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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

セミナー「子供のスポーツ」

階段昇降はスポーツなのか

~エビデンスとして生かされるスポーツ実施状況調査に向けて~

熊谷 哲 (SSFアドバイザリー・フェロー)

スポーツ庁は、「スポーツの実施状況等に関する国民の意識を把握し、今後の施策の参考とする」ために、「スポーツの実施状況等に関する世論調査」(以下、「スポーツ調査」とする)を実施している。2015(平成27)年度までは「体力・スポーツに関する世論調査」として概ね3年ごとに実施されてきたが、2016(平成28)年度には第2期スポーツ基本計画(以下、「第2期計画」とする)の策定のために調査方式を変えて実施され、以降はその方式で毎年実施されている。

 

成人のスポーツ実施率の推移

スポーツ調査において最も注目されるのは、第2期計画の政策目標の筆頭にも掲げている「スポーツ実施率(成人)」である。スポーツ庁は、年度毎の推移から施策等のインパクトを測るために利用するのみならず、政策目標の達成度を示すものとして政策評価においても採用しており、より明確な根拠に基づいた測定が求められる。本稿では、現行のスポーツ実施率が抱える問題を指摘するとともに、スポーツ調査を政策・施策の実効性向上に有益なエビデンスとするためのポイントを示したい。

問題1:スポーツの定義の問題

第一に、スポーツの定義の問題である。第2期計画では、「スポーツには、競技としてルールに則り他者と競い合い自らの限界に挑戦するものや、健康維持や仲間との交流など多様な目的で行うものがある。例えば散歩やダンス・健康体操,ハイキング・サイクリングもスポーツとして捉えられる」と、スポーツのアウトラインが示されている。また、「スポーツには、オリンピック・パラリンピック競技種目のようなものだけでなく、野外活動やスポーツ・レクリエーション活動も含まれる。また、新たなルールやスタイルで行うニュースポーツも注目されるようになってきている」と注釈づけられている。だが、具体的な定義づけはなされていない。これは、スポーツ基本法においても同様である。

一方、スポーツ調査においては、「ウォーキング」「ランニング」「自転車・サイクリング」「キャッチボール」「野球」「釣り」「スノーボード」など56項目を、「この1年間に行った運動・スポーツ」の具体的な種目として示している(他に、自由記述として2項目あり)。先に述べたとおり、スポーツ庁はこの調査結果をして「スポーツ実施率」としているので、スポーツの具体的定義は実質的にはスポーツ調査において為されていると言ってよい。

問題は、その定義が何らの説明もなく、根拠も示されることなく変更されていることである。例えば、2017(平成29)年度においては、2016(平成28)年度の種目に対して「階段昇降」が加えられたのに対し、オリンピック競技でもある「フェンシング」と「トライアスロン」は種目一覧から除外された。また、「エアロビクス・ヨガ」には「バレエ・ピラティス」が、「空手」には「少林寺拳法」が追加されたほか、「ウォーキング」の例示として「歩け歩け運動」を除いて「ぶらぶら歩き・一駅歩き」が、「自転車」の例示として「BMX」が加えられている。

スポーツ庁の説明によれば、「スポーツの捉え方に関するその時々の状況を踏まえ」るとともに、「日常生活において気軽に取り組める身体活動を広く含むことを認識してもらうため」に見直しを行ったとされている。だが、2018(平成30)年度以降は調査項目について何の見直しも行われてはおらず、例えば東京2020大会前から競技人口が急速に拡大していることが伝えられていたスケートボードも加えられてはいない。2017年度からは第2期計画の実施期間となったため、経年的な変化を追うために調査項目の入れ替えを避けたとも思えるが、仮にそうだとするならば、計画の実効性を測るために計画前後の変化を見ることがベンチマークの重要な役割であり、合理性に欠けている。

最も問題なのは、階段昇降とウォーキングの設定である。階段昇降は、1年間に実施した者として13.3%が、特に多く実施した者(全体から3つまで選択)として6.7%が、結果として新たに得られるかたちとなった。同様に、ウォーキングは例示の変更に伴うかたちで、前者は18.3%増、後者は32.9%増と激増することとなった。「実態を踏まえた」「実施者の増加が認められた」といった説明もあり得るのかもしれないが、他の変更項目がほとんど1ポイント以下(自転車・サイクリングのみ前者が2.1%増、後者が3.8%増という変化)という状況からすれば、あまりにも全体の傾向から逸脱していると言わざるを得ない。結果として、成人の週1日以上のスポーツ実施率は42.5%から51.5%へと9ポイントも押し上げられている。これでは、政策の成果をかさ上げするための恣意的な変更という疑念を呼び起こしかねず、その後の見直しが行われていないことも含めて、実質的なスポーツの定義づけとして望ましい状況とは言い難い。

問題2:時間・強度の問題

第二に、スポーツの定義に重なるものとして、実施した時間や強度が測られていないことの問題である。先述のウォーキングを例に取れば、種目の説明として「散歩・ぶらぶら歩き・一駅歩き」が内容として例示され、週に何日程度行っているかの頻度は問われているが、一回あたりどの程度の時間行っているか、どの程度の速度で行っているかなどは問われていない。また、ウォーキングを行ったとみなす「単位時間」や「強度」も示されておらず、あくまでウォーキングという言葉と内容例示を基とした対象者の主観的判断に委ねるものとなっている。

国外の調査に目を向けると、例えば世界保健機関(World Health Organization: WHO)が定める「世界標準化身体活動質問票(Global Physical Activity Questionnaire: GPAQ)」では、仕事、移動、余暇、座位の4領域が設定されており、「スポーツ」は「運動・レクリエーション・体を動かす趣味」と並んで「余暇」に位置づけられている。そのなかで、「呼吸または心拍数が大幅に増加し、少なくとも10分間続くような強度の高いスポーツ、運動、レクリエーションを行っているか(例:ランニング、サッカー、速く泳ぐなど)」、「呼吸または心拍数が少し増加し、少なくとも10分間続くような中程度の強さのスポーツ、運動、レクリエーションを行っているか(例:ウォーキング、サイクリング、ゆっくり泳ぐ、バレーボール、テニス、ゴルフ、ハイキング、余暇に行う農作業など)」と、「単位時間」や「強度」の基準となる質問が設定され、その上で平均的な1週間あたりの頻度や1回あたりの実施時間が問われる構成となっている。

英国のスポーツイングランド(Sport England)が定期的に実施している「Active Lives Adult Survey」においては、例えばウォーキングについては、「立ち止まることなく連続的に歩いたものをすべて含めてください。道路を渡るときなど、短い間隔で立ち止まる場合も、連続した歩行としてカウントします。お店の周りのウォーキングは除きます。移動のための歩行、犬の散歩、レジャーのための歩行など、その他のすべての歩行を含めます。(原文:Include all continuous walks without stopping. If you stop for short breaks, such as waiting to cross a road this still counts as continuous. Exclude walking around the shops. Include all other walking such as walking for travel, walking the dog and walking for leisure.)」と具体的な説明が加えられている。その上で、移動のためとレジャーのためとを区分し、併せて1週間あたりの頻度や1回あたりの平均的な実施時間が問われる構成となっている。

また、1週間あたりの活動時間で活動レベルを定義しており、150分以上を「活動的(Active)」、30分以上150分未満を「かなり活動的(Fairly active)」、30分未満を「非活動的(Inactive)」としている。1週間に2日ウォーキングを行っていると回答しても、全体として30分未満であれば非活動的とみなされるわけである。さらに、ガーデニングのように、調査項目は設定していても身体活動やスポーツにはカウントしていないものもある。

これらの調査からうかがえるのは、活動の質・量と心身の健康等との関係に着目しながら継続的な調査を行いつつ、より活動的な生活を導いていこうとする意図が明確なことである。それに比べて、「行っている事実」の把握にとどまっているスポーツ調査は、身体活動とスポーツとの厳密な意味での相違を踏まえたとしても、調査の厳密性や分析・評価の発展性の点で限界があると言わざるを得ない。

問題3:WEB調査の問題

第三に、2016年度の調査から、方式を調査員による個別面接聴取(標本数3,000人)から登録モニターを対象としたWEBアンケート調査(標本数20,000人)に変更したことである。といっても、WEB調査そのものに意味がないということではなく、WEB調査ならではの留意すべき点を踏まえた設計や分析、情報活用が不十分と感じられることである。

言うまでもなく、インターネットの利用は広く一般的になり、総務省の情報通信白書(2020年)によれば個人の利用率は89.8%となっている。また、個人のモバイル端末保有率も81.1%となるなど、パソコンやスマートフォン、タブレットなどのデバイス利用は広く浸透している。インターネットの双方向性や即時性という特徴を生かしたWEB調査には、従来型の紙媒体による調査に比べて、短時間で、安価に、大量に行えるとともに、対象者の属性情報を活用したきめ細かな調査設計が可能となるなど、数多くのメリットがある。その有用性を普及率が後押しすることによって、WEB調査の利用は飛躍的に増大してきた。スポーツ調査がWEBアンケート調査方式に変更したのも、標本数が6倍以上に増大したことからもうかがえるように、こうした点を積極的に評価してのものであろう。

一方で、WEB調査にはいくつかの問題点が指摘されており、日本学術会議が昨年7月に公表した「(提言)Web調査の有効な学術的活用を目指して」(2020年)においても詳述されている。その中から、特にサンプルの代表性の問題と、WEB調査の質の問題について指摘したい。

スポーツ調査においては、「楽天インサイト」パネル約220万人から無作為抽出した対象者に協力依頼を行い、居住地域・性別・年代について人口構成比に準拠するように割付し、目標回収数20,000件に達するまで回答を受け付けるという調査方法が取られている。できるだけサンプルに偏りがないよう(すなわち、サンプルの代表性に問題がないよう)努めていることは理解できるが、例えば、障害者手帳保有者が全体の3.5%、運動できる状態にない者が全体の0.5%というのは、調査対象者年齢(18歳〜79歳)における全国在宅障害児・者等実態調査や要介護者数等から推定される数字に比べて、明らかに少ない。スポーツ実施率に与える影響度を考慮すれば、より実態を表すものとなるよう補正されるべきところだが、そうした形跡は見当たらない。

WEB調査の質の観点では、従来調査においては回収率が一つの目安となっている。質を担保するために、一定以上の回収率となるよう督促を行い、督促前後の調査結果を比較して顕著な相違が見られないかどうか確認し厳密性を担保することもある。他方、スポーツ調査においては、先述の通り「無作為抽出した対象者に依頼し、目標回収数に達するまで回答を受け付ける」こととしているため、当然ながら無作為抽出者は20,000人以上となっていると推測される。だが、実際どれだけの対象者数となったかは不明であり、実質的な回収率も示されてはいない。

WEB調査の場合、実質的な回収率による質の判断について明確な示唆が得られているわけではないが、一次回収率(最初の無作為抽出者の回収率)や最終的な回収率、回答に着手したものの最後まで終えられなかった対象者数(率)等を把握し評価することによって、質の面に与えている影響を分析することは十分可能であり、こうした詳細の確認が可能となるのはWEB調査の利点でもある。だが、そうした評価や考慮をしている様子はうかがえない。

(なお、スポーツ実施に関する従来型調査とWEB調査の比較検証は、当財団の「インターネット調査回答者の運動・スポーツ実施状況の特徴 -スポーツライフ・データ2016との比較から-」(2018年)に詳述されている。)

まとめ

今日、国の政策プロセス(政策の立案・評価・見直し)においてはEBPMEvidence-based Policy Making=証拠に基づいた政策形成)の普及・浸透が進められている。第3期スポーツ計画の策定にあたっても、「取組・施策の実効性を高めるためのEBPMの推進」が掲げられている。スポーツ実施率は、その根幹となる貴重なエビデンスに他ならない。であるならばこそ、スポーツの定義を具体的に確立するとともに学術的な検証にも耐え得るものとしつつ、より志向性の高い調査とするべきである。

スポーツ庁では2020(令和2)年度に、「地方自治体におけるスポーツ実施率向上のための基盤構築」事業として、地域住民の運動・スポーツ参加に関する特徴及び課題を把握するアンケート調査を実施するための、調査項目等の検討及び調査票の作成を行った。確かに、独自に課題を抽出・分析できている自治体はまだ少ないように思われるが、調査票の様式を示す前にスポーツの定義を標準化することが先決なのではないか。当該事業においても、何をもってスポーツと定義づけるかはスポーツ調査の調査項目を援用しているだけで、何の説明も根拠づけも行われてはいない。せっかくの基盤構築も土台が揺らいでいては価値が損なわれるだろう。

また、これまで指摘した問題等を踏まえつつ、より多面的な分析が可能となるように調査全体を再設計すべきである。その調査結果をオープンデータ化し、学術界や経済界等に広く利用される環境を整えていくことも重要であろう。そうした努力を重ねることが、現実社会におけるスポーツの動向をより的確に捉え、スポーツの価値を引き出し、さらに高める取り組みにつながる。必要な見直しが行われ、政策・施策を実効たらしめるエビデンスとしてスポーツ調査やスポーツ実施率が精度を高め、存分に生かされることを期待したい。

参考

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。