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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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セミナー「子供のスポーツ」

十分とは言えない中央競技団体の情報開示

〜ガバナンスコードにより求められている情報開示の実態〜

熊谷 哲 (SSFアドバイザリー・フェロー)

中央競技団体(以下「NF」という)は、トップアスリートや指導者のみならず多様かつ数多くのステークホルダー(都道府県や市町村の協会等の地方組織、スポンサー、メディア、競技を「する」「みる」「ささえる」競技者・愛好者、自治体や教育機関、等)が存在するとともに、国内唯一の競技統括組織として数多くの独占的権限(代表選手の選考、強化予算の配分、各種大会の主催、審判員等の資格付与、競技者・団体の登録制度、当該競技の普及・振興、等)を有している。スポーツの価値の認知向上やスポーツイベントの拡大・充実に伴って、その社会的影響力が増している上に、国や自治体の予算措置をはじめとする公的支援の対象にもなっていることから、国民に対する高いレベルの説明責任が求められるようになってきた。

2019年に策定された「スポーツ団体ガバナンスコード(中央競技団体向け)」(以下「ガバナンスコード」という)においては、「法令に基づいて開示が求められる財務情報等に加えて、組織運営に重要な影響を及ぼし得る役職員の選定に関する情報や、選手選考に関する情報について主体的に開示すること」、「組織運営の透明性を確保し、適正なガバナンスを実現するとともに、開かれたNFとしてステークホルダー及び 国民・社会から信頼を得るためにガバナンスコードの遵守状況に関する情報を主体的に開示すること」といった基本的な考え方が示され、以下のような原則が定められている。

【原則7】適切な情報開示を行うべきである。

(1)財務情報等について法令に基づく開示を行うこと

(2)法令に基づく開示以外の情報開示も主体的に行うこと

①選手選考基準を含む選手選考に関する情報を開示すること

②ガバナンスコードの遵守状況に関する情報等を開示すること

このうち、(1)の「法令に基づく開示」は、財務情報等について法人事務所に備え置き、請求があった場合に閲覧できるようにする定めを指している。その上で、公益法人(公益社団法人及び公益財団法人)と一般法人(一般社団法人及び一般財団法人)では開示書類や開示対象者などが異なることを踏まえつつ、法令遵守を改めて要請しているものと受けとめられる。(1)及び(2)共通の補足説明として、「開示の方法については特段の理由がない限り当該NFのウェブサイト等での開示が望まれる。」と示されているものの、200812月からスタートした新しい公益法人制度の以前から、公益法人に対しては国より「最新の業務及び財務等に関する資料(公益法人の設立許可及び指導監督基準(平成8920日閣議決定)のからまでに掲げる資料をいう。)をインターネットにより公開する」よう要請を受けており、(1)についてはそれに準じた対応を求めたものに過ぎない。

(2)の「法令に基づく開示以外の情報開示」については、「一般法人であるNFについても、公益法人と類似の性質を有するといえることから、公益法人認定法に基づき、公益法人が事務所に備え置き、何人も閲覧等を請求できるとされている書類について主体的に開示することが望まれる。」と補足されており、上記(1)における公益法人と一般法人との差異を埋めることに主眼が置かれている。その上で、すべてのNFに対して、選手選考に関する開示と、ガバナンスコードの遵守状況に関する開示が求められていると読み解くべきであろう。については、遵守状況に関する自己説明書類(以下、「自己説明書類」)に加えて、利益相反ポリシーや懲罰制度に関する規程及び重大な事案に係る処分結果等が、開示すべき書類として具体的に明示されている。また、公表が原則となっている基本的な計画(組織運営、人材採用・育成、財務の健全性確保、業務分野ごとの詳細計画等)についても、開示対象文書に含まれるものと理解される。これらについて、NFのウェブサイト等での開示が要請されているのである。

この情報開示のあり方について、法令により法人事務所への備え置きが義務づけられている書類を、NFと公益法人、その他の法人とで比較したものが下表である。

表:法人事務所への備え置きが義務づけられている書類一覧

備置きが義務づけられている主な書類 ※1 中央競技団体※2 公益法人 社会福祉法人※4 NPO法人※6
定款
社員名簿
定款の認証及び登記に係る書類の写し
 
事業計画書
収支予算書 △※5
資金調達及び設備投資の見込みを記載した書類 △※5
 
財産目録
役員等名簿
役員等報酬等の支給基準
キャッシュ・フロー計算書(会計監査人設置法人)
運営組織及び事業活動の状況の概要
社会福祉充実計画及び実績
 
貸借対照表及び附属明細書
損益計算書/収支計算書及び附属明細書 ⑤⑥
事業報告及び附属明細書
監査報告
会計監査報告(会計監査人設置法人)
 
ガバナンスコードの遵守状況に関する自己説明
組織運営に関する基本的な計画 △※3
利益相反ポリシー △※3
懲罰制度に関する規程や処分結果等 △※3

※1 公益法人の設立許可及び指導監督基準(平成8年9月20日閣議決定)の該当資料
※2 「特段の理由がない限り当該NFのウェブサイト等での開示が望まれる」とされている
※3 備置きは義務づけられていないが、公表が求められている
※4 社会福祉法人の◎は、インターネットでの公開が義務づけられている
※5 提出や備置き等は義務づけられていないが、定款の作成例に示されている
※6 所轄庁への提出書類は、所轄庁のポータルサイトで原則公開される

(関係法令等を基に筆者作成)

この表に掲げられているようにガバナンスコードに則って情報開示されれば、2008年の公益法人改革関連三法や2017年の社会福祉法人改革法に盛り込まれた開示水準を上回り、NFの情報開示は説明責任を十分に果たし得るものとなるだろう。だが、実際の開示状況を見てみると、期待に応えるものとなっているとは言い難い。

例えば、公益法人であるA団体は、自己説明書類の当該項目(原則7の(1))について、「財務に関して法令で定められている書類を事務局に常備し、要請に応じて閲覧できる状況を整えている」とした上で、「決算書(貸借対照表、正味財産増減計算書等)を公式ウェブサイトで公開している」と記述している。これは、そもそも法令により備え置き及びウェブ公開が求められている書類についての認識が欠落し、審査項目に記されている「財務書類等」を狭義に解釈した結果であろう。実際、この団体のウェブサイトを確認すると、決算書類及び監査報告書は直近の年度のものまで公開されているが、事業計画は2018年度までで止まっている。さらに、事業報告に至っては一切掲載されていない。こうしたウェブ公開されている書類のバラツキは、元来インターネットによる情報公開が要請されていた旧公益法人に該当する他の公益法人においても散見される。

一般法人においてもウェブ公開されている書類のバラツキという傾向は変わらず、ガバナンスコードによって通常の一般法人の開示基準を上回る対応が求められるという点を差し引いてみても、実態が伴っていない感が否めない。例えば、B団体は自己説明資料の当該項目(原則7の(2)の)について、「ホームページにおいて決算報告書を公表している」としているが、当該ページを確認すると決算報告及び事業報告書類は「PDF DOWNLOAD(準備中)」と表示されるのみで、閲覧できない状態となっている。また、C団体は事業報告や会計報告書類は公開されているものの、利益相反ポリシーや懲罰制度に関する規程は公開されていない。その他、事業計画や収支予算書が公開されていないなど、「公益法人並み」の公開水準には至っていない団体が少なくない。

自己説明資料の開示についても、JOC加盟54団体(特定非営利活動法人スポーツ芸術協会を除く)のうち約6割の33団体は、直近1年分のものしかウェブ上に公開していない。「組織運営の透明性を確保し、適正なガバナンスを実現するとともに、開かれたNFとしてステークホルダー及び国民・社会から信頼を得るためにガバナンスコードの遵守状況に関する情報を主体的に開示すること」という趣旨を踏まえ、当面は過年度分も含めた自己説明資料の公開が望ましいと公式にアナウンスされていれば、また、そうした趣旨が各NFの組織全体に徹底されていれば、年度を追うごとに改善が図られていることを示すべく情報開示されていたであろう。だが、実際はそうはなっていない。加えて、D団体のように、インフォメーションとして競技情報や連絡事項とともに時系列でウェブ掲載するのみで協会資料として整理されていない団体や、E団体のように、過年度分について項目を設定しながらもリンク切れで単年度分しか公開されていない団体などが、複数存在している。

なぜ、ガバナンスコードにおいて理念を高く掲げ、踏み込んだ原則を設けて、策定から3年が経過しようとしているのに、このような情報開示の状況となっているのか。こうした場合は、とかく意識や過渡的な問題とされがちだが、ここでは以下の3点を指摘しておきたい。

第一に、ガバナンスコードの適合性審査をクリアすることに目的が矮小化し、ガバナンスコードの遵守や説明責任を果たすことにより実現しようとしている価値や世界観が共有されていないのではないか。

第二に、ガバナンスコードに示されている原則や説明に付されている「等」や「望ましい」という文言が、都合の良い解釈を招いているのではないか。

第三に、適合性審査の結果に関する開示情報の少なさが、NF側の甘えを呼びこんでしまっているのではないか。

これらは、NFの設立経緯、競技登録者数や財政規模、事務局の人的資源などの多様性に配慮し、それぞれの主体性のもとでガバナンスコードの具現化を図っていくねらいに起因していると思われる。だが、徹底した情報開示を通じて幅広い国民やステークホルダーに対する高いレベルの説明責任を果たす、という本来の趣旨からすれば、とりわけ現状の情報開示については緩さが目立つと言わざるを得ない。これが、「スポーツ界特有のなあなあ感」などと受けとめられるようになっては、せっかくの情報開示も本末転倒と言うものだろう。

国においては、すでに公益法人の情報開示の改善に向けた検討が進んでいる。公益法人以上のガバナンス、なかんずく情報開示のあり方を希求したガバナンスコードの精神を踏まえれば、さらに踏み込んだ先進的な取り組みを進めていくべきであろう。例えば、より高いレベルかつ細かな対応指針を定めつつ、スポーツ庁や統括団体である日本スポーツ協会(JSPO)・日本オリンピック委員会(JOC)・日本障がい者スポーツ協会(JPSA)の、チェック&サポートの体制を拡充することが一つの改善策となるであろう。なかでも、ガバナンスコード策定当時のように、スポーツ庁が改めて強いリーダーシップを発揮することを期待したい。

※文中で、「ウェブサイト上で確認」等としているものは、特に記述がない限り、2022420日時点のものである。

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。