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東京2020大会の実態からみて、今後のオリンピックに経済効果は期待できるか

【オリンピック・パラリンピックのレガシー】

2022.02.14

 オリンピック開会式直前まで、新聞やテレビなどのメディアでは、その開催の是非について様々な意見が出されていたが、結局のところ、日本代表選手団の大活躍もあって、東京2020大会は、オリンピック・パラリンピックいずれも、大いに盛り上がったと言えるだろう。閉会後の共同通信の世論調査では、オリンピックを「開催して良かった」という意見が62.9%(良くなかったは30.8%816日付)、パラリンピックを「開催して良かった」という意見は69.8%(良くなかったは26.3%95日付)といずれも6割以上を占めている。

 ただし、今回のオリンピック・パラリンピックは、ほぼすべての会場で、前代未聞の無観客による開催となった。無観客となることで、約865万枚・900億円超とも言われるチケット収入が無くなり、組織委員会の収入に大きな影響があるのではないかともメディアで報じられたが、それだけではなく観客が現地観戦しなくなることで、競技場の周辺などへの交通費や滞在費、お土産などの消費が絶望的となった。2017年に東京都が試算した経済波及効果では、直接的効果2兆円の内訳として、大会参加者と一般観戦者の消費支出(交通費、宿泊費、飲食費、買い物代、施設利用料等)として2,079億円の需要増が見込まれていたが、その多くの需要が実際には発現しなかったとみられる。

 同じく、直接的効果2兆円の内訳のうち、2,910億円の需要増が見込まれるとしていた「家計消費支出」(大会開催に伴い販売されるオリンピック・パラリンピック関連グッズの売上やテレビの購入費)についてはどうだったのだろうか。野村総合研究所が閉会式直後に全国の2060代の男女3,564名に実施したアンケート調査では、オリンピックを機に購入した商品として、「東京2020オリンピック大会関連グッズ(Tシャツ、キーホルダー、ポスターなど)」が2.6%、大型テレビが1.7%と続いている。日本全国5,300万世帯の1.7%が購入したと仮定すると、90万台の大型テレビが、東京2020オリンピックを機に購入されたとみることが出来る。仮に110万円と仮定しても900億円の規模に相当するのだが、注目すべきは実に91.7%が「東京2020オリンピック大会を機に購入した商品はない」と回答している点である。

図表1 東京2020オリンピックを機に買ったもの

注)設問「あなたが、東京2020オリンピック大会を機に購入した商品、サービスがあればお知らせください。」 出所) NRI 東京オリンピックに関する調査(全国男女20~60代、N=3,564)

注)設問「あなたが、東京2020オリンピック大会を機に購入した商品、サービスがあればお知らせください。」
出所) NRI 東京オリンピックに関する調査(全国男女20~60代、N=3,564)

東京2020オリンピック・スポンサー

東京2020オリンピック・スポンサー

 今大会では、81社のスポンサーが4,000億円を超える協賛金を大会組織委員会に支払った。東京都の試算では企業マーケティング活動費を366億円としていたが、コロナ禍がなければ、これらスポンサー企業がもっと多くのマーケティング活動費を支出していたのではないかと推察される。しかしながら、コロナ禍でのオリンピック開催に反対する国民の意見が一定数あるなかで、トヨタ自動車がオリンピック用TVCMを全面的に取りやめるなど、多くの企業がオリンピック開催のタイミングでのマーケティング活動に消極的になった。とりわけ、B2Cと称される一般消費者向けの企業の広告宣伝が大々的に行われなかったことで、オリンピックを契機とした消費が限定的になったのは間違いないだろう。

 ただ、経済効果の観点で国内消費よりもダメージが大きかったのは、すでに20213月時点で決定していた、海外からの観客受け入れ断念の方針であったと言えよう。海外からの観客は、国内の観客よりも多額の消費支出が期待できる。2012年ロンドンオリンピックの際には、外国人の観客1人あたりで約23万円を消費したが、これは通常の訪英外国人の消費額約11万円の2倍以上であった。同様に、東京オリンピックに観戦に来る外国人が、通常の外国人の2倍を消費すると仮定すると、2019年の訪日外国人一人あたり旅行支出が158,531円(観光庁調べ)なので、一人あたり30万円程度の消費が期待できた。それだけでなく、というかそれ以上に、多くのスポンサー企業は海外からVIPを東京に招いて豪華なおもてなしをすることを想定していたわけで、その費用支出が消失し、さらにはそのおかげでまとまったかも知れない大きな商談や投資案件も、そもそも逸失してしまったかも知れない。

 ここまで述べてきたように、マイナス面が気になった今回のオリンピック・パラリンピックの経済効果であるが、2兆円の直接的効果の大半を占める、大会運営費(1600億円)や施設整備費(3,500億円)などは、概ね当初予定通りに使われたと見込まれる。900億円を超えるとされるコロナ対策費も上積みされたりしたことから、大会全体の直接的な経済効果という観点では大きく損なわれたとは言えないだろう。

 国内では2030年の札幌オリンピックを招致しようという声も上がっているが、将来のオリンピックの経済効果はどうなっていくのだろうか。

 最も大きな経済効果をもたらす施設整備であるが、オリンピック・パラリンピックの大会閉幕後に有効活用されないケースが多発していることもあって、既存施設や仮設施設の利用が前提となっていくだろう。実際、東京2020大会の開催決定後、201412月の第127IOC(国際オリンピック委員会)総会において採択された「オリンピック・アジェンダ2020」で「IOCは既存施設の最大限の活用、および大会後に撤去が可能な仮設による施設の活用を積極的に奨励する」としていたが、その成果を踏まえて20213月の第137IOC総会で採択された「オリンピック・アジェンダ2020+5」ではさらにコスト削減機会を推し進めることを明記している。一般の市民感情からすれば当然その方向性で効率的な施設活用を進めていくべきだと思われるが、経済効果という観点でみると従来ほどの支出が望めなくなることになろう。

札幌大倉山ジャンプ競技場。2030年冬季大会が札幌で開催されれば、ジャンプ会場として使用される予定

札幌大倉山ジャンプ競技場。2030年冬季大会が札幌で開催されれば、ジャンプ会場として使用される予定

 また、今大会はコロナの影響もあって、それほど大きいとは言えなかったオリンピック関連消費であるが、その典型的な商品であるテレビを考えても、今後消費者がオリンピックを機にテレビをわざわざ買うような消費行動を取り続けるかは疑問である。テレビの新規購入や買い換えをオリンピックのタイミングで、と考える消費者が少ないというのもそうだし、そもそもオリンピックをスマホやタブレット、PCなどテレビ以外のデバイスで観戦する消費者も少なくないだろう。今回の東京大会でも、インターネットのライブ配信や録画番組でオリンピックを観戦したという生活者は2割程度存在した(前出の野村総合研究所インターネットアンケート調査結果より)。PCやスマホ等のデジタルデバイスを、オリンピックを機に新規購入したり買い換えたりするということは、テレビ以上に想定しにくいだろう。

 さらに、大会観戦者の消費支出を考えた場合、仮想現実(VR)の技術の進化がもたらす影響も無視できないだろう。Facebookが社名を「Meta(メタ)」に変更することでその言葉が注目されるようになったが、ネットワーク上の仮想空間やそのサービスを表す「メタバース」も一般的に利用されるようになっていくだろう。オリンピック・パラリンピックの大会観戦が近い将来、メタバース上で行われるようになるかどうかは全くの未知数だが、仮想現実(VR)のなかで観戦できるのであれば、わざわざ開催国・都市まで足を運ばなくても良いと考える人々も増えていくかも知れない。そうなれば、観戦者の移動に伴う交通費・宿泊費や、会場周辺等での飲食費、買い物代も期待できなくなる。これまでになかった仮想空間内での消費は促されるかも知れないが、開催国・都市にそのお金が落ちるわけではなくなってしまう。

 そもそも経済効果を算出する理由は、その事業を実施することによって地域内に経済的な価値をもたらすかどうかを見極めることにある。オリンピック・パラリンピックをはじめとする大規模イベントはその経済的価値が高いことも招致に際しての地元企業や地域住民へのアピールポイントになっていた。ただ、経済波及効果が期待できるという点を過度に重視して、オリンピック招致を進めても、これから先のオリンピックはその期待に応えてくれないかも知れない。

スポーツ歴史の検証
  • 三﨑 冨査雄 株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 シニアパートナー