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ホストタウン活動の成果と将来

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.08.01

中津江村とカメルーン

 「ホストタウン」で思いだされるのは、日本と韓国で共催された2002FIFAワールドカップで、人口1000人強の大分県中津江村が、カメルーンの大会期間中の公認キャンプ地になり、来日が遅れて深夜が到着になったにもかかわらず町長らが温かく迎えたことだ。マスメディアから大きな注目を浴び、「W杯/中津江村」は同年の流行語大賞にも選ばれた。その後も、カメルーン代表やJリーグ等で活躍したエムボマ選手が、引退表明後に同町でサッカー教室を開催するなどの交流が続いた。

 日本におけるホストタウンの嚆矢は、1994年に広島で開催されたアジア大会の「一館一国運動」にある。広島市内の公民館ごとに同大会に参加する国・地域の1国を応援するという取り組みだ。1998年長野冬季オリンピックではこれが「一校一国運動」となり、長野市内の小中学生が、応援することに決まった国・地域の言葉や文化を学び、大会時には選手との交流も深めた。

1998 年長野冬季オリンピックの一校一国運動

1998年長野冬季オリンピックの一校一国運動

 東京が2020年大会の開催都市に決まった20139月のIOC総会(ブエノスアイレス)では、日本は「東日本大震災復興の旗印のもとにオールジャパンで大会に臨む」ことを強くアピールした。これを受けて国は2015年に内閣官房東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局を窓口にして「ホストタウン制度」を立ち上げた。その目的は「2020年東京大会の開催により、多くの選手・役員・観客等が来訪する機会を国全体で最大限に生かし、日本の自治体と、2020年東京大会に参加する国・地域の住民等が、スポーツ、文化、経済などの多様な分野において交流し、地域の活性化等に活かす」というもので、当然のことながらこれは一過性のものに終わらせず「2020以降も末永い交流を実現すること」も視野に入れたものであった。自治体は、1.大会参加者との交流、2.大会参加国の方々との交流、3.日本人オリンピアン・パラリンピアンとの交流、の3つの要素を盛り込んだ交流計画を作成、ホストタウンとして登録することで交流事業の1/2の特別交付税を得られるという制度。大規模国際スポーツ大会で、自治体が事前キャンプ地となることは多くあるが、制度として国が実施するのは世界でも初の試みであった。

事前準備と活動

武蔵野大学で行われたホストタウンサミット2018(写真提供:ホストタウン・アピール実行委員会)

武蔵野大学で行われたホストタウンサミット2018(写真提供:ホストタウン・アピール実行委員会)

 ではどんな自治体がホストタウンになるのかというと、これは実に多種多様である。姉妹都市・友好都市提携がある、歴史的につながりがある、地元企業の工場がある、地域名が同じ、たまたま紹介された、等々。つまり、志があり、相手国・地域との協議が進み、きちんとした計画を立てれば、どこでもホストタウンになれるのだ。そんなことから、東京オリンピックが終了した2021年8月10日時点のホストタウンの登録状況は、登録数462件、自治体数533、相手国・地域数185(参加207の内89%)に及んだ。窓口となる内閣官房の事務局は東京大会終了後にはなくなってしまうので、この活動の継続性を担保するために、2018年に一般社団法人ホストタウンアピール実行委員会という組織も設立されている。民間企業である東武トップツアーズ(企画・運営)、八芳園(イベントプロデュース・食文化)、武蔵野大学(会場提供・ボランティア)、パソナグループ(プラットフォーム運営・人材提供)の4社を主幹会員として、本活動の趣旨に賛同する賛助会員の協力、連携のもとに運営された。事務局業務を担ったのは東武トップツアーズだった。

 活動の手始めは、自治体にこの制度の趣旨を説明し登録申請してもらうことであった。相手先では、アフリカの国・地域が少なかったのでTICAD7(アフリカ開発会議)で各国の首脳に直接アピールすることも行った。初代オリンピック・パラリンピック担当大臣でホストタウンも担当した遠藤利明氏の出身地・山形県の自治体は山形県の自治体は積極的に参加した。特に村山市は、20172019年の3年続けてブルガリア新体操チームの合宿を受け入れ、選手は練習の間に日本文化や食を体験、公開演技会を行い、市民ファンクラブが結成されるなど交流、親睦を深め成果を上げた。2018年からは毎年2月に、大会時に第2聖火台が設置される場所に隣接した絶好のロケーションにある武蔵野大学キャンパスに関係者を集めてホストタウンサミットを実施し、ホストタウン間、賛同企業などが交流を深め、活動の場が大きく広がった。201812月には、森喜朗組織委会長(当時)が、国連総会でのメッセージの中で「ホストタウン・イニシアティブ」を国として取り組んでいることを伝えた。2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップでは、全国のホストタウンがキャンプ地となり、来日した選手たちと住民の交流や、会場での応援などを実施し、大会の盛り上げに大きく貢献した。

 ホストタウンの種類には通常の事前キャンプ地の受け入れのほかに、岩手、宮城、福島の3県での「復興ありがとうホストタウン」、パラリンピアンとの交流を主とした「共生社会ホストタウン」、“ただいま・おかえりホストタウン”と称した「事後交流型ホストタウン」があるが、それぞれの立場で創意工夫を凝らし、4年の間に事前準備や活動を行った。活動の内容としては、地元の食材を提供する「食文化の発信」、日本郵便と連携した「ホストタウンフレーム切手の発行」、JICAボランティア隊員による「相手国との開発支援による交流」などがあげられる。また、日本財団パラリンピックサポートセンター主催の「あすチャレ!School」「あすチャレ!Academy」(パラスポーツ理解や障がい者とのコミュニケーション促進事業)が共生社会ホストタウンで実施された。

 2020年に予定されていた大会期間中には、全国のホストタウンがこれまでに行ってきたホストタウン交流の様々な活動の成果を発表するとともに、持続的なホストタウンの取り組みをさらに発展させることを目的として、武蔵野大学キャンパス内に「2020ホストタウン・ハウス」を設置することが企画され準備が進められた。

コロナ禍のオンラインでの交流

津山市(岡山)とモナコのオンライン交流(写真提供:津山市)

津山市(岡山)とモナコのオンライン交流(写真提供:津山市)

 新型コロナウイルス感染症の世界的な流行を受けて、ホストタウンも当初の計画の変更などの対応に迫られたが、「大会中止ではないので、状況をみながら、活動を続けていこう」という、前向きな姿勢が多くの自治体にみられたのは幸いであった。

 コロナ禍での活動の一つの成果は“オンラインによる交流”であろう。対面活動が実施できない分、相手国・地域などとのオンラインでの各種情報の発信や交流が、遠距離の壁を越えて盛んに実施され成果を上げたのだ。20199月から、組織委会長に就任する20212月までの間、担当大臣を務めた橋本聖子氏は、このオンライン交流に自らも積極的に参加し、活動の充実に努めた。前述の“ホストタウンサミット”も2020年は中止を余儀なくされたが、20212月にはオンラインで開催され、後任の丸川珠代オリパラ担当大臣も参加し、ホストタウン同士の絆を深めあった。実行委員会の呼びかけにより、同一の国・地域を相手とするホストタウン同士がオンラインシンポジウムなどを通じてお互いの取り組みを紹介しあい横の連携を深めるという活動も多く実施された。

 最初は、普段つきあいのない都市との交流に二の足を踏んでいた自治体も多かったが、企画の共有などの成果が生まれ、今となってはホストタウン以外の案件でも情報を交換しあうなど“仲良し自治体”も生まれているという。

 IOC、IPC(国際パラリンピック委員会)、組織委員会の3者は、コロナ禍において大会を安全・安心に開催するため、選手や大会関係者が順守すべき行動規範を定めた「プレイブック」の第1版を20212月に発行したが、これに先立つ202011月には、内閣官房の事務局が、新型コロナ感染防止対策をまとめた「受け入れマニュアル」を作成し、各ホストタウンや相手国・地域にマニュアル遵守について予め合意書を取り交わすことを義務づけるなど、感染対策を徹底的に行ったことは特筆すべきことである。

 大会開催年の202151日。各国・地域の先陣を切ってオーストラリアのソフトボール代表がキャンプ地である群馬県太田市に到着したことが、マスメディアに大きく取り上げられ話題となった。選手と市民の交流は叶わなかったが、宿泊先のホテルは可能な範囲での“おもてなし”態勢で選手たちを迎え入れ、清水市長は「このような時期に来てもらったことを大事にしたい」と謝意を表明した。

 このホストタウンのコロナ禍での対応については、自治体により温度差があったことも事実である。やむなく受け入れを断念したり、無観客となり会場での応援ができなかったり、6月に来日したウガンダ選手の1人が空港の検疫で陽性反応が出た際、出迎えや濃厚接触者である他の選手の移動を担当した自治体の職員などがバブル(感染拡大防止策の一つで、国際的なスポーツ大会で、選手や関係者を隔離し、外部と接触をさせない方式。泡=バブルの膜で取り囲むように内部と外部を遮断することからの意)に入るのか、など現場での混乱も多少あったが、結果的には大会を通して多くのホストタウンで選手の受け入れを行い、コロナ禍での大会開催実現に寄与したことは疑いの余地がないと考える。

ホストタウンの今後

 肝心なのはホストタウンの今後である。国や組織委における大会の開催、運営は、今後のために徹底して検証されなければならないことは論を俟たないが、ホストタウンについては、冒頭に記した通り「東京2020大会以降も末永い交流を実現すること」を視野にいれたものなので、今大会での活動を踏まえ、未来に向かってすぐにでも歩を進めて行かなければならない。幸いに、南スーダンから陸上選手を受け入れた前橋市のように、レガシー作りの一環で、2024年パリオリンピックまで南スーダンから継続的に選手を半年に1人受け入れるなど、今回の活動でできた縁を今後もつないでいきたいとする自治体も出てきた。

 話は事前キャンプにとどまらない。東京2020大会を契機とした人的、経済的、文化的な相互交流活動で得られた資産を拡大、再構築していく持続的な活動だ。その取り組みの一環として、実行委員会では、2022年以降も毎年8月にイベントを実施する計画をたてている。2023年はフランスで開催されるラグビーワールドカップに向けた国歌斉唱プロジェクト(今回の活動では皆相手国の国歌を覚えた)、2024年はパリオリンピック・パラリンピックに向けた企画、2025年は同年4月から10月の間に大阪で開催される万博に関する取り組み、などだ。そしてこのホストタウンロードは、2030年まで続く長い道のりだ。

 大阪・関西万博に関する取り組みは既にはじまっている。202111月には、内閣官房の国際博覧会推進本部事務局と東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局が共同で全国の約200のホストタウン自治体をオンラインで集め、2025年の大阪・関西万博に向けて、相手国・地域との交流を継続してください、というメッセージを伝えた。大阪・関西万博に向かってのレールが敷かれたのだ。

 実行委員会の事務局で実際に活動の指揮を取った東武トップツアーズの役員である濱崎真一氏に話を聞いた。

 「最初は仕事としてはじめたが、活動を進めていく内にだんだんホストタウンが好きになっていった。何と言っても活動により、人と人とのつながりの輪がどんどんと広がっていったからだ。それはコロナ禍においてさらに際立っていった。苦労話としては、準備していたホストタウン・ハウスの企画を中止せざるを得なくなったことや、自治体の皆さんが初めてトライされるZoomでのミーティングにお誘いし、最初は参加をためらっておられた自治体もだんだんと取り組みを加速いただいたことなどがあった。2020大会が終了したので、今となっては一つの思い出に過ぎない。また、この活動が円滑に推進できた裏には、内閣官房事務局でホストタウンを担当された勝野美江さん(202110月で徳島県副知事へ転出)の卓越したリーダーシップがあったことを忘れてはならない。ホストタウンの様々な取り組みが、人間が豊かで幸せな生活を営むための目標であるSDGsの達成に大きく寄与するということを確信している」と濱崎氏は熱く語り、ホストタウンの将来像に目を輝かせた。

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  • 松原 茂章 株式会社フォート・キシモト顧問
    スポーツ庁スポーツ・デジタル・アーカイブ構想調査研究会議委員