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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

ラジオ体操が目指す「多様性を認め合って生きる社会」

SPORT POLICY INCUBATOR(26)

2023年3月08日
荒木田 裕子 (NPO法人全国ラジオ体操連盟 会長/笹川スポーツ財団 理事)


♬新しい朝が来た、希望の朝だ *

 夏休みが始まると、朝早くからラジオ体操が始まる。首からカードを下げ、家の近くの広場に急ぐ。我が地元では、駅前広場がその会場。近所のおじさんもおばさんも上級生も下級生も「それ、いっち、にい、さん!」。体操が終われば駅の掃除と草むしり。最後に誇らしげにハンコをもらって、おしゃべりしながら帰宅する。最終日には皆勤賞や参加賞がもらえる。鉛筆、ノートなどなど。子供心にわくわくしたものだ。

 誰もが記憶にあるはずの夏休みのラジオ体操。あれから数十年、ラジオ体操の音楽が流れると未だに心も体も不思議にノスタルジックになる。NHK BSの「駅ピアノ」。ラジオ体操第1を弾く人がいた。その後ろで聴いていた人たちが自然に音楽に合わせて体操をしていた。そうだ、きっと私たちはラジオ体操のDNAをもって生まれてきたのだ。私たちラジオ体操連盟は、このDNAをもっと活性化させ、ラジオ体操の普及活動のみならず、社会に貢献できるはずだ。

*引用:「ラジオ体操の歌」(作詞/藤浦 洸、作曲/藤山 一郎)

 ラジオ体操の歴史は古い。1925年、アメリカの生命保険会社が健康増進体操をラジオ放送で始めたのが起源だ。その後、簡易保険事業を始めた日本の逓信省(のちの郵政省)によって日本にも紹介され、1928年に国民の健康増進を目的とした体操をNHKがラジオで放送した。最初は「イッチ、ニイ、サン」と掛け声のみだったようだが、その後ピアノ伴奏が入り、今では、ラジオ体操第一、第二だけでなく、ストレッチを中心とした「みんなの体操」も国民に根強く愛されている。

 ラジオ体操のモットーは「いつでも、だれでも、どこでも」。人生百年時代となり、いかに生き生きと元気で長生きするか、その環境をどう整えていくかがテーマだ。毎朝集合してラジオ体操で汗をかき、仲間とのおしゃべりを楽しむ。いつもの仲間の集まりだから、誰かがいないとちょっと気になる。風邪でも引いたかな? ラジオ体操は、単なる体操ではなく、地域のコミュニケーションツールとしても大きな役割を担っている。

 昨今のコロナ禍で、ステイホームを強いられ、テレビに向かって一人ラジオ体操の機会が増えた。毎朝、元気に仲間と体操をしている人たちにとっては、当たり前の生活が当たり前でなくなってしまった。その反面、外出を制限されたことで、自宅で体を動かす人が増えたことも事実だ。多くの人たちが、「MYラジオ体操」をSNSでアップしてくれた。改めて皆さんにラジオ体操の効能を理解して、楽しみながら体を動かしてもらえたのは、コロナ禍のポジティブなレガシーだ。

 ラジオ体操は健常者向けに作られたそうだが、今では、障がいを持つ人たち、介護施設や病気で長期療養を強いられている人たちも、動かせる部位を十分に動かし、爽やかな気持ちになってほしいという思いで我々の連盟としても工夫を凝らしている。あらゆる人に笑顔も教化も届けられる指導者を増やして、ラジオ体操の時間を楽しみにしてもらいたい。試行錯誤を繰り返しながらそんな活動も目指している。

 夏休みのラジオ体操も、学校での月曜日の朝礼でも、運動会の準備体操でもまずはラジオ体操だった昭和の時代に比べると、残念ながら今はその数がめっきり減っている。要因は、機会の減少もあるが、ラジオ体操を指導できる先生の減少もその一因。体の動きの伸ばすところ、止めるところの一つ一つをしっかり学んでもらえば、たかが3分だが、かなり効率の高い有酸素運動になる。それに用具も不要なのに…。さてどうするか。本連盟では、将来、教職や施設で働くことを目指す大学生に向けての指導者資格取得のための講習会を全国で展開している。小さな種だが、少しずつ芽を出し、つぼみが開きつつあるのは嬉しい。

 学校の保護者会と地域のラジオ体操クラブとの密な連携も重要なポイントだ。地域のラジオ体操クラブの活動は通年で行われていて、まさに地域のコミュニケーションの原点となっている。メンバーは高齢化してきているが、高齢化してきているからこそ少し余裕ができた時間を、ラジオ体操をきっかけとした地域の子供の健全育成活動に使ってもらおうと努めている。また、障がいがあって、なかなか交流の輪の中に入ってこられない人達に積極的に声掛けをしての仲間づくりも計画中だ。

 「多様性を認めあって共に生きる」。ラジオ体操はその最高のツールではないかと思う。私たちの連盟だけではできないことは沢山あるが、他の組織の力も借りて地道に着々と「誰も取り残さない社会」、「共に支え合う社会」を目指して行きたい。2028年、ラジオ体操が日本で行われるようになって百年になる。百周年をステップとしてその先の百年でさらに大きなジャンプができるように。

  • 荒木田 裕子 荒木田 裕子   Yuko Arakida NPO法人 全国ラジオ体操連盟会長
    笹川スポーツ財団 理事
    秋田県出身のバレーボール選手。日本代表としてメキシコ世界選手権、モントリオール五輪、1977年ワールドカップの3大会で金メダルを獲得。現役引退後、選手・指導者として渡欧。帰国後は、女子強化委員長、強化本部長を歴任し、日本の女子バレーボール界を牽引。JOC理事、OCA理事、2020年東京オリ・パラ組織委員会副会長などを歴任。
    IOCオリンピックプログラム委員会委員、(公財)日本ソフトボール協会副会長、全国ラジオ体操連盟会長等多方面で活躍中