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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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セミナー「子供のスポーツ」

スポーツツーリズム・ムーブメントは既に創出されている

〜2023年度公開プロセスに見る、スポーツによる地域活性化の誤謬〜

熊谷 哲(SSF 上席特別研究員)

1.2023年度公開プロセスの実施

恒例となっている行政事業レビューの2023年度公開プロセスが先頃実施された。スポーツ庁関連としては「スポーツによる地域活性化・まちづくりコンテンツ創出等総合推進事業」(以下、「本事業」)が取り上げられ、623日に外部有識者による議論が行われた。

行政事業レビューの仕組みは今年度から大きく変わり、EBPMの手法を一層取り入れるとともに予算編成過程における積極的な活用がなされるよう、レビューシートやレビュープロセスなどが見直された。公開プロセスについても、昨年度までの4つの区分による評価判定(廃止、事業全体の抜本的な改善、事業内容の一部改善、現状通り)が廃止された。

  • アウトカムが適切に設定されているか
  • 事業の進捗や効果について成果目標に照らした点検及び改善が行われているか
  • 同じ予算でより多くの成果を引き出す工夫はないか
  • より少ない予算で同等以上の成果を引き出す工夫はないか
  • そもそも国費投入の必要性はあるのか。


その上で、上記の点検の観点から、EBPMの手法を活用して事業の質を上げていくための「改善策」について、熟議型の議論を行うこととなった。評価判定に代わる結論は、外部有識者の取りまとめ役による「最終的な取りまとめコメント」の公表によることとされた。

2.スポーツによる地域活性化・まちづくりコンテンツ創出事業のあらまし

さて、本事業は、「スポーツと地域資源を融合させたスポーツツーリズム等を通じて交流人口の拡大及び地域・経済の活性化を図るため、地域単位ではポストコロナを見据えた高付加価値コンテンツの創出に向けたモデル的な取組等を実施し、その定着化と他地域への横展開を図る。全国単位ではDXを活用したプロモーションの実施による需要データの収集・分析を実施し、セミナーの開催等を通じた担い手への提供・利活用を促進しスポーツツーリズム・ムーブメントを創出する。」(レビューシート事業概要より)ものと説明されている。

3期スポーツ基本計画上は、スポーツによる社会活性化・社会課題の解決を図るための施策として掲げられている「(7)スポーツによる地方創生、まちづくり」の具体的施策に位置づけられている。また、文部科学省の政策評価上は、「施策目標11-4:スポーツを通じた地域課題の解決」の下にある事業のひとつである。

本事業のおおよその仕組みとしては、民間企業1社に対して包括的な委託(約2億円)を行い、そこから実際にモデル事業に取り組む事業者に対して再委託(計約1億円)されるという構造となっている。委託事業者の役割は、スポーツによる地域振興に積極的に取り組む関係団体による総括的なプロジェクトチームを立ち上げるとともに、モデル事業者への伴走支援、デジタルプロモーションの実施、基礎的データの収集や普及啓発のためのシンポジウム開催などを行うことにある。また、再委託を受けるモデル事業者には、モデル的なスポーツツーリズムコンテンツを造成するための実証及び効果検証等を行うことが求められ、2022年度は43の応募者から民間企業や自治体等の7事業者が選定され、取り組みが進められた。

3.公開プロセスでの取りまとめ内容

公開プロセス当日は、スポーツツーリズムに取り組む地域事業者の経営的基盤の確立、モデル事業のあり方や委託・再委託を基本とする事業手法、KPIの指標や目標水準など、概ね3点について議論が重ねられ、以下の最終取りまとめ(全文)が得られた。

  • 公募要領で求めている成果指標(地域への関心度の向上等)をアウトカムとして活用することを考える必要がある。事業の目的として、地域経済の活性化・まちづくりがあるので、どのように貢献するかの視点でのアウトプット・アウトカムを加え、より事業を高める検討が必要である。
  • モデル事業から創出された「要素の横展開事例数」もあると、より事業の効果が見やすいのではないか。
  • 全ての地域がスポーツツーリズムで成功するわけではないので、モデル事業で行っている事例の効果検証は非常に重要であり、成功の要素と失敗の要素を具体的に抽出し分析することが必要。
  • 持続可能性を担保するという意味で、地域の地元の歴史と現実を分かっている個人や団体のアイデアとつながる工夫や地元の団体を核とする戦略が必要である。
  • 公募要領の事業テーマについては固定化することなく、各自治体のスポーツツーリズムの状況や意向を踏まえて見直していくことも必要である。
  • 事業開始から4年目を迎え、地域への取り組みをより効果的に実施するため、今後は、社会的に様々な指摘がされている一括で委託する方式での契約を見直し、これまでの事例の蓄積を広く周知しながら、直接委託や直接補助を行う方向へ切り替えを図る必要がある。


最終取りまとめの内容は、それぞれに重要な指摘がなされている。なかでも、「モデル事業の成功・失敗要素の抽出・分析」や「委託契約のあり方の見直し」は、私もかねてより指摘しているところであり(202212月論考)、本事業に限らず具体的な改善が図られることを期待している。

だが、本事業に関しては、とくに以下の三点について指摘し、見直しを強く求めたい。

4.抜本的な見直しを図るべき3つの理由

(1)整合性を欠くアウトカムとロジックモデル

本事業のロジックモデルとアウトカム(初期・中期・長期)は下図のとおり示されており、最終的なアウトカムには「スポーツツーリズム関連消費額の増加」が設定され、目標は3,800億円(2026年度)となっている。事業目的が「交流人口の拡大及び地域・経済の活性化」であるから、そのロジックは一見整合しているように思える。

一方で、本事業の上位施策である「(7)スポーツによる地方創生、まちづくり」の施策目標は、[全国各地域が「スポーツによる地方創生、まちづくり」に取り組み、それらを将来にわたって継続させ、各地に定着させるよう、促進する。その結果として、スポーツ・健康まちづくりに取り組む地方公共団体の割合を2026年度末に15.6%(令和3年度)から40%とする。]と設定されている。したがって、本事業の長期または中期アウトカムのどこかに、この数値目標が位置づけられていて然るべきなのだが、アウトカムはおろか、レビューシートや関連資料のどこにも出てこない。EBPMの考え方に従えば、政策(事業)立案はゴールからロジックを組み立てることが大原則であり、そもそもの建て付けが誤っている。

「スポーツによる地域活性化・まちづくりコンテンツ創出等総合推進事業」ロジックモデル

2023年6月23日公開プロセス資料より

また、スポーツ目的の訪日外国人旅行者数について、15万人(2022年度実績)から270万人(2025年度目標)へと18倍にすることを打ち出しているが、スポーツツーリズム関連消費額の目標は2,998億円(2022年度実績)から3,800億円(2026年度目標)へと27%増にとどめている。この消費額の増分はスポーツツーリズム関連全体を指していることは明らかだが、仮に800億円の消費額増加分をすべて255万人のインバウンド増によって達成するものとして見積もってみると、1人当たりの消費額は3万円程度にしかならない(実際は800億円の内数だから、もっと少ない額となる)。スポーツツーリズムポータルサイトからの各コンテンツ商品購入紹介ページクリック数が1万回(2022年度実績)から倍の2万回(2025年度目標)になることが、スポーツ目的インバウンド18倍に結びついていくという考え方もそうだが、初期から中期、中期から長期のアウトカム間のロジック、すなわち指標及び目標値として示しているKPI間のロジックが破綻している。

ちなみに、スポーツツーリズムに関連する消費額は、2019年度実績で3,584億円となっている。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で20202021年度は大きく落ち込んだものの、2022年度には急回復し、2018年度実績を超える水準に達している。3,800億円という2026年度目標も、新型コロナ前に2021年度目標としていたものを後ろ倒ししていたものである。 

(2)地方創生におけるスポーツの状況

本事業や、その前身である「スポーツツーリズム・ムーブメント創出事業」の以前から、地域におけるスポーツツーリズム関連の取り組みは積極的に進められてきた。例えば、地域再生計画の認定(第1回〜第50回)を受けたもののうち、2019年度時点でも地方創生の取り組みとして実施されていたスポーツ関連のプロジェクトは約200件を超える。その大半が、観光客数や宿泊者数、合宿件数、交流人口などをKPIとして挙げており、スポーツツーリズム関連と見なすことができる。

そのなかには、「一宮版サーフォノミクス」を総合戦略として掲げ、年間60万人のサーファーが訪れるとともに移住者の獲得にもつなげている千葉県一宮町のように、好事例や先行事例が多数見られる。また、FISフリースタイルスキーワールドカップが開催される田沢湖スキー場を核として「モーグルの聖地」をめざした取り組みが精力的に進められていたものの、冬季五輪合宿誘致を断念してW杯開催も取りやめ、国内大会の実施やジュニア育成に目標を切り替えた秋田県の交流人口拡大計画のように、大幅な見直しが図られた事例も少なくない。

このように、過去十数年にわたる、とくに2010年のスポーツ・ツーリズム推進連絡会議(観光庁所管)の設置及び翌2011年の「スポーツツーリズム推進基本方針」の策定以降の各地域における取り組みの歴史は、課題抽出とモデル的アプローチの事例に事欠かない。

一宮町サーフィンと生きる町サイトのトップページ

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(3)すでに確立しているサイクルツーリズム

モデル的な取り組みは既に卒業していると特に言えるのが、サイクルツーリズムである。上記の地方創生の取り組みとして、サイクリングやサイクルツーリズムを前面に押し出した関連プロジェクトは30件を超える(地方公共団体(複数団体も含む)による地域再生計画単位)。そのなかには、後にナショナルサイクルルートとして認定された、滋賀県の琵琶湖を一周する「ビワイチ」や、茨城県の「つくば霞ケ浦りんりんロード」、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道サイクリングロード」などの関連プロジェクトも含まれている。一自治体のサイクルルート整備から都道府県をまたぐ広域連携まで、あるいは日常的な市民利用からインバンド獲得まで、その事業内容は実に多種多様であり、サイクルツーリズムは既に地元公共団体や民間事業者による事業モデル創造・運営イノベーションが確立している分野と言える。

また、国では、国交省が旗振り役となり、自転車活用推進計画(第2次)に基づいてハード・ソフトの両面から「サイクルツーリズムの推進による観光立国の実現」を推進している。先に触れたナショナルサイクルルートは、ソフト・ハード両面から一定の水準を満たし、世界に誇りうるサイクリングルートとして国内外にPRするために設けられた制度である(現指定6ルート)。地方においては、地域の実情に応じた「地方版自転車活用推進計画」が45都道府県及び170超の市区町村(共同計画を含む)で策定され、その多くがサイクルツーリズム関連の施策を盛り込んでいる。

加えて、観光庁においても「テーマ別観光による地方誘客事業(2020年度で終了)」のなかでサイクルツーリズムについても支援が行われ(20162019年度)、課題抽出や新コンテンツの企画・運営がなされてきた経過がある。

国交省ナショナルサイクルルートサイトのトップページ

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5.モデル事業により目標達成を図る時期は過ぎている

ここまで見てきたように、地域における取り組みは各般にわたって展開されており、スポーツツーリズム関連消費額の当面の目標も、本事業によらずとも実現の手前まで到達している(おそらく、今年度には超えるだろう)。それは、スポーツ庁や観光庁をはじめ関係省庁や地方公共団体、なかんずく民間事業者らの努力により、地域において多数かつ多様なビジネスモデルが創出されてきた賜物である。逆に言えば、スポーツツーリズムが全国的なムーブメントとなるよう、「モデル的な取組等を実施し、その定着化と他地域への横展開」をすることによって目標達成を図る時期は、とうに過ぎている。

事業リスクの軽減や資金調達先の確保という現実に直面する立場にすれば、こうしたモデル事業は、委託や補助の別にかかわらずありがたいものであることは間違いない。本事業も、過去の様々なモデル事業の評価・分析の上で立案・実施されているだろうし、時代の流れや地域事業によりさらなる個別課題に直面することも当然あるだろう。だからと言って、手を替え品を替えながらモデル事業という名の公費投入を続けることは、受益と負担の関係から言っても決して望ましいものではない。

必要なのは、スポーツツーリズムの未来像はどのようなものなのか、そこに至る中核的かつ解決必須の課題は何なのか、明確にすることである。課題と言っても、一般的な問題認識程度では用をなさない。例えば、地域事業主体の経営基盤の確立は課題のひとつであることは間違いないが、それは環境やまちづくり、観光、子育て等に取り組むソーシャル/コミュニティビジネス、NPOや公益団体においても共通する。そうした普遍的な課題を深掘りし、スポーツツーリズムに特徴的な、あるいは成功の鍵となる課題を特定しチャレンジすることにこそ、本事業の本来の意義があるだろう。そうしたグランドデザインと課題の深掘りを突き詰めた上で、自立的・主体的な地域や民間事業者らによる事業展開を基本としつつ、国として為すべきことはいったい何なのか、的確に見定めながら本事業の目的・目標・手法を見直すべきである。

 

ところで、行政事業レビューや公開プロセスのみならず、政策評価についても今年度から抜本的な見直しが図られた。そのため、これまで作成されていた事前分析表や事後評価書は基本的に作成されず、基本計画等のフォローアップ資料等を活用することとされた。この見直しの原則に従えば、スポーツ庁関連の政策評価はスポーツ基本計画の達成状況等を示す資料等により代替されることになる。

ところが、政策評価上のスポーツ政策(11.スポーツの振興)の下に4つの施策目標(11-1:東京大会を契機とした共生社会の実現、多様な主体によるスポーツ参画の実現、11-2:東京大会のレガシーを継承した持続可能な競技力向上体制の構築、11-3:スポーツDXの推進、スポーツ団体の組織基盤の強化、11-4:スポーツを通じた社会課題の解決)が置かれているのに対し、第3期スポーツ基本計画では3つの柱(スポーツの振興を図るための施策、スポーツによる社会活性化・社会課題の解決を図るための施策、基盤や体制を確保するための施策)となっている。当然ながら、それらに紐づけられる施策の組み合わせも異なっている。そもそも、なぜ第3期計画の策定時に政策評価上の施策目標を3つに整理しなかったのかが謎なのだが、これでは基本計画等のフォローアップ資料等を活用することはまったく意味をなさない。

加えて言えば、これまでのアカウンタビリティ重視の政策評価から、政策立案プロセスでの活用重視の政策評価に移行したようで、事前・事後の評価及び改善のサイクルが外部からは見えにくくなっている。さらに、先に指摘したように、基本計画上の目標とレビューシートにおける長期(最終)アウトカムの捉え方に齟齬があっても、チェックの眼をすり抜けて政策立案のエビデンスとして活用されてしまう恐れがある。これでは、データの誤用や恣意的な目標のすり替えを招きかねない。こうした、政策評価そのものの運用やスポーツ政策の政策評価上のあり方について、早急に改善が図られることを強く望みたい。

※公開プロセス関連資料は、623日の実施に向けて公表されたものhttps://www.mext.go.jp/a_menu/kouritsu/detail/1417520_00003.htm

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。