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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

政策提言:「子どもの体力向上には、自治体による『平均値の向上』に振り回されない施策推進と、それを支援する国の体制構築が必要」

小学校における児童の「体力向上」に向けた基礎研究と支援事業(2018-2020)

■研究背景・目的

笹川スポーツ財団では「政策提言2017」にて、市区町村単位での子どものスポーツ実施や環境に関するデータ収集、それら客観的データに基づく地域課題の抽出と分析、そのための国としての方針・ガイドラインの設定を提言した。それから約5年、市区町村単位では状況が大きく変化したとは言い難い。

子どものスポーツに関しては引き続き、体力・運動能力の低下や二極化、スポーツ離れなどが問題とされている。特に子どもの体力向上をめざすには、ほとんどの児童が経験する学校における運動・スポーツが重要視される。

それでは、学校が子どもの体力向上に寄与するためには、どのような条件が必要なのか。

SSFは、体力向上をめぐる学校の課題や、学校・スポーツ関係者にできることの検討を目的に、20182020年度にかけて、児童・生徒の投能力向上をめざすXY区教育委員会と、共同事業を実施した。そして、学校が効果的な体力向上に向けた実践を行うために、自治体や政策への提言を試みた。

■調査概要

XY区内の区立小学校10校に対する実態調査

①投能力の測定および質問紙調査

学校へのヒアリングおよび授業改善の検討・笹川スポーツ財団による支援事業

調査方法
学校通しによる自記式調査
(基本は家庭への持ち帰り、児童票は一部で集団自記式の学校あり)
調査期間
2018~2020年の12月~1月
調査対象
XY区内の区立小学校10校(有意抽出)
対象は①学校長 ②担任教員 ③児童 ④保護者
※③④については、2018年度の2・4年生を対象とし、2020年度に4・6年生になるまで同じ親子を追跡している(図参照)。
②については各年度の該当学年の教員を対象としたため、
同一対象の追跡にはなっていない。

調査対象者
サンプル数
サンプル数
支援の概要
2018・2019年度には、学校の状況・要望に応じて、一部の学校で民間プログラムの提供、用具の貸与、教員向け研修、児童向けの授業(岡山大学原祐一氏による)を実施した。
体制
・宮本 幸子(公益財団法人笹川スポーツ財団 スポーツ政策研究所 シニア政策オフィサー)
・清水 恵美(公益財団法人笹川スポーツ財団 スポーツ政策研究所 政策オフィサー)
・原 祐一 (岡山大学学術研究院教育学域 専任講師)
※所属は2020年3月時点

「自治体による『平均値の向上』に振り回されない施策推進」と、それを支援する国の体制構築が必要

本事業は「学校が子どもの「体力向上」に寄与するためにはどのような条件が必要なのか」という問いから始まりました。子どもの体力測定の多くは学校で行われますが、その数値の責任を学校に押し付けることは避けるべきです。まずはEBPMの前提となるデータの整備・利活用に向けて、政策が動くことが求められます。また、我々も含めた子どものスポーツに関わる全ての関係者が、「なぜ/誰の体力を向上させることが必要なのか?」を問い続け、子どもや学校が数値に振り回されない土壌をつくることも大切です。最後になりますが、3年間ご協力いただいた教育委員会・学校の皆様に、心より感謝を申し上げます。

【笹川スポーツ財団 スポーツ政策研究所 政策ディレクター 宮本 幸子


【共同事業の主な結果】

2020年度には、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、一斉休校など特殊な状況を反映した結果である点に留意が必要である。

1. 休日のスポーツや身体を動かす遊びをする時間(6年生)(報告書P19_図表1-1-19)

6年生のスポーツや身体を動かす遊びをする時間(休日)は、「まったくしない」が2018年度・11.9%2020年度・22.6%と約2倍に増加。1時間以上遊ぶ割合は、2018年度・60.9%2019年度・56.3%2020年度・48.5%と年々減少している。遊ぶ時間が少なくなる高学年の特性に加えて、新型コロナウイルスの影響もあったと推察される。

2. 体力向上のためにもっとも必要な支援(担任教員)(報告書P39_図表1-3-8

体力向上の取り組みを進めるにあたり必要な支援や環境について、調査対象児童の担任教員に3年間同じ項目でたずねた。

2020年度調査では「体育の専科教員の配置」(37.8%)が1位であった。「専科教員の配置」は2019年度も35.7%で1位、2018年度は21.3%で2位と、3回の調査でいずれも上位にあげられていた。高学年では専門的な指導の機会が増え、「可能であれば専科教員に任せたい」という考えをもつ教員が多いのではないだろうか。

2020年度調査の2位は「教材や備品の提供」(20.0%)で、3年間を通じて2割程度の教員が選択した。また、3 位には「指導計画・指導方法に関する情報の提供」(15.6%)が入り、2019年度よりも8.5ポイント多かった。

3. ソフトボール投げ測定記録の平均値(学校別)(報告書P48_図表3-1-1

図表3は、高学年(2018年度4年生→2020年度6年生)のソフトボール投げ測定記録の平均値推移を、学校別に示したものである。表を見ると、多くの学校で順調に記録を伸ばしてきた様子がうかがえる。ただし、4年生では男女それぞれ6校が全国平均を上回っているのに対して、5年生では男子2校・女子4校にとどまった。さらに6年生(2020年度)は複数の学校で5年生時からの伸びが鈍化し、男子1校・女子2校を除き、コロナ前である令和元年度の全国平均を下回る結果となった。

【図表3】ソフトボール投げ測定記録の平均値(学校別)

男子 女子
3年 4年 5年 6年 3年 4年 5年 6年
(2017年度) (2018年度) (2019年度) (2020年度) (2017年度) (2018年度) (2019年度) (2020年度)
全国 15.66 18.92 22.92 26.65 9.40 11.63 13.60 16.38
A校 17.07 20.31 22.38 25.57 9.56 12.31 13.58 15.35
B校 16.18 21.76 24.92 29.00 8.48 11.59 13.19 14.61
C校 19.07 22.38 25.31 10.57 14.04 15.33
D校 19.92 21.33 22.00 13.25 13.47 13.76
E校 16.75 18.79 22.13 12.45 12.50 14.35
F校 17.26 20.36 24.10 26.02 10.00 12.87 13.95 16.62
G校 14.35 20.40 22.41 24.20 9.25 12.48 14.04 16.08
H校 18.42 21.21 26.14 13.82 17.06 18.81
I校 15.94 17.76 19.86 11.11 12.63 13.68
J校 13.57 18.00 21.10 25.30 8.76 11.20 12.05 13.68

注1)全国平均は便宜的に、令和元年度「令和元年度体力・運動能力調査」における36年生の数値を使用した。
注2)3年生(2017年度)は当時のモデル校のみ記録をとっている。
注3)表内の 太字 は全国平均を上回っていることを示す。

■体力テストが有効な対策に結びついていない現状とその課題

子どもたちの体力・運動能力は、「スポーツテスト」(1964年~1997年)から「新体力テスト」(1998年~)へと形を変えながら、継時的に測定されている。2008年には新体力テストと質問紙調査を組み合わせた「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」が開始され、体力水準の二極化等、様々な知見が得られている。

「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」では、調査目的の1つに「地方公共団体及び学校は、それぞれの成果と課題を検証し、体育・保健体育の授業等を改善する」を掲げている。これが体力テストの本来あるべき姿と言えるだろう。スポーツ庁はこの点に関して、2期スポーツ基本計画の進捗状況において「学校等における授業の改善や子供の体力向上施策の取組の促進が図られた」と自己評価している。

しかし、SSFが実施した3年間の調査研究の結果からは、体力テストが必ずしも有効な改善策に結びついていない可能性を指摘できる。そこで明らかになった現状と課題を、3点にまとめて記したい。

3つの現状と課題】

①施策の決定プロセス

事業開始前、XY区では体力テストの複数の種目において、多くの属性(学年・性別)で全国平均・都平均を下回っており、児童の体力向上が課題として認識された。

本来子どもの体力向上は特定の運動能力に偏らず、総合的に取り組むのがよい。しかし、なかなか上がらない平均値を前に「過去にそれで結果が出てこなかった」と総括し、「授業や遊びでも取り入れやすい」「記録が伸びた、伸びないがはっきり出るので、取り組みやすい」投能力に特化し、まずは「一点突破」を目指す施策を計画した。

施策立案にあたって、体力テストの詳細な分析はなされていないが、重要なのは、平均値の向上が課題として突きつけられた現実を前に、「取り組みやすさ」「結果の見えやすさ」を重視して施策が決定された点である。

②施策の結果

区では2017年度にモデル校を指定して取り組みを開始した。翌年度からは区立の全小中学校を対象に投能力向上計画を必須とし、教員研修や民間の事業導入も積極的に実施した。結果は、全国や都の平均値と比べて「結果が出た」年度と「出なかった」年度があり、年度ごとに評価が分かれた。教育委員会のプログラムや研修、各校の取り組みは年度を重ねるごとに充実したにもかかわらず、毎年異なる平均値の在り方に悩まされることとなる。

しかし本事業で測定したソフトボール投げの記録をみると、多くの学校では児童の成長にしたがって順調に記録を伸ばしている。2020年度の6年生に関して、3年生時(2017年度からの平均値の変化をみると、各時点の記録では全国平均を下回る学校が散見されるものの、記録の伸びの観点からは多くの学校が健闘していることがわかる。

このように、学校や自治体単位で前年度より記録を伸ばしても、同年代の児童全体の水準も同様に上がるので、大幅に記録を伸ばさない限り相対的な位置を上げるのは難しいともいえる。

③支援すべき対象

一時点の平均値に焦点をあてていると、本来体力向上を後押しすべき存在を見落とすことにもつながる。本事業では、複数の学校に研修や特別授業等のプログラムを提供した。すると、測定記録が低い一部の学校では授業そのものが順調に進行せず、プログラムが効果的に実施できないことがあった。

共同研究者の原祐一氏は、「コントロールしようとすればするほど、反発する児童も多く、負の連鎖が生まれやすい」(笹川スポーツ財団2019)と振り返っている。学校によっては、生活面の指導や学力向上のほうが優先的な課題とされ、体力向上には十分な時間や資源を割くことができていない。

学校や支える地域に余裕がある場合には、様々な方法で用具を増やし、地元の人が協力した投能力向上プログラムを実施し、児童も楽しむことができる。反対の環境では、体力向上は後回しとなり、好事例の取り組みを導入しようとしても効果的ではない。本来であれば、このような学校の児童を支援する必要性が感じられる。

■提言

SSFが行った事業からは、自治体が施策を検討するにあたり必ずしも十分なデータ分析を行うことができず、毎年の平均値の推移に悩まされている実態が浮かび上がる。状況を改善する第一の解決策は、EBPMEvidence-Based Policy Making、証拠に基づく政策立案)に向けたデータ利活用の仕組みと体制を整えることであるが、仕組み化に至るまでには時間を要する。国の政策としてサポートすることが重要である一方、自治体や関係者は、今できることを検討する必要がある。そのためには、自治体による「平均値の向上」に振り回されない施策推進が重要である。

「自治体による『平均値の向上』に振り回されない施策推進」と、それを支援する国の体制構築が必要

<国の政策に対して>

自治体のデータ管理支援、 データ活用のモデルケースの 構築・展開

  • 自治体の工夫や研究者の努力のみでは、子どもの体力関連で必要なデータを取得するのに限界がある。
  • 自治体にとっての課題の1つは、外部との連携構築やデータの取り扱いなど、データ分析そのものではない、調整や各種の手続きで生じている。
  • もう1つの課題は、国の政策が本格化し、EBPMがいざ実現するとなった場合に自治体内で「誰がデータ分析を担当するのか」という点である。
矢印

自治体のデータ管理をサポートまたはコーディネートする体制が不可欠と考える。そして、国ではスポーツ庁のみならず各省庁と連携してこの先のガイドラインを検討するとともに、専門人材の育成・外部との連携等によって子どもの体力・スポーツの面でデータ活用に成功している自治体のモデルケースを増やしていくことが求められる。

<自治体の施策に対して>

「平均値の向上」に振り回されない施策推進、条件の厳しい学校への重点的な支援

  • 施策推進の大前提として、体力テストの平均値は、目標ではなく指標として扱うことが必要である。
  • 十分なデータ分析ができない環境でも、「平均値+α」(記録・得点の分布や伸び)のデータから冷静かつ多角的に施策を検討することが重要である。
  • 体力向上を課題にするとき、体育やスポーツの関係者は、プログラム・教材や指導方法の工夫に焦点をあてることが多い。しかし条件の厳しい学校に入ると、運動・スポーツ以前の様々な課題解決のために教員や関係者が奔走している。そしてそのような学校こそが、体力面でも課題を抱えていることが多い。
矢印

まず重要なのは、自治体が施策の目標を「平均値の引き上げ」に置かないこと。自治体として「何のために」施策を打つのかを明確にしたうえで、具体的な手立てを検討するべき。また、条件の厳しい学校への重点的な支援も必要。現状の施策がそのような学校にとって有効なのか否か、その検証のためにも国によるデータの整備は不可欠となる。

<国の政策/自治体の施策/学校/メディアに対して>

数値評価が伝えるメッセージへの意識

  • 毎年のように「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の結果が大きく報道され、自治体ごとの数値も公表されている。本事業を通して、これらの数値に非常に敏感になっている関係者も見受けられた。
  • また、調査では複数の学校で、体力テストを何度も経験してきた高学年も含めて、事前準備に多くの時間が費やされていた。体力テストの数値ばかりが独り歩きすると、測定の練習のために貴重な授業時間を割いてしまうという現象が起こりかねない。
  • 体力テストの対策に特化すると、数値の引き上げが目的になる。子どもの体力を向上させることの本当の目的はどこにあるのか、見失ってはいけない。EBPM の重要性を認識しつつ、自治体や、その先にいる学校・子どもたちが数値での評価をどのようなメッセージとして受け止めるのか、政策・施策に関わる者は意識する必要があるのではないか。
矢印

数値での評価が進むほど、苦手な児童はますます体育やスポーツを楽しめなくなる可能性がある。平均値をあげることよりも上位に「スポーツを楽しむ」ことを見据え、生涯の豊かなスポーツライフにつなげていくことが必要と考える。数値評価が伝えるメッセージを意識し、子どもたちが体を動かすことやスポーツの楽しさを自ら見出す余地のある「体力向上」施策が重要である。

児童の投能力向上をめぐる考え方(報告書p98)

児童の投能力向上をめぐる考え方(報告書p98)

テーマ

政策提言

キーワード
年度

2021年度

担当研究者