成に対する効果がマクロ的に発現しているかと言えば、そうは見えない。

 他方、施策のなかには、具体的な数値目標が設定されていないものや、施策の数値目標としては成果の捉え方が狭すぎるもの、行政事業レビューの事業シートに記載されている成果指標(直接アウトカム)が施策の数値目標(中間アウトカム)として設定されているものなど、不十分さや混乱が散見される。これでは、計画策定にあたり便宜的に設定された指標という域を出ず、コミットメントとしての計画の存在意義を十分に果たせているとは言えないだろう。

4. 実のある計画とするための改善策

 第2期計画の検証及び第3期計画の策定については、スポーツ審議会において本年4月から始まり、議論が集中的に行われるとともにさまざまな資料が提供され、去る1111日には「たたき台」が示された。先に示した本計画の3つの問題についても認識されつつ、さらに政府のEBPM推進を積極的に受けとめた上で、より実効性の高い計画を志向していることがうかがえる。

 しかしながら、先に触れたようにEBPMは突然舞い降りてきた新たな思想・思考法では決してなく、政策評価の進展や課題を踏まえながら、よりシンプルに、より実効性を高めることを意図した枠組みであり、プロセスに他ならない。であるならばこそ、EBPMの推進をうたうことや考え方をスポーツ政策の各般に通底させることのみならず、第2期計画までの政策設計のあり方を根本から見つめ直し、具体的な手法をもって大胆に改善を図ることが求められる。そうした観点から、以下の5点について提案したい。

(1) スポーツがもたらす社会的価値の捉え方の転換

 第2期計画までの施策全体を貫く基本的なストーリーは、スポーツには普遍的で多面的な価値があり、スポーツに親しむことはすべての人々の権利であるから、その価値を最大限に発揮するためにスポーツ参画人口の拡大を図る、というものであった。誤解を恐れずに言えば、スポーツの価値は所与のものであるから、スポーツを「する」「みる」「ささえる」参画人口を増やせば、その社会的価値は世の中において自然に発現するのだという暗黙の了解の下に、計画が成立していたように思われる。必ずしも根拠が明確ではない数値目標を設定し、「量」を追求する基本構成となっていたことは、その一つの証左と言えよう。

 この捉え方を転換し、どのような社会的価値を世の中にもたらすためにスポーツの力を生かすのか、そのゴールはどのようにイメージされ数値化されるのか、そのゴールに向けてどのような取り組み(方)によってスポーツの力が効果的に引き出されるのか、その力の発揮具合を確かめつつより高めていくために必要なマイルストーンはどのように設定されるのかなど、価値前提ではなく目的志向の計画を構想すべきである。逆に言えば、スポーツ政策の目標を達成したときに、社会全体にどのような変化が生じて、どのような社会的価値が人々の間で共有されることになるのかを明らかにすることである。

 第2期計画の【政策1】で言えば、どのような社会的価値を具現化するために「スポーツを『する』『みる』『ささえる』参画人口の拡大とそのための人材育成・場の充実を図」るのか、「成人のスポーツ実施率として週1回以上が65%程度(障害者は40%程度)、週3回以上が30%程度(障害者は20%程度)」を達成したら具体的にどのような変化が期待されるのか、を論理的に明示することである。

2) 論理的な整合性を踏まえた政策の体系化

 問題(1)で指摘したとおり、政策の体系とは元来、政策を実現するための方策が施策であり、施策を実現するための具体的な手立てが事業と位置づけられる。政策の上位に理念やビジョンがあるとすれば、政策は理念・ビジョンを実現するための方針である。この対応関係を厳に踏まえながら、理念・ビジョンから政策へ、政策から施策へ、施策から事業(第2期計画の記述に従えば具体的施策)へと、戦略的に手段を落とし込んでいくことが必要不可欠である。

 言い換えれば、政策目標の達成に論理的に、あるいは実証的に結びつかない施策や、同様に施策目標の達成に結びつかない具体的施策は、計画から除外していくべきである。スポーツ振興に携わる者の立場からすれば、除外される取り組みのなかに、実施することそのものに意義を見出しているものや、実績を重ねてきたものが含まれることになるかもしれない。だが、EBPMを推進する国が策定する計画として、体系としての整合性や成果の有無に基づいて取捨を判断すべきである。

 取りも直さず、現に取り組んでいる、あるいは取り組みたいことを前提として、主要な項目ごとに具体的施策や施策を「束ね」るような、手段前提の計画にしてはいけないことは言うまでもない。

(3) 因果関係を追究するためのモデル事業の実施

 EBPMにおけるエビデンスとは、根拠となるデータばかりではなく、本質は政策(施策・事業)と成果との間の因果関係の評価にある。すなわち、スポーツの社会的価値を認めて、その可能性に着目して政策化を図るのであれば、具体的な政策の実施により期待される効果が得られるのか、実際に得られているのか、そこに因果関係が成立しているのかを立証することが必要不可欠である。だが、ランダム化比較試験(RCT)を中心とした因果関係の厳密な評価を政策全般にわたって一般化するのは、現時点においては現実問題としてハードルが高いと言わざるを得ない。

 そこで、政策として具体化する前に、因果関係を追究するための手段としてモデル事業を再定義し、その実施によって効果を多角的に検証し、立証されたものを制度化・一般化するという政策ルートを標準型とすべきである。ともすれば、モデル事業は試行的な取り組みとして「やりたいことありき」でスタートし、抽象的な目標設定や厳密性を欠いた効果測定・評価にとどまる場合が少なくない。そうした性向を廃し、学術的にも耐え得るエビデンスがモデル事業によって蓄積され、具体的に政策化が図られることになれば、スポーツ政策の有効性や実効性は飛躍的に高まるであろう。

(4) 学術界と連携したエビデンスの蓄積

 スポーツ庁は、201811月に日本学術会議に対して科学的エビデンスに基づく「スポーツの価値」の普及のあり方について審議を依頼し、スポーツ政策における科学的知見をいかに政策に反映させるか、EBPMを推進するための体制整備をいかにして進めていくかなどについて回答を得るとともに、継続的な対話を図っていくことを確認した。これは、スポーツ政策の質的向上を図るとともに、経験知ではなく科学的知見に基づいて政策を展開するという姿勢を内外に示す意味で、とても重要な節目になったと思われる。

 一方で、「○○の政策に取り組むべきだ」とか、「◇◇という事業を推進すべきだ」という類いの、根拠を脇に置いた政策圧力が強いこともまた、一面の真実であろうと思われる。また、学術研究の一部をつまみ食いしたような、断片的な政策要望も少なくないだろうとも思われる。

 そこで、学術界との幅広い連携を強化していくべきである。例えば、日本体育・スポーツ・健康学会は、「日常的な Evidence Based Sport Policy(EBSP) 蓄積に向けた仕組みづくりに関する提言」(2020年)を取りまとめ、政策形成のプロセスにおいて多様な貢献を果たそうとしている。それと連動し、共同研究プロジェクトの実施や、ロジックモデルの精緻化や事業レビューへの協力などを得ていくことは有益と考える。なかでも、国の保有するスポーツ関連データのオープン化を進めるとともに、様々なエビデンスやローデータを学会に集積させてスポーツ版コクラン共同計画を整備することは、政策の質や実効性を高めることのみならず、スポーツの価値そのものをさらに追究し発揮していくためにも有益であると考える。

(5) 費用対効果の面からの優先順位づけ

 スポーツ関連の政策予算は、東京2020大会のような大規模国際スポーツイベントや大型スポーツ施設の整備の際には、その費用対効果や持続可能性がしばしば取り上げられる。一方で、通常のスポーツ関連事業について、費用対効果の観点から分析・評価され、事業推進の根拠とされているケースは他分野に比べて少ないように思われる。スポーツの社会的価値を強調し、あるいは期待するのであれば、費用対効果の面からのスポーツ政策の優位性や受益者の広がりについて示すべきであるし、費用対効果に基づいた政策選択が行われるべきであろう。

 また、スポーツ基本法に規定される国の責務に基づいて、国が実施主体となる具体的施策が数多く見受けられるが、現下の国の財政状況を鑑みれば財源確保が厳しいことは言うまでもない。公共政策の観点から言えば、行政に特徴的な政策実施手段としては、直接実施・直接規制という直接的手段、補助金・賦課金という間接的手段、情報提供という第三者的手段の、主に3つに大別される。それぞれの具体的施策の実施手段はどれに該当するのか、その成果をどの程度見込むのかを想定した上で、厳しい財政制約下でも実施方針にブレが生じないよう優先順位を明確にすべきである。

 なお、蛇足ながら、各論併記の具体的施策をすべて実施することが担保されないのならば、「具体的施策の例」あるいは「具体的施策の方向」と表記すべきである。また、具体的施策の表現として多用される「支援」という言葉についても、多義的に解釈されることのないよう、できる限り具体的な手立てを明記すべきである。

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。