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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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米大学のeスポーツプログラム:ロバートモリス大学の事例

2018.06.05

米大学のeスポーツプログラム:ロバートモリス大学の事例

近年eスポーツの認知度が国内外で急上昇している。2022年に中国で開催される第19回アジア競技大会においては、eスポーツが正式な競技種目に選ばれている(BBC, 2017)。国際eスポーツ連盟 (International eSport Federation; IeSF)はeスポーツを2024年に開催されるパリオリンピックの正式競技種目に選ばれるよう尽力している(ESPN, 2018)。日本国内においても、2019年に茨城で開催される国民体育大会において、人気サッカーゲームであるウイニングイレブンを用いた都道府県対抗eスポーツ大会が催される(茨城新聞, 2018)。

米国でもeスポーツは魅力的な投資対象として捉えられている。例えば、アメリカ4大スポーツリーグに数えられるNational Basketball Association (NBA)は、人気バスケットボールゲームであるNBA 2Kを競技種目としたNBA 2k リーグ を発足させ、2018年5月現在で17チームが参戦している。また、eスポーツプログラムを設立し大学の宣伝および学生への教育機会の提供を狙う大学も目立つようになってきた。イリノイ州に位置するロバートモリス大学は、2014年に米国で初めてeスポーツチームを組織した大学である。ESPNは、その後4年間で約50もの大学がeスポーツチームを組織したと報告している。そこで本稿は、米国の大学におけるeスポーツの動向と理解を深めることを目的として、ロバートモリス大学にてeスポーツプログラムディレクターを務めるJose Espin(ホセ・エスピン)氏へのインタビューを行った。

練習施設の様子(筆者撮影)

練習施設の様子(筆者撮影)

ホセ・エスピン氏(ロバートモリス大学eスポーツディレクター)へのインタビュー

ロバートモリス大学は、米国で最初にeスポーツチームを発足させ、奨学金制度を整えた大学eスポーツの先駆けである。そのロバートモリス大学eスポーツプログラムのディレクターを務めるホセ・エスピン氏に話を伺うことができた。

筆者 まず、ロバートモリス大学のeスポーツプログラムの狙いについて簡単にお聞かせください。

エスピン氏 まず最初に強調したいのですが、ロバートモリス大学はあくまで教育機関なので、学生の教育を最優先に考えています。この点を重要視しながらも、注目を集めているeスポーツというコンテンツを活用し、ロバートモリス大学のプロモーションを行っていくという狙いがあることも事実です。プロスポーツとは異なる部分も若干ありますが、大学スポーツプログラムとして、大学と学生、そして大学とその他のステークホルダーが、お互いに便益を享受できるようなプログラムを目指しています。

1.eスポーツを活用したプロモーションの効果

筆者 2014年のeスポーツチームの始動から、エスピンさんが感じる手ごたえのようなものはありますか?

エスピン氏 ありますね。まだ始動したばかりと言っても過言ではありませんが、プロモーション効果はかなりのものだと思います。我々としてはプログラム自体を5年で黒字化させるという目標設定をしていたのですが、それも達成できるような手ごたえを感じています。

筆者 米国の大学eスポーツプログラムの戦略について、具体的にどのようなことをしていますか?

エスピン氏 まだ黎明期と呼ばれるeスポーツにおけるビジネス戦略は団体や状況によって異なることが多かったのですが、近年どの組織も類似した戦略を取ってきたかなという印象を持っています。ロバートモリス大学もそうですが、大学のeスポーツプログラムの狙いは何と言っても大学の認知度の向上です。これが受験者数の増加に繋がると思います。オンラインでのイベントを催したりもしていますが、最終的に企業からのスポンサーやパートナーシップが増えるといいですね。

筆者 受験者数とありましたが、この点に関しても手ごたえを感じていますか?

エスピン氏 そうですね、受験者数の増加は感じています。それがeスポーツプログラムによる効果と因果関係を結論づけることは難しいかもしれませんが、我々のプログラムがスタートしてから順調に受験者数が伸びているのは事実です。eスポーツアスリートやファンの属性を考慮すると、ターゲットは大学に入学する可能性のある極めて若い年齢層です。コーチやスタッフですら、ビデオゲームという経験を重視すると大学生くらいの年齢の人材を抜擢することも多い市場かと思います。学生数の増加を狙うのであれば、eスポーツというコンテンツを活用し、インターネットを用いたオンラインストリーミングでプロモーションするというのは非常に効果的かと思います。

筆者 スポンサーやパートナーシップに関する手ごたえはいかがでしょうか?

エスピン氏 詳細な金額や条件などに関してはお話できない部分もありますが、ロバートモリス大学は教育現場におけるeスポーツの先駆けと言える大学です。eスポーツプログラムの始動が早かったので、良い条件で企業からサポートを受けることができたと思います。例えば、我々はeスポーツ専用の練習施設やアリーナを持っていますが、企業からの物品提供などのサポートがなければ実現が難しかったかもしれません。

eスポーツアリーナの様子(筆者撮影)

eスポーツアリーナの様子(筆者撮影)

2.eスポーツの教育的価値について

筆者 ビデオゲームに関しては多くの偏見や誤解があるように感じます。例えば、実際に因果関係を証明するのは難しいですが、ビデオゲームと暴力性の助長の関係などは、世界の研究者が取り上げるトピックでもあります。ジャンルで言うと、FPS*(ファーストパーソンシューター)などは特に問題視されやすいような気がします。大学eスポーツチームを始動させる上で、ビデオゲームの教育的価値を考える必要があると思いますが、エスピンさんの意見をお聞かせください。

*注釈:FPSとはゲームのジャンルであり、代表的なタイトルとしては、「コールオブデューティー」や「オーバーウォッチ」などが上げられる。操作キャラクターの主観的視点でゲームを進めていく特徴がある。

エスピン氏 そうですね。我々もこの点に関してはとても重要だと思っています。ロバートモリス大学のeスポーツチームの理念として我々が強調しているのは、eスポーツを通して学生にチームワークや仕事へのコミットメントといった労働倫理を教育することにあります。実際ジャンルでいうとMOBA**(マルチプレーヤーオンラインバトルアリーナ)は問題解決能力を高めるのに適していると思いますし、仲間と協力しなければ攻略できないゲームです。

**注釈:MOBAとはゲームのジャンルであり、代表的なタイトルとしては、「リーグ・オブ・レジェンド」や「Dota 2」などが挙げられる。名前の通り、複数のプレーヤーがそれぞれ特徴のあるキャラクターを操作し、相手チームと対戦するという特徴がある。

筆者 なるほど。おそらくeスポーツチームの始動に関して、大学内でも賛否があったのではと感じますが、いかがでしょうか?

エスピン氏 かなり賛否両論がありました。今でこそeスポーツの認知度は上がってきましたが、当時は得たいの知れないものだったと思いますしね。先ほどお話したようなビデオゲームのポジティブな側面にも目を向けていく必要がありますし、それを訴えていくことが重要です。さらに、これからのグローバル人材を育てていく上で、地理的制約が少ないeスポーツというコンテンツはかなり魅力的なのではないでしょうか。インターネット上でリアルタイムで海外の仲間と協力・対戦しますし。

筆者 ポジティブな側面と仰いましたが、それだけだと説得材料として不十分な気がしてしまいます。学生の教育という観点から、ロバートモリス大学で行われている、より具体的な取り組みなどがあればお聞かせいただきたいです。

エスピン氏 経験的学習というのがキーワードになってくるかと思います。当然ですが、大学には多くの学生が様々な学問を学びにきます。eスポーツアスリートのみならず、ロバートモリス大学の学生がeスポーツチームの活動を通して専門性を磨いてくれればと願っています。例えば、グラフィックデザインなどを学んでいる学生にとってはコンテンツプロダクションの機会を得る最高の場所だと思いますし、スポーツビジネスやマーケティングを学んでいる方にとっても絶好の環境だと感じています。実際、eスポーツチームを始動させてから、このプログラムでインターンをする学生もいます。仰る通り、こういった具体的な教育機会の提供を行っていくことも、教育機関でeスポーツチームを設立するには大切なポイントかもしれません。

3.eスポーツ学生アスリートの奨学金と契約

筆者 ロバートモリス大学のeスポーツ学生アスリートはどのような奨学金を受け取っていますか?

エスピン氏 最高で70%の学費が免除されます。さらに学生アパートや食費などもいくらかサポートされています。こういった特別に優れた学生をリクルートするのも仕事になります。

筆者 なるほど。奨学金に関しては、従来のスポーツをする学生アスリートが受けるものとそこまで遜色ありませんね。ただeスポーツの大会では賞金があるものが多々ありますが、ロバートモリス大学に所属している彼らは賞金を受け取っても良いのでしょうか?

エスピン氏 この問題は少し予測が難しいです。どれだけ外部要因に影響を受けるかわからない状況ですが、現段階の我々の方針としては、ロバートモリス大学のeスポーツ学生アスリートが好成績を収めて獲得した賞金に介入する方針はありません。彼らが全額保持して良いということになります。我々としては、学生に対する教育機会の提供と大学のプロモーションを目的としています。

4.まとめ

ロバートモリス大学は、アーリーアダプターとして宣伝効果を最大限享受できた特殊なケースかもしれないが、eスポーツを活用した大学プロモーションは非常に効果的である。大学が目指す方向と将来の学生像との一致は熟考する課題かもしれないものの、eスポーツというコンテンツを用いた教育機会の提供は実現可能である。教育機関においてeスポーツチームを設立させることに関しては、学内でのロビー活動が必要であることが伺える。eスポーツのポジティブな側面に目を向け、訴えてかけていく必要がある。その中でも、チームワークや仕事へのコミットメントの醸成は期待ができる。さらに、学生に対して経験的学習機会の提供を行う上で、eスポーツは有効なコンテンツと考えられる。

参考資料

  1. BBC news (2017). E-sports to become a medal event in 2022 Asian Games. BCC news.
    Retrieved from http://www.bbc.com/news/technology-39629099
  2. ESPN (2018). IeSF eye Olympic Games inclusion for eSport at Paris 2024. ESPN Olympic Sports. Retrieved from http://www.espn.com/olympics/story/_/id/23316650/iesf-eye-olympic-games-inclusion-esports-paris-2024
  3. 茨城新聞 (2018). 茨城国体で「eスポーツ」初の都道府県対抗 種目「ウイニングイレブン」. http://ibarakinews.jp/news/newsdetail.php?f_jun=15269983220201

レポート執筆者

佐藤 晋太郎

佐藤 晋太郎

Assistant Professor of Marketing Montclair State University Correspondent, Sasakawa Sports Foundation