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国際情報
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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

セミナー「子供のスポーツ」

最も寿命を延ばすスポーツはテニス

山口 泰雄(神戸大学 名誉教授/SSF上席特別研究員)

スポーツが寿命を縮める?

 かつて運動・スポーツの生理的効果が強調される一方で、スポーツが寿命を縮めると主張する有識者が存在した。例えば、「運動のやり過ぎはかえって健康を害する」、「運動すれば健康になるというのは神話だと思う」というコメントである。最近でも、「スポーツをしない方が長生き」や「スポーツをやればやるほど寿命を縮める」という本のタイトルもみられるが、果たして科学的根拠に基づいているのだろうか?

 近年のスポーツ科学の知見によれば、運動やスポーツの継続的実施は、健康増進に効果があり、寿命を延ばすことが明らかになっている。世界保健機関(WHO)は2010年に発表した「身体活動に関するガイドライン」を更新し、202011月に新たなガイドライン「運動・身体活動および座位行動に関するガイドライン」を発表した。このガイドラインは、健康増進のための子供、青年、成人、高齢者を対象に推奨される運動・身体活動量を提示している。

 しかし、どのようなスポーツ種目の実施が平均寿命の延伸に効果があるかは、未知の領域であった。20189月に発表された『Mayo Clinic Proceedings』誌に掲載された論文は、運動習慣のある人と運動習慣のない人を比較した結果、平均寿命の差が顕著であった。さらにスポーツ種目により平均寿命の差があり、中でもテニスが9.7年と1位で、最も寿命の延伸が顕著であった。本稿では、同研究の成果に着目し、何故、テニスが最も寿命を延ばすかを考察したい。

コペンハーゲン調査

 コペンハーゲン調査は、デンマーク・コペンハーゲン市内在住の無作為抽出した成人8,577名を25年間にわたって追跡調査を実施し、スポーツ実施状況(活動レベル、活動種目、活動頻度)や個人的属性、健康状態、健康診断、社会関係などを検証した。スポーツ種目は、スポーツジム活動、水泳、健康体操、サイクリング、ジョギング、サッカー、バドミントン、テニス、他種目に分類された。肥満度(BMIWHO)は、運動習慣のない人は27(過体重)だが、テニス・ジョギング・健康体操は24(正常)、スポーツジム・水泳・サイクリング・サッカー・バドミントン・他種目は25(やや過体重)であった。

 スポーツ種目によって週当たりの運動時間は差があった。スポーツジムは週平均599分と最長で、テニスは週平均521分、バドミントンは471分であった。平均寿命の延伸は、運動習慣がない人に比較して、スポーツジムは1.5年、バドミントンは6.2年、テニスは9.7年長く、運動実施時間の影響は少ないことがわかった。

 コペンハーゲン調査の結果、寿命を延ばすスポーツの1位はテニス(9.7年)、バドミントン(6.2年)、サッカー(4.7年)、サイクリング(3.7年)、水泳(3.4年)、ジョギング(3.2年)、健康体操(3.1年)、スポーツジム(1.5年)であった。注目すべきは、寿命を延ばすスポーツの1位はテニス、2位はバドミントン、3位はサッカーと、上位3種目は球技であることだ。コペンハーゲン調査の研究者たちは、サイクリングや水泳、ジョギング、健康体操、スポーツジムは個人参加型の運動であり、テニス、バドミントン、サッカーは2人以上で活動する球技で、参加者同士の交流とコミュニケーションが強いことに着目した。

何故、テニスが最も長寿か?

 コペンハーゲン調査の研究者たちが注目したのは、テニスは「初心者から中級者、上級者、すべてのレベルで会話がある。テニスをしながらコミュニケーションが深まる。自然な形でつながる」ことである。テニスは、仲間と一緒にプレイや試合を楽しむことがストレス解消になり、心理的効果が高まる。メンタルヘルスの向上が寿命の延伸に繋がっていると考察している。先行研究が示したように、社会的孤立は平均寿命を下げることが報告されているが、テニスは仲間と笑顔で過ごすことが長寿の要因である。

 第2にテニスは、インターバルトレーニング効果が高く、有酸素運動能力(持久力)を改善する。試合ではポイントを取るために、ダッシュの連続によるラリーの後、短い回復時間があり、次のポイントに移るという運動を繰り返している。中高年テニスプレイヤーはダブルスが中心で、継続的実施により経験知が身に付く。その結果、相手のフォームと打球音、打点位置によってネットを超えてくるボールのスピンやスピード、コースの予測ができるようになる。ダブルスは2人でプレイすることにより、動くスペースが比較的狭く、無理なく運動を継続することが可能である。国際テニス連盟(ITF)会員へのアメリカでの調査結果(142名、平均47.6歳)によれば、テニス実施者の健康状態は一般集団に比べて良好で、「肥満・脳卒中・糖尿病」は少なく、身体活動量が多いことが報告された(2020)。

 定期的にテニスクラブやテニスサークル・教室で活動することにより、社会関係や信頼関係、共有感が強くなる。それが、幸福感(ウェルビーイング)を高め、生活習慣病のリスクを下げ、健康増進に繋がっている。テニスは最も寿命を延ばす生涯スポーツで、健康長寿のモデルである。

  • 山口 泰雄 山口 泰雄 神戸大学 名誉教授/SSF 上席特別研究員
    カナダ・ウォータールー大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。生涯スポーツ振興の国際組織であるTAFISA(The Association For International Sport for All:国際スポーツ・フォー・オール協議会)で、日本人として二人目の理事を2009年より3期13年務める。中央教育審議会スポーツ・青少年分科会副会長、独立行政法人日本スポーツ振興センター・スポーツ振興助成審査委員長、日本生涯スポーツ学会会長などを歴任。スポーツ政策やスポーツ・フォー・オールの研究を行う。大学ではスポーツビジネス論、スポーツ文化論、健康・スポーツ関連企業分析などを講じる。趣味はテニス。

    主な著書:「スポーツ・ボランティアへの招待-新しいスポーツ文化の可能性-」「地域を変えた総合型地域スポーツクラブ」「健康・スポーツへの招待-今日から始めるアクティブ・ライフ-」他。