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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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セミナー「子供のスポーツ」

オリンピック・パラリンピックと持続可能性(Sustainability)もしくは、「オリンピック・パラリンピックの持続可能性」

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.04.22

なぜ持続可能性なのか

 オリンピックやパラリンピックと持続可能性サステナビリティ:Sustainability)という取り合わせは少々奇妙に見えるのかもしれない。スポーツという身体の運動と、持続可能性というさまざまな要素を含む社会の運動がすんなりとは結びつかないからだ。しかし今では持続可能性はオリンピックのたいせつな要素の一つとなっている。

1998年長野冬季オリンピックではリンゴの繊維を使ったリサイクル可能な食器を使用した

1998年長野冬季オリンピックではリンゴの繊維を使ったリサイクル可能な食器を使用した

 環境保護という意味で言うなら、食べられる素材で作ったスプーンなどが選手村の食堂で使われた1994年のリレハンメル冬季オリンピックが始まりだったと言えるだろう。国際オリンピック委員会(IOC)もそのころから環境問題に取りくむ姿勢を見せ、2014年には「オリンピック・アジェンダ 2020」というオリンピックのさまざまな改革案の項目の一つとして、環境保護から対象をさらに広げた「持続可能性」という考え方を取り入れた。オリンピック競技大会の時にはすべての分野で、そして競技大会をやっていない時にはオリンピック・ムーブメントの日常業務に、持続可能性の考え方を取り入れると決めたのだ。

 その後、国際連合(国連)が2015年に「持続可能な開発(Sustainable Development Goals: SDGs)のための 2030 アジェンダ」をとり決め、その中でスポーツが持続可能な開発にたいせつな役割を果たすとのべた。これをうけてIOCは翌2016年に「IOC持続可能性戦略」を発表し、持続可能性をオリンピック・ムーブメントの行動原則に位置づけることと、オリンピックがSDGsに貢献することを明記した。東京2020の持続可能性の取り組みはこの枠組みにしたがって行われたのである。

東京組織委員会のとりくみ

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(組織委)は街づくり・持続可能性委員会を2015年に作り持続可能性の問題を扱うことにした。全体の委員長は元東大総長の小宮山宏さんで26人の委員がいた。同じ年の7月、この委員会の中に持続可能性を話しあうグループが置かれ、2019年の夏までに16回の会合で議論して組織委の方針がつくられたのだ。

 Be better, together(より良い未来へ、ともに進もう)」というスローガンのもとで次の5つのことを方針の柱にすることになった。

①気候変動(脱炭素社会をめざして)

競技会場、IBC/MPC、選手村で使う電力は100%再生可能エネルギーを使用するという意欲的な目標を立てたほか、電気自動車や水素をつかう燃料電池自動車などの低公害車両を導入する。

②資源管理(資源をけっしてむだにしない)

オリンピックとパラリンピックで与えられる約5000個のメダルを使用済み小型家電に含まれる金・銀・銅を取り出して作り、表彰台は家庭から出るプラスチックなどを集めて作る。また全国の63の自治体から借り受けた木材で選手村の施設を建設し、大会後には木材を返却して各地で再利用する。調達物品についてはその99%リユース・リサイクルすることを目標にレンタル・リースや物品の再販を行うとともに、大会関係者が連携して物品の後利用を進めるとした。また運営時廃棄物の65%をリユース・リサイクルし資源循環をできるだけ実現しようとした。

③大気・水・緑・生物多様性など(自然と共生する街をつくる)

カヌースラロームなど大量の水を使う会場でろ過施設を使い水を再利用するなど水の節約に気をくばったほか、ボート、サーフィン、トライアスロンなど水辺を使う競技で、そこに生息する生き物のための空間を守るよう努めるとした。

④人権・労働、公正な事業慣行等への配慮(みんなが平等な開かれた大会)

大会の「アクセシビリティ・ガイドライン」を作り障がいの有無に関わらず誰でも会場までかんたんに着けるような配慮をとりまとめたほか、東京2020 NIPPON フェスティバルの文化イベントを「共生社会の実現に向けて」をテーマに行い、これを通じて世界中から訪れる多様な人々が、お互いの違いを認め合いながら一緒に楽しめる大会にするよう計画した。

⑤参加・協働、情報発信(パートナーシップによる大会づくり)

国際連合や国際労働機関と連携してSDGsの啓発や仕事の進め方と働き方の改革をおこない、大会をきっかけに国内外の人々の意識を啓発することにした。

とりくみの結果

 水素を使ったトーチや使用済み家電から作ったメダル、それにプラスチックごみから作った表彰台は私たちも目にしたし、選手村の段ボールのベッドについては世界的な話題になった。その一方で無観客の大会になったことで、共生社会を目指した文化イベントなどはコロナに配慮しながら行われたものの、外国人観光客の不在と国内での外出自粛により一般の人の目にはほとんどふれることもなかった。またせっかくの「アクセシビリティ・ガイドライン」も利用されずに終わった。

 電力についてはスポンサーのENEOSが合わせて53の施設で2400KWhの再生可能エネルギー由来の電気を供給した。しかし実際には国立競技場ではウォームアップエリアだけ、有明体操競技場では放送エリアだけというように一部をまかなったに過ぎず、計画のように全会場の全電力というにはほど遠い状態だった。いずれにせよ、5つの方針のもとで行われたいろいろな試みのそれぞれが、いったいどのぐらいの効果を上げたのか、あるいはムダになったのかについては組織委がまとめる公式報告書を待たなければならない。

オリンピックでの持続可能性の意味

 産業としてのスポーツは経済全体から見ればごく小さな一部分にすぎない。スポーツ庁が2017年に産業連関の手法で行った調査では、日本のスポーツ産業がGDPに占める割合は大体1.5%にすぎない。しかもこの数字は競馬・競輪などの公営ギャンブルからスポーツ飲料まで含んだものである。さらにその中でオリンピック大会の開催に絞ればさらに小さな数値となる。東京の組織委が1か月に13万食という大量の弁当をムダにしたという記事が出たが、日本全国で廃棄される食品はコンビニエンスストアだけでも弁当に換算して1日に100万食以上もあることを考えると、これは量として多いとは言えない。

 それではその小さな一部分での持続可能性がなぜこれほど問題になりメディアで注目されるのだろうか。IOCはなぜオリンピックに持続可能性を求めるのだろうか。オリンピックやスポーツよりはるかに規模の大きい自動車産業や鉄鋼業、建設業、運輸業などに持続可能性を求める方がずっと効果が大きいのではなかろうか。

 その理由は、オリンピックという大会がテレビを通じて世界の40億人以上の人に見られているからなのだ。言いかえれば持続可能性に配慮した開催と運営をオリンピックに求めることにより、そのニュースが世界中の人々に伝わることを期待してのことなのである。つまりオリンピック大会運営での持続可能性は、ショーケースあるいは広告塔の役割を果たすことを期待されていると言えるだろう。つまり組織委がどれだけ資源を節約したか、どのように環境に配慮したかなどは、その量や実質が問題なのではなく、その事実がテレビを初めとするメディアで伝えられる宣伝効果の方が目的なのである。

 その文脈で考えてみると組織委が廃棄した弁当の件は、持続可能性のショーケースとしては逆効果になってしまったといえる。隠していた事実がメディアにかぎつけられて明るみに出るという成りゆきからも悪い見本を世界にさらしてしまったわけだ。

真の持続可能性はどこにあるのか 

 組織委の取り組みとして計画したオリンピックの持続可能性の内容が宣伝や広報の効果を主な目的としているのは明らかである。それではオリンピックでは実質的な持続可能性の取り組みはむりな相談なのだろうか。

 2018年の平昌オリンピックのとき、私はJOC理事として現地で札幌招致の準備に関わっていた。ちょうどIOCのバッハ会長が招致を計画している都市の代表たちと直接話をする機会を作ってくれたので私も参加した。宣伝ではないオリンピック自体の持続可能性を前々から考えていた私はバッハ氏にこう言った。

 「もしIOCが本気で持続可能性を主張するなら、持続可能性に反する競技の廃止や入れ替えをためらうべきではない。夏の大会で言えばカヌースラロームは本物の川で行うか廃止するかのどちらかだ。」

 これに対しバッハ氏は冗談交じりに、「あなたは東京の後にもう一度夏のオリンピックを日本に招致するつもりなのですか」と述べたが、私が東京のカヌースラローム会場の建設には実際には1億ドルもかかっており、アテネや北京、ロンドンなどと同じく大会後はいずれ廃墟と化すでしょうというと真顔になった。横にいたIOCのデュビ統括部長にそんなに費用がかかるのかと尋ね、デュビ氏がうなずくと黙ってしまった。

東京2020大会のカヌー・スラロームセンター

東京2020大会のカヌー・スラロームセンター

 カヌースラロームは2016年のリオデジャネイロ大会で羽根田卓也さんが日本に初めてのメダルをもたらした競技だ。JOCの立場からすればこれからのメダル有望競技を廃止したくないのは当然だし、IOCにしても1992年以来実施されている競技を廃止するには相当な政治力と決断が必要だ。

 しかしこのままなんとなく今後も続けていけば、そのたびに大会後には廃墟となる施設が巨額の費用をかけて建設されつづけるのだ。

 夏のオリンピックは巨大になりすぎたと考えたIOCのサマランチ元会長は、1996年のアトランタ大会での参加選手数だった10500人を今後の大会でも上限とすると提案した。このためアトランタ以降は何か新しい競技や種目が入る場合には、他の競技や種目で参加人数を削って帳尻をあわせている。本気で夏季大会の巨大化を防ぐつもりならバレーボールや卓球など屋内でできる競技の一部を冬のオリンピックに回したらよいという意見はずいぶん前から出ている。冬の大会は「雪と氷の競技」とオリンピック憲章に書いてあるからそれは無理だという人がいるが、IOC総会でこの部分の数語を削れば済むことなのだ。さらに競技会場ごとに定められている観客席数の下限を、一部の人気競技を除いて自由化することも施設のムダな建設を防ぐのに大きな効果があるだろう。もし本気で持続可能性を考えるならこれらは真正面から向き合うべき問題だ。

 

性急な結論づけはやめよう 

 一方で、東京オリンピックでは持続可能性を無視して多くの競技場が建設され、大会後には国民の大きな負担になるという議論もうのみにはできない。新国立競技場を管理するスポーツ振興センターによると国立競技場の今後の維持管理と修繕には毎年24億円程度の費用がかかるという。これを税金のムダとして批判する人も多い。

東京2020大会のオリンピックスタジアム(国立競技場)

東京2020大会のオリンピックスタジアム(国立競技場)

 しかしもう一歩か二歩引いて考えてみよう。国立競技場は国の施設だが、国立博物館も国立劇場も同じく国の施設である。国立博物館の入館料は決して高くないが、入館料収入でまかなえない部分は年間におよそ90億円の運営交付金が国から出ている。さらに国立劇場を管理する独立行政法人日本芸術文化振興会には年間200億円を超える税金がつぎ込まれているのだ。これをムダだと見るか、文化の保護と育成のための国の責務と見るかには人によって見解の違いはあるだろうが、同じく国の施設である国立競技場の将来を議論する時にこれらの事実がまったく触れられないのは奇妙なことだ。

 取り壊された以前の国立競技場は建設省(今の国土交通省)の設計だった。かつては有名建築家の設計した国立代々木競技場とよく比較され、味気ないお役所仕事のデザインと酷評されたものだったが、60年を経ていざ取り壊しが決まるとメディアは一斉に「聖地」と書いて褒めたたえたのである。人の口はこのようにあてにならないものだ。特にオリンピックやスポーツにおける持続可能性を考える場合にはさまざまな比較をしてみて広い視野からフェアな判断をするべきだ。本当に持続可能なオリンピック・パラリンピックを作るためにはそれが必要なのである。

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スポーツ歴史の検証
  • 藤原 庸介 流通経済大学スポーツ健康科学部准教授

    東京都世田谷区出身、東京大学経済学部卒業 日本放送協会(NHK)に入社し報道局外信部記者 ローマ支局長 アトランタ支局長、報道局スポーツ・チーフプロデューサーなどを歴任。NHK在職中に国際オリンピック委員会(IOC)ラジオ・テレビ委員を8年間務めオリンピック映像のネット配信の基本ルール作りに携わる。2005年NHKを早期退職し中国北京市政府の外郭団体「北京奥林匹克轉播有限公司」(北京オリンピック放送機構)放送情報部長に就任、北京オリンピック後の2009年から10年間日本オリンピック委員会(JOC)理事を務めたほか、2013年に暴力問題で揺れた全日本柔道連盟の理事となり組織改革を実施した。