2026.6.25
磐田市(静岡県)
草地博昭市長 対談

2026.6.25
磐田市(静岡県)
草地博昭市長 対談
スポーツは、まちをひとつにできるか。
ジュビロ磐田をはじめ、ラグビーや女子サッカーなど、多彩なスポーツ文化が根づく静岡県磐田市。
この動画では、草地博昭市長、元ジュビロ磐田選手でReFrame副代表の山田大記氏、笹川スポーツ財団理事長・渡邉一利による対談を通じて、「スポーツのまち・磐田」が描く未来を紹介します。
テーマは、スポーツによるまちづくり。
年齢や障害の有無を問わず誰もが参加できるウォーキングフットボール、地域に誇りを育むジュビロ磐田の存在、スポーツを軸に企業や市民がつながる「いわたスポーツプラットフォーム」、そして子どもの居場所づくりや多文化共生への挑戦。
スポーツは競技や勝敗だけのものではありません。 人と人をつなぎ、違いを越え、新たな価値を生み出す力があります。
人口減少や多様化が進む時代に、スポーツは地域社会にどのような可能性をもたらすのか。磐田市の実践から、そのヒントを探ります。


磐田市は、人口およそ16万人。20年前、5市町村が合併し、新たな市として歩み始めた。
このまちの名前が、全国に知られる大きな理由のひとつ。それが、ジュビロ磐田の存在だ。
草地市長自身もまた、Jリーグ開幕の時代から、このまちの熱を肌で感じてきたひとりだった。
草地市長 磐田出身で、小学校6年のときにリーグが開幕しましたが、ジュビロが残念ながら初年度は上がれなくて。まち全体でチームを盛り上げて、何とかホームタウンとしてジュビロをJ1に上げたいという動きからずっとジュビロを応援してきていて。私は中学卒業して磐田市から出てしまったんですが、そのことがあったので、やっぱりジュビロプライド、磐田市プライドみたいなシビックプライドはすごく強くなって。
トップアスリートだけが、スポーツの担い手ではない。する人、みる人、ささえる人。それぞれにかかわりしろがある。
だからこそ磐田では、スポーツは特別なものではなく、暮らしのすぐそばにある文化として根づいてきた。
草地市長 実は私、そこまでスポーツを、隣に大記さんいますのでね、しゃにむにやっていたという方じゃないんですよ。だからこそ逆にアスリートとかプロとかではなくて、市民スポーツ、観る方も楽しむ方もささえる方もそれぞれで、スポーツのかかわりしろとか、かかわり方っていうのはいろんな角度あるなと思って。一生懸命やってなかったからこその、今のスポーツのまちづくりの力の入れ方みたいなところを意識しながらやらせてもらっています。

この日、磐田で行われていたのは、ウォーキングフットボール。
走らない。ぶつからない。だからこそ、子どもも大人も、高齢者も、同じフィールドに立てる。
磐田市がこの取り組みに可能性を感じたのは、"誰でも参加していい場"を増やしたいという思いからだった。
草地市長 まず参加してみて、私のチームは子どもから我々の世代まで参加してくれましたけど、全く技術的なこととか運動量とか関係なくできますので、そういう意味では非常に楽しくやれたなと思っています。
誰でも参加していいんだよ、っていう場をこの磐田市の中でいくつかつくっていく。そのひとつのピースとして、このウォーキングフットボールというのはガチっとはまってくるんじゃないかな。
山田大記氏(以下、山田氏) 本当にインクルーシブ(包括的)な社会の実現というのは、Jリーグもそうですし、クラブとしても実現をしていきたいなと。インクルーシブって、すごく奥が深いことだと思うんですけど。
僕も息子に障害があるのですが、ただ多様な他者を受け入れようね、外国籍の方も理解しようねって言われて、その大事さはみんな多分わかっていて。でも、それはちゃんと接して理解しないと、なかなかダイバーシティとかインクルージョンって進まないのかなと。そう思っている中で、ウォーキングフットボールってすごくわかりやすいルールがあって。そうやっていろんな方が集まってきて、ボールを蹴ることで、『ああ、こういう人ってちょっと誤解したけどこうなんだ』とか、『こういう一面があるんだ』とか、『何かわかりあえたな』とかですね、何かこうインクルーシブな社会っていうものが広がるひとつの切り口になるといいな、というのはすごく感じているところです。
"多様性を受け入れよう"と、言葉で呼びかけるだけでは難しい。
けれど、同じボールを追い、同じ時間を楽しむことで、人は自然に、相手を知っていく。
スポーツは、共生社会を考えるためのわかりやすく、力強い入口にもなりうる。

磐田のスポーツ文化を語る上で欠かせないのが、ジュビロ磐田の存在だ。
山田 大記氏もまた、幼少期からジュビロを観て育ち、その後、クラブに戻り、選手として、そして今はクラブと地域をつなぐ立場にいる。
山田氏 一昨年ですね、2024年限りで引退をしまして、引き続きジュビロ磐田には籍を置いて、ジュビロ磐田CROという形で。『CROって何やっているの?』ってよく聞いていただくんですけど、クラブリレーションズオフィサーということで、自治体の皆さんであったり、もちろんファン、サポーター、地域の皆さん、そしてパートナー企業の皆さん、そういった方々とクラブをつないだり、より良い関係をつくるというところを、今はやらせていただいています。
このまちには、"勝てば応援する"だけではない関係がある。
苦しいときも、弱いときも、ささえ続ける。それは、クラブが単なるスポーツチームではなく、まちの誇りそのものになっているからだ。
山田氏 すごく地域の熱が、熱量が高くて、あとはあったかいっていうところですね。
残念ながら、僕がキャリアを過ごした年代もそうでしたが、今、ジュビロはすごく苦労をしていて、なかなかたくさんの喜びを地域の皆さんと分かち合うことができていないんですけど。それでもやっぱり、苦しいときに助けてくれる、ささえてくれる方が本当にたくさんいらっしゃって。
勝てれば嬉しいけど、『負けても弱くても、ジュビロはどんなときでも応援する』っていうふうに思ってささえてくださっている方が地域にたくさんいらっしゃるというのは、選手時代もそうですし、僕も今引退してまた違ったサッカーだったり、サッカークラブ、サポーターの見え方をしてるんですけど、そういった立場になっても、より一層地域の皆さんの存在っていうのを大きく感じますね。
スタジアムに行ったことがない子どもにも、クラブとの出会いを届ける。
磐田では、小学5・6年生が一斉に試合を観戦する取り組みも行われている。
観るだけで終わらない。選手が学校を訪ね、試合後にも交流が生まれる。
クラブは、まちの中で"身近な存在"として育てられている。
磐田市が次に仕掛けているのが、スポーツを軸にした"出会いの場づくり"だ。
その名も、「いわたスポーツプラットフォーム」。
スポーツと異分野を掛け合わせ、新しい価値を生み出していこうという試みである。

HIYO選手(B-Girl/ブレイキン世界大会「it.battle2026」優勝/磐田市在住)
「磐田はスポーツのまちでもあるので、若いアスリートの方たちに対しても、すごく理解があるなと思っています。やっぱり私は磐田から世界大会に出たりすることができるのはすごく誇りに思っています。
すごく力になっていて、やっぱり自分が結果を残したりとか、頑張ったことで、いつも応援してくださる方たちが喜んでくれることが本当に本当に嬉しいです。」

石川彰吾氏(株式会社ソミックマネージメントホールディングス 取締役副社長/株式会社ソミック石川 取締役副社長/株式会社ソミックトランスフォーメーション 共同代表取締役)
「それぞれ応援の仕方は違うんですが、特にブレス浜松、あと(静岡SSU)ボニータについては、選手が選手として活躍し続けられるために、我々も企業としてその選手たちを雇用させていただいて、練習がはじまる前まで弊社で働いていただいて、その後練習して試合に出るということ。
もうひとつは、その選手たちが引退したあとに、引き続き我々の会社で働いてもらう。こういったことは、この地域ではすごく積極的に取り組んでいる先進的な活動だと思いますし、我々もその一社として、この地域に貢献させていただいております。」
草地市長 磐田市で今一番強いエッジが効いているキラーコンテンツはスポーツなので、やっぱりこのスポーツでイノベーションを起こしていきたいという中で、『イノベーションは掛け算である』ということはもう皆が言われていることですから、スポーツと何か違う分野を掛け算していく。この出会う場を我々がまちとしてつくっていくということで、このスポーツを基軸にしたイノベーションが起きていくんじゃないかという期待をしながら、プラットフォームをつくらせていただきました。
『結果的に何が起こるかわからない』ということに楽しさはありながらも、職員からすると議会も含めて『何か起こさなきゃいけない』っていうプレッシャーもあって、立ち上げに時間がかかったんですが。去年立ち上がってからは定期的に回数をこなしていき、環境×スポーツ、健康×スポーツ、朝活×スポーツとか、だんだんそういう形でイノベーションが起こりつつあります。
これはもっと全国展開して、日本で何かスポーツを、面白いことをやってみようとか、スポーツで面白いことをやろうとして入るんじゃなくて、何か面白いことやってみようっていう人が、『磐田市面白そうだね』と来てくれたら、スポーツプラットフォームがある。だから、スポーツと全然関係ない人が来てくれて、そこでスポーツが急に入ってきて、『何かスポーツとだったらこんなイノベーションを起こせそうだな』っていう気づきとか、出会いのきっかけになればなと思っているんです。これはこれからの磐田市にかなり可能性のある事業だと思っています。

草地市長 『共創』っていう、共に創るっていうか、共創ということをこの磐田市の土台に置いているところなんですが、共創をするためにまず最初にはじめなきゃいけないのは、学びの場があって、最新の情報とか、自分たちが持っている技術が何なのかということをさらけ出して、最新の知見を学ぶっていうのがあって。
その後『共感』という場が必要なので、対話の場をつくらなければいけないんです。だから学びと対話の場からじゃないと、共創というのはできないので、新しいイノベーションを起こすためには、この学びと対話の回数をとにかくたくさんやるということですから、今、朝活にしても環境にしても、その学びの場をたくさんつくってもらうような働きかけをしているところです。
山田氏 イノベーションを起こすときに掛け合わせっていうところで、何かひとつの団体が新しいことを持ってきてというよりは、立場や専門性の異なる他者が手を取り合うっていう形で、イノベーションを生み出すっていうのがすごく今重要かなと思っています。
そのときにそのイノベーションを生み出す箱みたいなものを、誰がつくるかってすごく大事だと思っていて。それはやっぱり磐田市で言えば、磐田市がつくってくれるっていうところはすごく大きくて、いろんな方が本当にフラットに参加できて、企業の方も大小さまざまな方がいらっしゃいますし、そういった中で生まれるイノベーションや協働っていうものがすごく生きてくるのかなっていうのは思いながら、かかわらせていただいています。
目指しているのは、行政がすべてを決めることでも、スポーツ業界だけで閉じることでもない。
学び、対話し、共感し、その先で"共に創る"こと。
磐田は、スポーツを使ってまちの協働そのものをアップデートしようとしている。

山田氏がNPO法人ReFrameで取り組んでいるのは、子どもの貧困や居場所づくりの課題だ。
その原点には、ドイツの時代に見た、"困っている人に当たり前に手を差し伸べる姿"があった。
さらに日本で、環境のために夢をあきらめてしまう子どもと出会ったことが、活動を本格化させるきっかけになった。
山田氏 僕もともとは、そんなに社会活動とか社会貢献に興味がある人間じゃ、恥ずかしながらなかったんですけど。ドイツでプレーしていたときですね、10年ぐらい前ですけど、あるとき練習が終わって『みんなでバーベキュー行くぞ』って言って、チームのラッピングされたバスに乗ってある一軒家の前に行って、普通にそこのご家庭でバーベキューをご馳走になって帰るみたいな日があって。『何だろうこれは?』って。 戻ったあとにチームメイトに『今日は何だったの?』って聞いたら、実はそこのご家庭のお子さんが小児がんで余命が短くて、という中で、最後の最後をご自宅でっていうので退院してきていて、すごくカールスルーエ、僕が入ったクラブのファンで、だからみんなで行こうというふうに、選手にその話が入ったときに、自発的にそういう活動をしたんだ、って言って。僕は本当に感動してですね。
ヨーロッパの選手たちって、日本だと『ジュビロもそれできるかな』って思うと、やっぱり公平に『誰かにやったら他の人にもやらなきゃ』って思って、なかなかそういうアクションってできないんですけど。
やっぱりヨーロッパの選手たちって、当たり前に『誰かが困っている、じゃあこれやろう』、できそうなことをパって行動に移すって、当たり前にすることをやっているっていうのはすごく印象的で。僕も何か、そういう選手になってやりたいなって思ったのが大元のきっかけで、そのときはドイツにいたので、一時帰国したときに、最初は児童養護施設を訪問するようになりました。
ひとりサッカーが上手な男の子と出会ったんですね。まだ小学3年生の男の子だったんですね。僕の感覚では、まだまだ無邪気に夢の実現を信じられる年代なんじゃないかなって思うんですけど、そういう年代でも自分が置かれている環境を客観的に見て、自分には夢を目指す資格がないとか、その子が抱える根本的な課題が、そういった未来に対する閉塞感とか、自分には無理だと思ってしまっていることだとしたら、そういうものには僕は目も向けようとしないで、何となく良いことをして気持ち良くなっていただけだなっていうのを、その男の子の言葉で気づかせてもらって。それでその半年後に、最初は一般社団だったんですけど、ReFrameを立ち上げて、より本格化っていうところでNPO法人にして、現在活動させてもらっています。
ひとつは自分たちがプレイヤーとして、直接ご家庭を支援する相対的生活困窮家庭を対象に、子ども食堂であったり、居場所づくり。
もうひとつ浜松子ども基金という中間支援事業も今年からはじめました。やはりお金というところがどうしてもボトルネックになってしまって、活動が拡大しない、持続しない、だから子どもたちの課題がなかなか解決されないという課題の構造というところに目を向けたときに、僕みたいなスポーツをやってきた人間が旗を振ることで、何かひとつの企業が立ち上げたとかではなくて、多くの方が集まりやすい中立性の高いイメージっていうのがスポーツにはあるので、少しその旗振りっていうところは僕たちがやらせてもらって、多くの方に子どもたちの課題を知ってもらう。そこに何かかかわってもらう。それによって他の支援団体の皆さんが活動資金を得られて、しっかりと子どもたちのために価値を届けられるような仕組みづくりを、今やらせていただいています。

一方、草地市長もまた、障害の有無や、外国にルーツを持つかどうかで、線を引かない社会を目指している。 人口16万人の磐田市には、およそ1万人の外国にルーツを持つ人が暮らす。このまちにとって、多文化共生は特別なテーマではない。日常そのものだ。
草地市長 障害があろうと、どういう課題感を持っていようと、例えば貧困であろうと、人には必ず何か社会的な役割というものが存在していて、それが今の時代だったら、もっともっとこう可能性を広げられるんじゃないかなと思っていて。自分の中でも政治的なミッションとして、そんなところに軸を置いているので、だからこそ大記さんの活動もすごく共感できるし、応援したい、一緒にやらせてもらいたいという思いを持っているところですね。
外国籍の子どもたちが多い中学校に行ったときに衝撃を受けたのは、『多文化共生なんていうことを言っている方がおかしい』って中学生たちから言われまして。そりゃそうだなと。教室の中で多文化共生なんて言ってないわけです。当たり前に言ってるから。
多文化共生って言ってしまってるってことは、『私は日本人、あなたは外国にルーツがある』って分けてしまってるわけで。そんなことを彼らはもう関係なくて、ごちゃ混ぜでやっていて。その中学に行って話すときには、気は使うしハッとさせられるし。
先ほどの障害者、障害児もそうですけど、そこにラインを引いているのは、引いてしまっている誰かがいるわけで。そのラインがなくなる社会を僕たちはつくっていかなくちゃいけないっていうことは、本当にミッションとしてやらなくちゃいけないなと思っています。
今ちょうど我々右肩上がりの時代から人口が減少していく局面で、その中で僕たちはもう一回、公共システムみたいなことをどこまで行政がやるべきなのか、地域がやるべきなのかっていうことも、考えなくちゃいけない時代に入っていると思ってるんです。
先ほど『共創』ということもお話しさせていただきましたけど、行政だからとか民間だからじゃなくて、やっぱりみんなで社会のシステムを整えていくために、心をひとつにしながら、それでも多様性を重んじながらですね、新しい価値をつくっていくっていうことのトライアルを、今、磐田市はやらせてもらっているところです。

草地市長 いろんな『共創』があっていいと思っていますし、その共創していくのに成功も正解もないので、とにかく変化に柔軟に対応できるようにチャレンジをし続けられるような、失敗してもいいという寛容な社会をつくりながら、磐田市は可能性を切り開いていけるまちを今目指していますので、今日も笹川さん、それからジュビロさんとこうして共創の舞台をいただきましたけども、市民の皆さんもいろんな人たちとかかわりあいながら、新しい社会づくりに挑戦していってもらいたいなというふうに思います。今日はありがとうございました。
山田氏 いつか、皆さんと大きな喜びを分かち合える日を楽しみにしていますし、やはりジュビロ磐田というクラブは、競技の勝利の喜びだけではなくて、地域を、まちを一緒につくっていくことであったり、社会的に弱い立場の方々に一緒に皆さんが生き生き生きられるような社会だったり、仕組みをつくることであったり、そういった社会的な枠組みをもっともっと力を入れて、注力していかなきゃいけないなと思っています。
なので、まちの人たちにとって、このまちにジュビロがあって良かったっていうふうに思ってもらえるような、そこは勝利も含めてですけど、そういうクラブをつくっていきたいなと思っていますので、ぜひ皆さんと引き続き、いいジュビロ磐田もいい私も、一緒につくっていけたら嬉しいなと思います。本日はありがとうございました。
渡邉理事長 市長、山田さん、貴重なお時間ありがとうございました。
磐田が育ててきたのは、強いチームだけではない。
自分のまちを誇りに思う気持ち。違いを受け入れる寛容さ。
そして、誰かと手を取り合いながら、新しい価値を生み出していこうとする挑戦の空気。
スポーツは、人をつなぎ、未来を共につくる力になる。