2026年2月10日
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2026年2月10日

近年、さまざまな場面で「ウェルビーイング」という言葉が聞かれるようになった。私たちが幸福な人生を生き抜くために「健康でいること」の価値や重要性が見直されているせいであろう。人生100年時代を提唱したリンダ・グラットン氏は著書1)の中で、これからの社会では従来の「教育・仕事・引退」の3ステージで区切られた人生設計は通用しなくなり、人生をより細分化した、学習と仕事、休息を繰り返すマルチステージ化したものにし、一生涯にわたって学び、働き方を変えながら常に自分らしく活き活きと生きる方法を模索、設計し直しながら生きる必要があると述べている。
今や若々しく「健康でいること」は単に状態や目的といった概念にとどまらず、「ウェルビーイング」(幸福)な人生を送るための必要不可欠で具体的かつ明確な要素であり、多くの人が経済性や生産性の向上を目的として身に付けている各種の知識や能力と同様に時間やお金を費やして獲得し、維持すべき資産とみなすことができよう。そうした中、スポーツの役割は多様化・多元化が進むとともに重要性が増し、人が100年という生涯を幸福に生き抜くために不可欠な手段のひとつになると考えられる。
スポーツと健康との関わりについては、これまで多くの研究がなされている。身体活動量が多い人や運動・スポーツをよく行っている人は、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病、肥満、骨粗鬆症、結腸がんなどの罹患率や死亡率が低く2)、また精神的にも運動・スポーツを行うことでストレスが軽減し、メンタルヘルスや生活の質の改善に効果をもたらすことが認められている3)。またスポーツは「社会を学ぶ場」でもあり、プレーを通してコミュニケーション力、協働する力、判断力、さらにはミスや失敗から学ぶ自己調整力などの社会心理的側面に及ぼす効果が大きいことも明らかにされている4,5)。
本稿では、笹川スポーツ財団が全国18歳以上の男女3,000名を対象に実施する「スポーツライフに関する調査」のデータからスポーツと心の健康度との関連および性差について分析を行った。今回の分析では、2024年調査から①「運動不足感」②「主観的健康感」③「ネガティブ感情」(K6)の3項目を使用した。
①あなたは、自分が運動不足だと感じますか?
選択肢 1: とても感じる 2: 少し感じる 3: あまり感じない 4: まったく感じない
②あなたは、現在健康であると思いますか?
選択肢 1: 非常に健康だと思う 2: 健康な方だと思う 3: あまり健康ではない 4: 健康ではない
③次の1)~6)の質問について、過去1か月の間はどのようであったか、6つの項目のそれぞれのあてはまる番号に〇をつけてください。
1)神経過敏に感じましたか
2)絶望的だと感じましたか
3)そわそわ、落ち着かなく感じましたか
4)気分が沈み込んで、何が起こっても気分が晴れないように感じましたか
5)何をするのも骨折りだと感じましたか
6)自分は価値のない人間だと感じましたか
選択肢 1: いつも 2: たいてい 3: ときどき 4: 少しだけ 5: まったくない
一般に、主観的健康感の高い人は疾病の有無にかかわらず生存率が高い傾向にある。また高齢者などでは主観的健康感が高い人ほど生活満足度も高いといわれている6)。K6は、米国のKesslerらによって開発されたうつ病・不安障害などの精神疾患のスクリーニングを目的としたもので、最近の国内調査では年齢の若いほど要注意者の割合が多いことが知られている7)。分析に際して、運動不足感については選択肢1と2を運動不足感あり、回答3と4を運動不足感なしの2群とした。両項目ともに得点が高い方が良好な状態を示すよう得点化して解析に使用した。
今回の分析では、主観的健康感の得点には男女間に有意な差はみられなかった(t(2979)= 0.637, p = .524)。一方、ネガティブ感情には男女間に有意な差が認められ(t(2964)= 2.201, p = .012)、男性が女性よりもネガティブ感情得点が低かった。また、運動不足感を感じている人は女性のほうが男性より多かった(t(2993)= 6.611, p < .001)。一般に運動不足は健康によくないといわれるように、主観的健康感、ネガティブ感情ともに運動不足を感じていない人のほうが感じている人よりも低かった(主観的健康感;t(2976)= 13.227, p < .001,ネガティブ感情;t(2962)= 10.298, p < .001)。
以上の結果を踏まえ、運動不足感の有無による主観的健康感との関連に男女差はあるのだろうか。
図1 主観的健康における運動不足感と性別の関連
図1に示したように、運動不足感がない人では男性のほうが女性より主観的健康感は高く、運動不足感がある人では男性のほうが女性より主観的健康感は低かった(F(1,2974)=6.283,p=.012)。こうした結果を一般に「交互作用がある」と表現するが、運動不足感は女性に比べて男性の主観的健康感により影響を与える可能性が示唆された。
ネガティブ感情については、運動不足感の有無と性別による交互作用は認められなかった。男女による有意な差はないものの、運動不足感の有無で比べると、運動不足感がある人のほうがない人よりネガティブ感情得点も高かった(F(1,2960)=68.574,p< .001)。
これらの結果から、少しでも運動・スポーツを生活に取り入れることで心の健康への好影響が期待される。一方で、運動不足感は女性に比べて男性の主観的健康感により大きな影響を与える可能性がある。先行研究では、運動不足感の有無が実際の運動量に反映され、特に運動頻度に大きく左右されることが報告されている8)。また運動習慣者の割合は年代にかかわらず男性のほうが女性より多い傾向にあるが、これはテストステロン(男性ホルモン)の分泌が女性より盛んなため、それが筋肉量や代謝に影響を与え、結果としてより活動的になるためと考えられる9)。今回の分析結果である主観的健康感についても運動不足感がない、つまり普段から運動する頻度が高いと思われる人のほうが男性ホルモンの分泌が高く、それが主観的健康感を高めることに繋がるのかもしれない。また運動はさまざまな脳内神経伝達物質(セロトニン、ドーパミン、エンドルフィンなど)の分泌を促し、非意識下で機能する神経機構のバランスを改善させる10)ため、それらが総合的に働くことで主観的健康感が高まるものと考えられる。ただし、運動の健康効果における性差については、昨年アメリカの研究者たちが女性のほうが男性より少ない運動量で同等もしくはそれ以上に健康上のメリット(早期死亡や致死的な心血管イベントのリスク低下など)が得られる可能性があることを報告している11)。
今回取り上げた運動不足感は、そもそも動物である我々人間の身体が本来もっている「動きたい」という欲求が満たされていないという身体からの声(信号・サイン)ということができる。そして本来の健康づくりの根源また基本は、そうした内なる声と素直に向き合い、行動する事にほかならない。前述したように、今や人生は100年時代を迎えようとしている。その中で重要性を増しているのが、正に一人ひとりが若々しく「健康でいること」であり、求められているのが個人はもとよりそれを取り巻く社会そして環境がそこで生活しているだけで自然に健康になる、また常にそのように変化できる力を持っていることである。その意味でスポーツは身体、精神そして社会的存在としての人が本来もっている欲求を満たし、健やかさを手に入れるための潜在的マルチパワーを有した文化12)といえる。とはいえ、そのやり方や取り組み方を間違えると目的としている健やかさが手に入らないばかりか、それを損なう可能性すらある「両刃の剣」である。今こそスポーツに関わるすべての人が、日々の生活を通して新たなスポーツ文化の創造と向き合い、身近なところから自身や大切な人たちの特性に合わせた健全なあり方、そして健康的なライフスタイルを確立する時なのである。
1) リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著(池村千秋訳).(2016)「ライフ・シフト-100年時代の人生戦略-」, 東洋経済新聞社
2) 田畑泉.(2006) 身体活動の増加は健康増進にどこまで貢献できるか-そのエビデンス-、学術の動向 2006.5 14-19.
3) 小田切優子.(2010)運動・身体活動と公衆衛生(21)「運動・身体活動とストレス・メンタルヘルス」, 日本公衆衛生学会誌 Vol.57, No.1, 50-54.
4) 令和5年度Sport in Life 推進プロジェクト.(2025)スポーツが健康にもたらす効果等のエビデンスに関する調査研究, スポーツ庁.(https://www.mext.go.jp/sports/content/250630-spt_kensport01-000013744_03.pdf )
5) (公)日本体育協会 スポーツ医・科学専門委員会.(2014)社会心理的側面の効果を意図した運動・スポーツ遊びプログラムの開発及び普及・啓発-第一報-, 平成25年度 日本体育協会スポーツ医・科学研究報告Ⅱ, (公)日本体育協会.
6) 岡戸順一, 星 旦二, 長谷川明弘, 高林幸二, 渡部月子, 藤原佳典.(2000)主観的健康感の医学的意義と健康支援活動,総合都市研究 No.73, 125-133.
7) 株式会社マーケティング・コミュニケーションズ.(2024)「令和5年度男女の健康意識に関する調査報告書, 内閣府男女共同参画局.
8) 王旭.(2022)運動不足感と健康・体力指標との関連-大学新入生を対象とした検討-.Nagoya J. Health, Physical Fitness, Sports Vol.45, No.1, 119-120.
9) 竹崎一真(2024) テストステロンの科学はどこへ向かうのか?-スポーツと「男性的な物質」の社会学-、スポーツ社会学研究 Vol.32, No.2, 23-38.
10) 北一郎, 大塚友美,西島 壮.(2010)うつ・不安にかかわる脳内神経活動と運動による抗うつ・抗不安効果, スポーツ心理学研究 Vol.37, No.2, 133-140.
11) Hongwei Ji, Martha Gulati, Tzu Yu Huang, Alan C. Kwan, David Ouyang, Joseph E. Ebinger, Kaitlin Casaletto, Kerrie L. Moreau, Hicham Skali, Susan Cheng. (2024)Sex Differences in Association of Physical Activity With All-Cause and Cardiovascular Mortality. Journal of American College of Cardiology Vol.83, No.8, 783-793.
12) 松下宗洋.(2021) 健康づくりにおけるスポーツの役割, 日本健康教育学会誌 Vol.29, No.3, 243-244.
水野哲也 Tetsuya Mizuno, Ph.D.
東京科学大学、大学院医歯学総合研究科、非常勤講師最新の調査をはじめ、過去のスポーツライフ・データのローデータ(クロス集計結果を含む)を提供しています。
活用例
スポーツライフ・データ
2025年度