スポーツ庁の設置から10年が経過し、スポーツ基本法がはじめて大幅に改正された2025年は、スポーツ界にとって節目の年となった。競技力向上を中心としてきたスポーツ政策は、地域活性化や健康増進、共生社会の実現へとその対象領域を広げている。
しかし、スポーツの役割が多様化しても、直ちに社会的価値の創出に結びつくわけではない。現場での取り組みが積み重ねられる一方で、少子高齢化や地域格差といった構造的課題は依然として残されている。本座談会では、改正スポーツ基本法を手がかりに、スポーツが社会に対して担うべき責任と、その実効性をいかに確保するのかを議論する。
右から朝日 健太郎氏(参議院議員)、河合 純一氏(スポーツ庁長官)、渡邉一利(笹川スポーツ財団 理事長)
スポーツ庁設置10年
渡邉 スポーツ庁が設置され10年が経過しましたが、どのような変化をお感じになりますか。
河合 障害者スポーツの所掌が厚生労働省から文部科学省に移管した翌年、2015年にスポーツ庁が発足しました。それまでスポーツ行政は複数の省庁に分散されていましたが、一元化され省庁間で連携できるようになったことは大きな変化です。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)が、「オリパラ一体」という掛け声のもとに成功したこともスポーツ庁にとって大きな意味があったと思います。「東京2020大会の成功はパラリンピックの成功なくしてあり得ない」と安倍晋三総理(当時)、小池百合子都知事も含めてみなさまが異口同音に発言してくださり、パラリンピックが障害者のスポーツであるとの理解と認知が広まりました。オリパラ一体の象徴として、2019年には味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)屋内トレーニングセンター・イーストが完成しました。スポーツ庁の創設で大いに影響と恩恵を受けたのはパラリンピックではないかと思っています。また近年、「スポーツ庁の職員になりたい」という若手人材が、文部科学省に入省してくるケースが増えてきたことも副次的な効果として見逃せません。これまで国がスポーツをささえる意義がみえにくかったところにスポーツ庁ができ、国家公務員として将来スポーツ行政をささえたいと考え、希望する人材の受け皿となった。今、スポーツ庁には意欲的な若手職員が大勢います。その事実をもっと世間に伝える必要性を感じています。
朝日 私の初当選は2016年で、国会議員として活動が始まったとき、スポーツ政策を一番の関心事項として取り組もうと考えていました。そこではすでに国会議員がスポーツ政策を活発に議論しており、そのことに大きな驚きを覚えました。安倍内閣(当時)は日本の成長戦略にスポーツの産業化を掲げ、スポーツ市場規模15兆円というとても高い目標を閣議決定しました。また、東京2020大会の開催が決定していましたので、二重三重にスポーツ政策の勢いを目の当たりにしました。さらに、東京2020大会の成功、スポーツ庁設置10年と、スポーツというものの位置づけが日本の社会で大きく飛躍し、好転した10年だったと感じています。2020年に国土交通大臣政務官を務めた際は、スポーツとも深く関わるインフラの整備において、ユニバーサルデザインといわれる障害者にやさしい建築基準、まちづくりといった要素が自然と組み込まれ、変化していったことを実感しました。スポーツの力が社会に効果をもたらしたと捉えています。
渡邉 競技団体への影響はいかがでしょうか。

河合 純一氏(スポーツ庁長官)
河合 パラスポーツ競技団体では、ナショナルコーチ等設置のため、コーチ等設置事業が導入され、東京2020大会後にはハイパフォーマンスディレクターという各競技における強化担当責任者も配置されました。しっかりとした強化体制が組めるようになったことは大きなポイントだと考えています。NTCができてオリパラのアスリートによる交流が進んだ点も好影響といえるでしょう。それが象徴的に表れたのがパリ2024大会後に開催された、TEAM JAPAN応援感謝イベントでのパレードでした。日本橋付近を選手が歩いた際、オリンピック競技の選手が視覚障害の選手に自然と肩を貸しました。また少しスロープの勾配がきつい場所では、当たり前のように車いすを押しました。日ごろからNTCで顔を合わせる機会が増えたことが、このような行動につながったのではないでしょうか。これこそが共生社会の姿を映し出していたと感じています。
朝日 まずは相談相手が明確になりました。競技団体によっては強化が実り世界でも活躍できる競技がある一方、資金集めや強化、普及がなかなか進まない競技団体もあります。そうした中、スポーツ庁ができたことで多様な情報共有が可能になりました。コミュニケーションが円滑に進み、競技団体の組織力が上がり、それに伴い選手たちの競技力も上がってきたように思います。加えて、スポーツ庁を通じて競技団体間の連携が密に取れるようになったことも、普及活動などに好影響を与えました。近年、デジタル技術などの急速な発展により、情報のスピードや価値が高まりました。このような情報化社会において、競技団体単体での強化や普及活動には限界があると思います。スポーツ振興の中心的存在であるスポーツ庁があることで、正確かつ迅速な情報収集が可能となり競技団体のプラスになる構造ができたのではないでしょうか。今後さらなる広がりに期待しています。
渡邉 地域スポーツにも新たな展開がみられます。
河合 現在、各自治体に取り組んでいただいている部活動の地域展開において、総合型地域スポーツクラブが大きな受け皿になっていると捉えています。(公財)日本スポーツ協会(JSPO)において、総合型地域スポーツクラブの登録・認証制度も始まり、信頼性を担保して子どもたちの安全・安心なスポーツ環境を整えていただいています。地域スポーツコミッションも増え、大会や合宿の誘致などが活発に行われている事例もあります。少子化や口減少という社会課題の中で、地域スポーツの推進は、合理化する部分は進めつつも、同時にスポーツの価値を最大化できるような取り組みもつくっていく以外ないと思っています。また、スポーツ庁では、スポーツと文化、観光との融合も進めています。地域にこそ可能性があるはずです。全国の自治体からスポーツ庁に出向し活躍する職員がいますので、各自治体と連携し地方を盛り上げることができれば、さらにスポーツの魅力や価値を理解いただけると考えています。
スポーツ基本法の改正
渡邉 2025年6月にスポーツ基本法が改正されました。改正の背景や改正に込めた思いなどを教えていただけますか。

朝日 健太郎氏(参議院議員)
朝日 スポーツ基本法が改正されたことで、スポーツの法律がいよいよ一段上がった印象をもっています。内容としては、スポーツが社会の中で果たす役割がより明確化されました。これはスポーツによる地域の活性化であり、産業化であり、また人びとの健康増進であり、これらを包括したウェルビーイングです。スポーツを通じて多種多様な価値観を得られることが社会の中で認められた結果により今回の法改正にいたりました。今後はこの改正スポーツ基本法(以下、改正基本法)に記されたスポーツの役割や価値を、どう具現化していくのかが重要になります。議論が始まった第4期スポーツ基本計画の充実というものが、これからの5年、10年において大きな意味を帯びてくるはずですので、関わる方々と協力し、良い形に仕上げてもらいたいと考えています。
河合 この1~2年、まさに基本法改正の機運が高まっていました。私は当時、(公財)日本パラスポーツ協会の常務理事であり、日本パラリンピック委員会委員長として、また、(一財)日本スポーツ政策推進機構にも関わっていましたので、そういった立場から多くの意見を出させていただきました。大きなところとしては、人種、性別、年齢、障害の有無を超えて誰もがスポーツに親しめることです。主張してきた内容が反映されましたので、共生社会を実現していく上で転換点になるだろうと認識しています。そして今度は第4期スポーツ基本計画をつくる立場になりました。スポーツ庁が所掌する分野の認知や理解が広がり、ヒアリングをさせていただく相手先も増えました。多様なご意見を聞ける一方で、それらを国として網羅的に施策へ取り組むのか、あるいは5年という限られた期間に集中的に取り組むことが求められるのか。こういった点を見極めながら策定していくことが重要だと考えています。

渡邉一利(笹川スポーツ財団 理事長)
渡邉 改正基本法はインテグリティの確保に関しても明記しています。アスリートへの誹謗中傷、ハラスメント、ドーピング問題などの課題にどう取り組んでいかれますか。
朝日 これまでスポーツの価値の議論には、スポーツにはフェアプレーや高潔性があるというのが前提でした。しかし、スポーツを通じて傷つく人が出てきてしまった。このような被害から選手や関係者を守っていく意志も今回の改正には込められています。スポーツに限らず、誹謗中傷といった人格を攻撃するようなことは社会的に許されません。これがオンライン上で氾濫している状況を規制していく。スポーツに限らず、今、社会で起こっている不穏な動きに対して規制をかけることは非常に有効だと考えています。こうした中で、選手たちのリテラシーは向上しています。ただ、私が少し懸念しているのは、選手たちが過度に慎重になりすぎている点です。選手は一生懸命プレーして競技に向き合いながら、自分たちのパフォーマンスを追い求めています。その裏側で、SNSなど自身への誹謗中傷に対して不安や危機感を感じています。選手のメンタル面、過度な負荷がかからないようにするサポートも求められます。
渡邉 誹謗中傷やハラスメントに対する意識を全国的に浸透させるためには、どのような方法が必要でしょうか。
河合 ひとつはメディア等を通じて伝えていくことだと思っています。具体的な対策の一例としては、映画館で誹謗中傷をなくすための啓発映像を流しています。さらに、誹謗中傷は駄目だよねという発信だけでなく、アスリートたちが求めているのは本当の意味での応援である、ということを伝えたいです。応援というカルチャー、人を後押しすることは特別ですばらしいと啓発していかなくてはいけません。もうひとつは当事者と直接コミュニケーションを取っていくことです。私は長官に就任し、(公財)日本中学校体育連盟、(公財)全国高等学校体育連盟、(一社)大学スポーツ協会(UNIVAS)の会長に直接お目にかかりました。現在でも、スポーツ界において指導者によるハラスメントなどの問題がたびたびニュース報道で取り上げられます。これでは世間からスポーツ界は何も変わっていないと受け止められかねません。併せて、中央競技団体にはガバナンスコードが適用されチェック体制も機能していますが、地方では各競技団体が把握する仕組みが必要です。自治体への波及は不足している可能性があり、課題感をもっています。現状のスポーツ界を変えていくためには、子どもたちの競技を統括する立場の方々が責任と覚悟をもって、強いメッセージを社会に出していかないとスポーツを守れないと、私は考えています。その点を共有したく、直接意見交換を行いました。今後もコミュニケーションを取り続け、ご理解いただけるように努力していきたいと思います。
渡邉 改正基本法には「する」「みる」「ささえる」に「あつまる」「つながる」が加わりました。これまで「みる」「ささえる」への施策がどうしても薄くなってしまうところがあったと思いますが、現状をどうお考えでしょうか。
河合 障害のある方々の「みる」体験機会が徐々に増えてきています。サッカーの試合を視察した際、障害のある方々も一緒に観戦できるプログラムがありました。車いすの方がピッチサイドで選手のウォーミングアップを目の前でみながら試合を観戦し、一緒に入場してセレモニーで国歌も歌いました。Bリーグの試合では、企業の基金を活用し、障害のある方々の観戦体験の実証実験に取り組んでいました。具体的には、聴覚障害の方には、音の大きさに応じてバイブレーションで知らせるもので、ドリブルの音やゴールしたときの歓声で振動するような仕組みです。視覚障害者用には音声の説明に加え、マグネットボードのような盤上で碁石に似たボールが動くツールがありました。選手がドリブルをしてゴールを決めると、その碁石に触れていればわかるようになっている。そこに音声を聞き合わせることで試合展開を理解できる。このような開発を強化する企業をスポーツ庁としても後押ししていきたいと思っています。さまざまなスポーツDXの発展は、人工知能(AI)等の活用を加速させ「みる」「ささえる」においてもイノベーションを起こすのではないでしょうか。多くの方の知見を交えながら、新しい時代のスポーツ観戦やスポーツのありかたをつくっていく必要性を感じています。
朝日 「あつまる」「つながる」が加わったことの意味は非常に大きいと思います。スポーツに関わる方が、自覚していなかったとしてもスポーツを通じてコミュニケーションや交流を生み、それが他者の活力になり居場所になる可能性があります。目に見えない形で地域コミュニティの形成にスポーツが貢献する、そういった観点でこれからの地域スポーツを設計していく段階にきたのかもしれません。
気候変動への対応や女性のスポーツ参加
渡邉 スポーツがどのように社会課題を解決するのか。気候変動への対応をお聞かせください。
朝日 環境政策のひとつのキーワードに「適応と緩和」という言葉があります。気候変動の原因にアプローチする緩和、一定程度の気候変動から被害を経験させる適応。この考え方には、スポーツも学ぶべきことがあるように思います。気候変動への対応は、特に日本の場合は熱中症対策が重要です。これは高温へ適応するというよりも、スポーツに関わる人たちの健康をどう守っていくかに主眼を置くべきだと考えています。やはりスポーツを通じて健康を害するようなことがあってはいけませんから、指導者はもちろん、選手のみなさまにもご理解いただける働きかけが必要になります。環境問題は温室効果ガスもそうですし、マイクロプラスチックの海への流出など、環境負荷というものが今後さらに増加すると予想されます。スポーツ界がそれを食い止めるということではなく、環境問題の本質というものをスポーツを通じて地域のみなさまに知っていただく、感じていただくことが大切になるでしょう。たとえばビーチバレーの国内大会では、燃料電池自動車や電気自動車を電源として利用し、大会の音響や運営に関わる電力をクリーンエネルギーで賄う取り組みがあります。ほかに、選手たちはペットボトルを一切使わずマイボトルで試合に臨む、会場へのペットボトル持ち込み禁止、持ち帰っていただきゴミを軽減するなど、環境に配慮した運営も行っています。わかりやすいメッセージを発信することが重要で、これらの取り組みは協賛企業からも好評をいただきました。環境に配慮したスポーツ大会の運営に関してアイデアが多く出てきていますので、スポーツ庁や環境省のサポートも得て、省庁を超えて環境問題に取り組んでいくべきではないでしょうか。
渡邉 女性のスポーツ参加に目を向けると、女性のスポーツ実施率が男性よりも低い状態が続いています。

河合 純一氏(左)、朝日 健太郎氏(右)
河合 女性のスポーツ参加の現状については、正直なところ明確にわかっていないことも多く、当事者を含めた他分野の方にお話をお聞きしようと思っています。たとえば、大学の講義でヨガやピラティスの人気が高いと聞きました。そのようなニーズがあるのであれば、中高生でもヨガなどの授業を用意してみる。また、体操服が児童・生徒に不人気だという話も聞きます。もしそうであれば、アパレル企業とコラボして学生が好むようなデザインにしてみる。このようなことができれば実施率向上につながるかもしれません。また、実は文化部系の生徒たちにとっても身体動作は大切ですよね。演奏をする際には腹筋や肺活量が重要でしょうし、正しい姿勢を維持するには体の使い方が大事です。こういったことにスポーツ科学が役立てるのではないか。演奏本番の舞台に立つ心理面などもアスリートと共通するかもしれません。そのようなベースがあった上で、働く世代の女性、子育てをする女性の対策にも結びつくのではないかと思っています。
朝日 女性スポーツの黎明期というのは、私の認識では東京1964大会で話題となった、バレーボール日本女子代表の快進撃、「東洋の魔女」だと思っています。これを契機にママさんバレーが一気に全国に普及したことは画期的でした。日本社会のありかた、働きかた、住まいも含めて生活のありかたが問われる中で、仕事以外の時間の過ごしかたが多様化しています。そうした状況でスポーツをどう選んでいただくのか。スポーツに価値を見出してもらう必要があります。われわれはスポーツの良さ、魅力を前面に伝えがちです。女性のスポーツ実施率の低さという課題は事実としてありますが、多様な社会環境の中でいかにウェルビーイングを高めていくかが大事だと考えています。少子化や女性の社会進出など、社会が変化する今、子育て支援の議論は多くされています。伴走型で母子を支援する取り組みは、これからも進んでいくと思いますが、その中に身体を動かす重要さ、ウェルビーイングの観点なども織り交ぜることで、社会の共感を得られるかもしれません。
スポーツがもたらす共生社会への視点
渡邉 2025年は、東京2025世界陸上競技選手権大会、第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025が開催されました。国際スポーツイベントを開催する意義についてはどのようにお考えでしょうか。
河合 東京世界陸上、東京デフリンピックでは、直接スタジアムや競技場で観戦するすばらしさを多くの方が感じたのではないでしょうか。同時に、ボランティアなどで関わる醍醐味もあったと思います。また、東京2020大会がそうであったように、スポーツイベントの開催はレガシーとして残ります。神戸で2024年に開催された世界パラ陸上競技選手権大会を視察しました。行政関係者の中に、1989年に開催されたフェスピックというアジアパラ競技大会の前身となる障害者スポーツの総合大会を観戦した方がおり、世界パラ陸上に携わり大きな喜びを体感していました。別の自治体では、中学生時代にボランティアとして運営サポートをした全国障害者スポーツ大会がきっかけで、パラスポーツ指導員になった方とも出会いました。レガシーというと、競技場がバリアフリーになったことなどに目が行きがちですが、まさに関わった人、観戦した人やボランティアでささえた人そのものがレガシーとして育っていくことが大事なのです。関わった人がみずからの体験、感動したことを伝えていけば、開催した意義や価値は大きなものになると思います。
渡邉 海外にルーツがあるアスリート、障害をもつアスリートの挑戦する姿から、共生社会の実現に向けて私たちは何を学び、行動すべきでしょうか。
朝日 今、日本は外国人との共生が社会的に注目されています。問題はひとつひとつ解決していくしかないと思いますが、共生の理解促進、多文化共生を国内で広げていく、共感していただく、理解していただく手段には、スポーツはとても効果的なのではないでしょうか。たとえば代表的なのはラグビー日本代表です。複数の国籍の選手たちが桜のジャージを着て活躍する姿は多くの国民に認知されています。日本のプロスポーツでも外国籍選手が大いに活躍し、受け入れられています。共生において、こういったことは出発点、ヒントになると思っています。やはり国籍に関係なく、同じ方向を向いて同じ努力をしている姿が国境を越えて共感されるはずです。
河合 インクルーシブなスポーツ界とは何か、今の日本のスポーツ界はインクルーシブなのか、という問いをもつことは重要な視点になるだろうと思います。では、競技団体やスポーツ推進団体にこういった意識をどう浸透させていくのか。たとえば個々に活動するオリパラの競技団体を統合するという考えがあります。現在、日本国内ではローイング(ボート)、テコンドー、トライアスロン、セーリング、アーチェリーの5団体でオリパラの統合が進んでいますが、国際競技団体ですと11団体ほどあったと記憶しています。このような違いをどう捉えて参考にしていくのかが、インクルーシブなスポーツ界に近づくと感じています。指導者の交流、人を連携させていくことで融合が進むのではと考えています。また、事務局の組織的な統合もあります。もうひとつは大会やイベントを共同で行う。この3パターンぐらいで統合が加速するかもしれません。すでに諸外国ではこうした事例があります。
朝日 オリパラの競技団体が一緒になるような人事交流や大会の開催、さまざまなトライアルがあると思います。ここをしっかりサポートしていく基盤づくりを実現することが重要だと感じます。そして将来、気づいたときにはインクルーシブな競技団体の姿がスタンダードになっている、川上からしっかりと支援する、そんな体制づくりを政策的に実行したいと思います。
河合 共生という視点で教育に目を向けますと、現在議論されている第4期スポーツ基本計画と並行して学習指導要領も改訂作業が進んでいます。中央教育審議会では体育・保健体育の大きな方向性として、子どもたちのその個性や特性を踏まえた授業づくりという議論があります。これは特別支援といった障害児教育の考え方に近いと感じています。体育・保健体育がこれからどうなるのか。運動能力が高い児童が優れ、価値があるという評価が妥当なのか。スポーツを継続し自分がチャレンジしたことにより成長できた児童の姿勢、可能性を評価するのか。今、変化しているところかもしれません。子どもたちには、身体を動かすことは好き嫌いではなく、日常の中にあり生涯続いていくものであると伝え、実現する必要があると考えています。
スポーツと地方創生
渡邉 少子高齢化で人口減少していく中で、どの分野も人材が不足しています。スポーツを推進する人材をどのように確保し、育成していけるでしょうか。
河合 日本の大学には、体育学部、スポーツ系学部が多くあります。しかし、学生が望むスポーツ関連企業などに就職できているかというと、一般企業に勤める学生が多いのが実情だと思います。そのため、受け皿づくりをどのように示していくのかは、喫緊の課題と捉えています。また、アスリートのキャリアの問題になると、デュアルキャリア、セカンドキャリア、キャリアトランジションという話になりますが、一番重要なのはアスリートのウェルビーイングです。ウェルビーイングにキャリアが含まれているという大きな概念で取り組む時期になっているともいえるかもしれません。高校、大学まで部活動やスポーツに関わったアスリートの中には、企業の最前線でキャリアを積み、成果を上げてきた方々もいます。そういう方々はなぜそこまで行けたのか。しっかりと検証し、可視化して、現場のアスリートに伝えていく必要があると感じています。
渡邉 スポーツDX分野におけるICTの活用、多様なスポーツ機会の拡大という視点もあります。eスポーツは、高齢者の健康増進などに寄与できる可能性があるのではないでしょうか。
朝日 従来であればスポーツは、フィジカル(身体的)のものであるという大前提がありましたが、eスポーツやICTなどテクノロジーの進展によって、必ずしもフィジカルを必要としない領域もスポーツだという認識が広がりました。国際オリンピック委員会が認めるようなeスポーツにおける競技スポーツの領域と、テクノロジーを活用したマインドスポーツなどもありますが、テクノロジーを活用したスポーツがしっかり社会の中で実装されていくと、もしかすると少子高齢化や過疎化といった社会課題の解決につながる可能性があります。eスポーツを入口とした高齢者の支援なども徐々に始まっていますので、これをさらに地域に広げていくことが大事だと考えています。
渡邉 健康増進の観点で、社会保障費の上昇を抑制するにはスポーツの役割は重要です。
朝日 スポーツの果たすべき役割において医療費の削減、健康増進に関する議論はよくされています。当然、それを実現していかなければならないと思っていますが、その鍵となるのがいよいよ議論が始まるパーソナルヘルスレコードかもしれません。個人の健康・医療・介護などの情報を本人が一元的に管理し、スポーツを基盤にデータを蓄積して活用していく。この仕組みを社会実装していくことが大事になってきます。子どもたちの体力測定のデータをもとに、いろいろなサービスが開発され、管理されています。こうしたデータを、学校を卒業した後も使用していこうという取り組みが始まろうとしています。データには病歴が追加されても、普段服用している薬のデータが付与されてもよい。マイナンバーカードにこうした健康データを追加し、活用していくことができれば、医療費を下げる鍵になるのではないかと考えています。
渡邉 部活動の地域展開は、地域スポーツの転換点となります。
河合 部活動の地域展開については、昨年末に新しい総合的なガイドライン(https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop04/list/1405720_00025.htm)を示しました。また、2025年度の補正予算および2026年度予算案において、対前年度比で倍増以上となる合計139億円を計上し、新たな補助金を創設する予定です。自治体には、それぞれの状況に応じた改革のありかたを検討し、チャレンジしていただければと思っています。私自身、2025年度の夏ごろまで、「地域スポーツ・文化芸術創造と部活動改革に関する実行会議」の委員として参加していました。そのとき感じたのは二極化です。この機会をチャンスと捉え、地域のスポーツ環境整備に結びつけようと考えている首長、財源とルールなどを国が決定してほしいという首長、この二極化の実態を目の当たりにしました。前者の自治体は現在示している枠組みやルール、予算の支援などで成り立ちます。しかし、そうでない自治体とどう取り組むか。われわれも相談窓口の設置やアドバイザー派遣などの伴走型支援を考えているところです。2025年度も670自治体で実証事業を実施していますので、ロールモデルになりうる自治体も出てきています。そのようなモデル自治体の取り組みを、ほかの自治体でも参考にすることが大切になってくるのではないでしょうか。
渡邉 当財団が実施したスポーツ振興に関する自治体調査では、スポーツ庁として2026年度から推進される平日の地域展開をどうするのか、方針を示してほしいという意見もありました。
河合 平日の地域展開についてはできる自治体から実行していただく、というのが大きな方向性になります。当初は部活動の「地域移行」という名称でした。この言葉によって、学校は子どもたちのスポーツ活動等に関わらなくなると捉えられてしまった可能性がありますが、まったくそうではないと思っています。たとえば、学校施設は地域におけるスポーツ資源として大きな価値があるわけで、だからこそ活用できると思います。また、希望する先生方には兼職兼業により地域クラブ活動の指導等にあたっていただいて、先生方のこれまでのノウハウも生かすことが大切です。私は、「地域とともに共創するスポーツ環境の充実」がテーマだと考えています。部活動が置かれている危機を逆にチャンスと捉え、地域の多様な関係者が一丸となって地域スポーツ環境を再構築することが、伝えるべきメッセージと受け止めています。
朝日 部活動の地域展開は、地域性がそれぞれ出てこざるを得ないだろうと思います。国が一定程度、ガイドラインを示すのは必要ですし理解しますが、地域事情がそれぞれありますので、今まで学校の中で完結していた部活動のモデルから一歩外に出てつくっていくことが大切だと思います。各自治体でスタート時に負荷がかかっているように感じますが、ここを乗り越えた先に、地域で誰でもアクセスできるようなスポーツ環境を構築できるのではないでしょうか。