笹川スポーツ財団は、全国の3~6歳の幼児3,000人を対象に、運動習慣と生活環境との関連性を調査しました。その結果、幼児の運動時間には「親子のふれあい」や「親の友人関係」などの家庭内や社会的な要因が強く関係している一方で、自宅周辺の「公園の数」や「緑地の多さ」といった物理的な環境要因との関連性は限定的であることが明らかになりました。
これまで、幼児の運動習慣と、公園や緑地、治安などを含む近隣環境との関係については、国内外ともに十分な分析が行われていませんでした。本研究は、近隣環境と幼児の運動との関連性を大規模データで実証的に検証した、日本初の研究です。一般的に、「公園の数」や「緑の多さ」などの物理的環境が運動習慣に影響を与えると考えられてきましたが、本研究ではその通説を覆す、意外な結果が得られました。
主な調査結果
1.幼児の運動時間と近隣環境との関連について
- 幼児の園外での運動時間と近隣環境(公園・道路・スポーツ施設数、緑地、治安状況など)との間に有意な関連性は確認されなかった。【報告書11:要約、図1-2】
⇒近隣環境は、必ずしも幼児の運動時間を規定する決定要因ではない可能性がある
- 一方で、家庭内の関わりや親の生活習慣が関係していた。【報告書、19:幼児の園外での総運動時間に関連する要因、p.126:資料】
① 特に「親子で一緒に体を動かす頻度」が最も強く関連していた
⇒「親子でまったく体を動かさない」と回答した家庭と比較して、「ほとんど毎日」の家庭では幼児の運動時間が週452分(約7.5時間)多い。
② 親の運動習慣がある家庭では、幼児の運動時間も長くなる傾向がみられた
⇒両親ともに週1回以上運動している家庭では、そうでない家庭に比べて幼児の運動時間が週72分(約1.2時間)長い。親の運動に対する理解や価値観が影響している可能性がある。
③「親同士のつながりがある(ママ友・パパ友の人数が多い)」家庭ほど、幼児の運動時間が長い傾向があった
⇒子どもを通じて知り合った気軽に話ができる友人(ママ友・パパ友)がいない家庭と比べて、いる家庭の幼児の運動時間は約9分長く、5人の場合は約45分/週の運動時間の差となって表れた。これは、親の社会的ネットワークが、情報共有や遊びの誘い合いなどを通じて、幼児の運動機会の創出に寄与している可能性を示唆している。
これらの結果は、幼児の運動習慣が家庭内の関わりや親自身の行動、そして親同士のつながりに大きく依存していることを示しており、公園や施設などの物理的環境だけでは補いきれない、家庭・地域レベルでの「ソフトな支援」の必要性を浮き彫りにしている。
【図表1-2】 幼児の園外での運動時間と関連する要因
2.海外の子どもの運動促進の取り組み事例分析
- 住民の身体活動・スポーツ実施を促進するまちづくりを進めている「アクティブシティ」の5都市(リバプール市、アントワープ市、グダンスク市、リュブリャナ市、ウメオ市)の子どもの取り組みを分析【報告書、106:アクティブシティにおける子どもの運動促進に関する取り組み事例の分析】
- 共通する成功要因として、①データに基づく政策立案、②アクティブモビリティ(自転車など)をささえるインフラ整備、③学校との連携による継続的な取り組み、④子どもの主体的参画を促す仕組み、⑤家庭の経済的負担を軽減するインセンティブ制度が、子どもの身体活動を促進する重要な要因であることが明らかとなった
- 日本においても、①体力データを活用したエビデンスベースの政策立案、②通学環境の安全対策、③学校と地域の連携強化、④子ども自身が企画段階から参加する仕組みの導入、⑤無料や低価格のスポーツプログラムの提供や教室費用の補助制度等といった方策が適用可能と考えられる
3.子どもの運動・健康の視点に立ったアクティブなまちづくりへの提言
これらの調査・分析結果を踏まえ、当財団では以下の方策を提言します。【報告書、p.120:第4章提言】
短期的には親子で体を動かして遊ぶ機会の創出を優先し、中長期的には欧州の「アクティブシティ」の事例も参考にしながら、子どもの健やかな成長を地域全体でささえるまちづくりが必要である。
1.幼児の運動時間と近隣環境との関連について
笹川スポーツ財団が2023年に実施した「全国の幼児(3~6歳)を対象とした運動実施状況に関する調査研究」のデータをもとに、以下の分析を行った。
(1)対象者・除外条件
・有効回答者3,144人から、居住1年未満、運動支障、住所情報不備を除いた2,747人を抽出
(2)分析に用いたデータの概要
・幼児の基本属性、就園状況、生活習慣(外遊び、運動習慣、スクリーンタイム)、習いごとの有無
・家庭の属性(郵便番号、親の学歴・所得・労働時間・運動習慣、親子の運動頻度、ママ友・パパ友の有無)
(3)近隣環境要因の分析方法
・地理情報システム(GIS)を活用し、郵便番号単位で地域情報を収集
・各地域の人口密度、公園・スポーツ施設の密度、袋小路・交差点の密度、公共交通機関の密度、緑被率、軽犯罪件数などを算出。緑被率には正規化植生指標(NDVI)指標を用いた。
2.海外の子どもの運動促進の取り組み事例分析
(1)「アクティブシティ」とは:スポーツや身体活動を通じて住民の健康を向上させるとともに、社会的結束や経済的発展を促進する都市のことを指す。住民が日常的に運動を行いやすい環境を整備し、健康増進を促進するまちづくりの概念でもある。
(2)対象:リバプール市(英国)、グダンスク市(ポーランド)、アントワープ市(ベルギー)、リュブリャナ市(スロベニア)、ウメオ市(スウェーデン)
(3)方法・内容:文献調査を実施し、子どもの身体活動と近隣環境との関連についての研究動向の整理と対象都市における子ども向けの運動促進施策を収集・整理した。主な情報源はWHO、European Commission、PACTE、Sport and Citizenship、各都市の公式サイト、論文データベース等