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いまに生きる ハロルドとエリックの物語~映画『炎のランナー』より~

佐野 慎輔          【オリンピック レガシーⅢ スポーツの価値】

ハロルド・エイブラハムス ハロルド・エイブラハムス

  あなたは『炎のランナー』という映画をご覧になったことがあるだろうか?

  1924年第8回パリオリンピックの時代、落日に向かう英国の姿を背景に、英国エリート層の権威的で排他的な側面とそれに挑む若者の姿が描かれている。フェアとは何か、アマチュアリズムとはなにか、そして走るとは何か、改めて我々に問いかけてくる。

  原題は「Chariots of Fire」、直訳すれば「炎の戦車」。この戦車とは映画『ベン・ハー』などに登場する古代ローマの1頭ないし複数頭立ての馬車をさす。戦場では、これに乗った将軍が指揮を執った。目標や使命感のために邁進する姿をたとえたのかもしれない。それがなぜ、「炎のランナー」となったのか?単純に走る者としての邦題ならば寂しい。ふたりの主人公は権威に挑み、「何のために走るのか?」と苦悩しながら理想を追い求める若者である……。

  スポーツに題材をとった映画というと必ず例に挙がるヒュー・ハドソン監督の名作は、1981年3月(日本では1982年8月)に公開されると約5,900万ドル(約59億円 1ドル≒100円換算)もの興行収入を記録。アカデミー作品賞を受賞した。

  主人公は実在の人物、それもハロルド・エイブラハムスは100m、エリック・リデルは400mの1924年パリオリンピック金メダリスト。史実に若干の創作を加えた映画である。

 

フェアとは何か?

  物語は1978年、ロンドンの教会で催されたハロルド・エイブラハムス追悼の礼拝から始まる。ハロルドのケンブリッジ大学時代からの仲間、生涯の友であったアンドリュー・リンゼイきょうがスピーチをしている。そこから時計の針が巻き戻り、1924年パリ大会を前にした英国陸上競技代表チームの合宿風景、そして1919年、希望と野心に燃えたハロルドのケンブリッジ入学に移っていく。

  合宿のシーンでは「フェアとは何か?」が俎上に上がる。クリケットに興じるうち、アウトの判定を巡ってハロルドは激しく抗議した。しかし周囲の仲間たちは冷静に判定を受け入れる。ハロルドひとりが興奮し「フェアじゃない」と叫ぶと、どっと笑いが起きた。

  ハロルドはそこで気づく。「審判の判定に抗議してはならない」という、英国のジェントルマンとしてのあり方から逸脱していたことに。判定がフェアか、アンフェアか、ではない。それ以前に判定には従うことが求められる英国の風土、伝統、そして時代と彼の意識には隔たりがあった。

  審判の判定をめぐる問題はいまもなお、スポーツ界を悩ませ続けている。判定の正確さを求めてAIの導入が強く叫ばれるなかで、フェアとは何か、公平・公正とは何か、審判とは何か、いま一度、じっくり考えなければならないテーマだといってもいい。

英国の権威に挑む

  さて、ハロルドが入学するケンブリッジはいうまでもなくオックスフォードと並ぶ英国の名門大学。富裕の上流階層の子弟が学び、やがてジェントリーなエスタブリッシュメントへと育つ揺り籠である。ハロルドの陸上競技仲間のハードルと中距離の選手、アンドリューは広大な領地を支配する侯爵こうしゃく家の後嗣であり、長距離選手のオーブリー・モンタギュは有力な貿易商の息子。いずれも将来の身分は保証された若者たちだ。

  ハロルドもまたロンドンのシティにある有力な銀行家の息子。だれが見てもエリートなのだが、その実、エイブラハムスという姓が示すとおり、彼はユダヤ人である。英国エリートの「インナーサークル」からは疎外される存在。仲間たちは彼を理解し普通に接してくれるが、寮の舎監はそうはいかない。権威として伝統と慣習を押し付けてくる。ユダヤ人としての自負と劣等感を併せ持つハロルドはそれに反発、陸上競技にのめりこむ。エネルギーを走ることに集中、「ユダヤの誇りのため」に走り、世界一をめざしていく。

  そのハロルドがパリ五輪を前にした1923年、ロンドンの競技会でわずかな差ながら敗れてしまった。その相手こそ、もうひとりの主人公、エリック・リデルに他ならない。

エリック・リデル エリック・リデル

  エリックはハロルドの3歳年下、父はプロテスタントでも急進的なスコットランド長老派教会の宣教師。エリックは父の布教先の中国・天津で生まれた。スコットランドに戻り、若くして司祭補となって将来を嘱望される一方、彼には誰よりも速く足る天分があった。「走るとき神の喜びを感じる。走るのをやめることは神のみ心に背く」。エリックは神に近づくために走り、そしてハロルドに勝った。

  失意のハロルドは窮地から逃れるべく、サム・ムサビーニというアラブ系のコーチに指導を仰ぐ。ムサビーニは「レースは果し合いだ」と勝利至上をむき出しにするプロのコーチ。厳格にアマチュアリズムを貫く英国陸上界の鼻つまみだ。

  ハロルドはケンブリッジの教授たちからムサビーニの指導をうけることを止めるよう諭される。「アマチュアの道に徹してこそ価値ある結果がうまれる」「エリートにはエリートのやり方がある」

  しかし、ハロルドは権威むき出しの彼らに反論するのだ。「あなた方が望んでいるのは神のような無作為の勝利だ。それは子どもの運動会でいうことであって偽善に過ぎない」

  ハロルドが乗り越えなければならなかったのは、アマチュアリズムという近代スポーツの持つ権威的な価値観である。

  アマチュアリズムは19世紀の英国で生まれた概念である。上流階級が創り、階級構造を守るため、競技大会への参加資格として用いられた。産業革命により勃興した労働者階層排除の論理といってもいい。

  余談ながら明治期に高等教育機関や軍隊から始まった日本の近代スポーツには受け入れられやすい思想であり、長らくアマチュア絶対主義がこの国のスポーツ界を支配した。それは多分にフェアプレーやスポーツマンシップとアマチュアリズムとの混同があり、アマチュアは高潔であって、金銭が絡むプロは不純と断じられた時代もあった。

  もはやそうした"アマチュア信仰"は崩壊したといえなくもないが、一方で、スポーツ界はそれに代わる倫理をいまだもってはいない。スポーツガバナンスが真剣に考えられている昨今、ハロルドの苦悩は依然、続いているのかもしれない。

ハロルドは勝った! そしてエリックも

  ハロルドとエリックはアンドリューやオーブリらとともにパリオリンピック出場を果たした。

  パリへの出航の日、100m走の予選が日曜日、つまりキリスト教の安息日にあたると記者から問われ、エリックは出場辞退を申し出る。当然、選手団からは出場するよう説得が始まった。選手団長のバーケンヘッド卿に皇太子やサザーランド公ら英国の権威が集って説得を試みた。「祖国と国王への忠誠」と呪文のように唱えるのだが、エリックは拒否した。安息日に活動することは「神への背信行為」だとして…。

  結局、エリックは100mを棄権した。そして、400mに出場する予定のアンドリューが「自分は110mハードルで銀メダルを獲ったから」と400mの出場権を譲り、エリックは急遽、400mに出場することになった。

結果はどうだったのか。

  エリックは400mでライバルの米国選手を破って優勝、見事、金メダルに輝いた。それも当時の世界記録を破る神の足をみせた。そして、ムサビーニから科学的なトレーニングを受けたハロルドもまた、100mで金メダルに輝いたのだった。

  エリックは国や国王まで持ち出した古い権威よりも自分の信じる宗教への思いを貫き、ハロルドは偏見に満ちた周囲の反応を打ち破った。

  誰のために走るのか、スポーツで勝つことの意味とは何なのか、映画は現実に起きた重たいテーマを突き付けてくる。ふたりの主人公は「個」を信じ、大切にすることによってそこにひとつの答えをだしたのかもしれない。映画の最後は、またハロルドの追悼場面に戻る。そこでアンドリューとオーブリはしみじみと語る。「彼は勝った」と。

  何に勝ったのか。誰に勝ったのか。英国の古い権威だと容易に想像がつく。そして映画では、その古い権威に対抗するかのように、米国選手団の練習風景が挿入されている。科学技術を導入し、プロコーチに支えられたシステム化したトレーニング。それはパクス・ブリタニカからパクス・アメリカーナに世界が移行していく象徴のようにも思われる。ハロルドは英国における次世代の先頭ランナーだったのかもしれない。

  ちなみに、史実によれば100m予選の日程は何カ月も前からわかっており、エリックは短期間ではあったが、400m出場に備えて練習を積んでいた。200mにも出場して銅メダルを獲得している。そしてハロルドは100m決勝の前に行われた200mにも出場し6位に終わったが、400mリレーでは銀メダルに貢献した。

  またアンドリューは、というよりも、英国選手は1924年パリオリンピックの110mハードルで銀メダルは獲っていない。

  そして、この映画のプロデューサーの1人がドディ・アルファイド。あのダイアナ元妃の恋人と噂され、パリで起きた自動車事故で亡くなった時に同乗していた人である。エジプト出身の彼もまた、英国の権威にあらがったひとりかもしれない。


佐野 慎輔

産経新聞客員論説委員
笹川スポーツ財団 理事/上席特別研究員

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