Search
国際情報
International information

「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

知る学ぶ
Knowledge

日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

イギリスにおける「学校スポーツと運動に関する行動計画」について

 イギリスの文化・メディア・スポーツ省は、「Get Active: a strategy for the future of sport and physical activity」(以下、Get Active)を20238月に公表しました。本稿ではGet Activeで言及されている子どもを対象とする政策のひとつである、「School Sport and Activity Action Plan」(学校スポーツと運動に関する行動計画)を概説します。

Get Activeの概要については、下記の記事を参照。
https://www.ssf.or.jp/knowledge/sport_topics/202310.html

A)学校スポーツに関する国家戦略の経緯

 イギリス政府は2002年に学校スポーツに関する国家戦略である「Physical Education, School Sport and Club Links Strategy(体育・学校スポーツ・クラブリンクス戦略)を策定しました。戦略のひとつにある体育の週2時間実施を実現するため、複数の学校と地域スポーツクラブとのネットワークを「School Sport Partnerships」(学校スポーツパートナーシップス)として形成し、体育や課外活動を通じたスポーツ実施を促進してきました。

 そして2008年には「Physical Education and Sport Strategy for Young People (子どものための体育・スポーツ戦略)を定めました。対象となる子どもの年齢層に違いはあるものの、前戦略から継続して週2時間の体育実施に加えて週3時間、合計週5時間の運動・スポーツの実施を目標に掲げ、学校スポーツパートナーシップスをさらに発展させました。そして、学校での体育・スポーツを促進する全国キャンペーンである「National School Sports Week」(全国学校スポーツ週間)の実施などを推進しました。

 しかしながら、2010年の政権交代により上記戦略に関連する予算が削減され、特に学校スポーツパートナーシップスは漸次廃止されました。代わりに、2012年に開催するロンドンオリンピック・パラリンピック大会開催のレガシーとなるように、学内や学校対抗のスポーツ大会である「School Games」(スクールゲームズ)の開催に注力しています。

イギリスにおける「学校スポーツと運動に関する行動計画」について

B)学校スポーツと運動に関する行動計画の概要

 イギリス政府は2019年、「School Sport and Activity Action Plan(学校スポーツと運動に関する行動計画)を新たに策定しました。政府の健康政策に関する最高顧問である主席医務官らによる身体活動に関するガイドライン「UK Chief Medical Officers’ Physical Activity Guideline」に基づき、すべての子どもが1日平均60分以上運動する機会の確保を目的に学校スポーツを推進しています。同行動計画には、体育の質の向上、週2時間の体育の実施、性別に関係なく平等にスポーツに参加できる機会づくり、学校スポーツへの参加率増加、水辺の安全教育といった項目を中心にプログラムの充実を図っています。また、2024年には学校で実際に取り組まれている好事例を紹介するガイドブックを発行しました。

<ガイドブックの主な内容>

  • 体育の運営体制、授業時間の確保、学校内での理解促進アプローチや体制強化案
  • 学校施設の活用案
  • 性別に関係なく平等にスポーツに参加できる仕組み
  • 子どものニーズの把握方法
  • 体操着の経済的負担の軽減案
  • 特別な教育支援や障害をもつ子どものスポーツ参画など

C)経済的な支援に関する取り組み

 「Primary Physical Education Sport Premium」(学校体育・スポーツ補助金)は、学校に対する補助制度であり、体育やスポーツを指導する教員のスキル研修、スポーツ実施率の向上、性別に関係なく平等にスポーツに参加する機会の創出にかかる経費を対象に補助します。

 政府は2024-2025年度まで補助制度を継続し、総額6億ポンド(約1,170億円)を教育省および保健・社会福祉省が共同で支出することとなっています。学校への具体的な補助額は、たとえば400名在籍している学校の場合、2万ポンド(約390万円)の補助を受けられます。政府は、補助金の効率的な活用を促進するとともに、補助金の使途に対する学校の説明責任の強化を図り」、情報公開のためのデジタルツールを導入する予定です。

 バーミンガムにある在籍生徒が400名を超える特別支援学校のカルソープ・アカデミーでは、同補助金を活用して、教員が専門的な技術やコミュニケーション等の外部講座を継続的に受講する機会を確保し、子どもたちが新しいスポーツを体験できる機会を創出しました。その結果、子どもたちの体育への参加意欲や学校自体への満足度が高まり、チャレンジング行動とよばれる自身や他者を傷つける、ものを壊す、突然奇声をあげるといった行動障害の回数が減りました。

1ポンド195円で換算。

D)学校施設を有効活用する取り組み

 「Opening School Facilities」(学校施設開放)プログラムでは、子どもにとって安全で馴染みのある学校施設でスポーツを行う機会を創出します。各地域にあるアクティブパートナーシップスと連携し、朝・夕方・週末に加え学校の休業期間にイングランド国内の学校(2023-2024年度は約1,400校を対象)をスポーツ施設として開放するための経費を補助しています。学校は補助金を活用して新たな設備購入や専門的な指導者を雇い、協力する各競技団体にとってはスポーツの普及や実施人口の裾野拡大を目指すことができます。

 生涯スポーツを推進する公的機関であるスポーツ・イングランドの「Active Lives Children and Young People Survey」(アクティブライブス子ども・青少年調査)の2023-2024年度の調査結果によると、学校施設を地域スポーツのために一部でも開放している公立学校は、公立の中学校と小学校のうち55.4%を占め、公立中学校のうち89%、公立小学校のうち45.7%がそれぞれ施設を開放しています。学校施設開放プログラムを通じて特に公立小学校の開放が進むことで、子どもたちのスポーツへのアクセス向上につながります。

※スポーツ・イングランドが創設したイングランド全域に53ある地域スポーツを推進するサポート組織

E)中央競技団体と連携した取り組み

 教育省が定めるナショナルカリキュラムに基づき、小学校では水辺での安全対策や25メートルを泳げる泳力の習得が求められています。そのため、水泳の中央競技団体のひとつであるスイム・イングランドと協働して、「School Swimming and Water Safety Charter」(学校水泳と水辺の安全に関する憲章)を策定し、体育の質の向上に資する教材をオンラインで提供しています。スイム・イングランドにとっては水泳を普及し、実施人口を増やすという観点でメリットがあります。また、ナショナルカリキュラムの要件を満たさない子どもを対象にした外部の水泳教室等への参加も、学校体育・スポーツ補助金を活用するアイディアとして紹介されています。

※アクティブライブス子ども・青少年調査の2023-2024年度の調査結果では、小学校の最終学年(Year 6)のうち69.7%が、25メートルを泳ぐことができると回答しています。

F)その他の取り組み

 経済的に恵まれない家庭の子どもを対象とする取り組みとして「Holiday Activities and Food」(休暇期間の運動と食事)プログラムがあります。夏休みやクリスマスなどの休暇期間中に、学校や地域の施設で子どもに無料で食事を提供し、同じ施設内でスポーツ団体と連携して運動・スポーツを実施する機会を創出しています。

 また、小学校のナショナルカリキュラムに「Relationships and Health」(人間関係と健康)の教科を追加し、健康的なライフスタイルや精神的なウェルビーイングの重要性を学ぶほか、健康とウェルビーイングに向けた学校の取り組みを評価する制度も開始しています。

まとめ:学校スポーツの役割の拡大に向けて

 イギリスでは学校スポーツの推進に向けて、「体育・学校スポーツ・クラブリンクス戦略」をはじめとする国家戦略を策定し、子どもの運動・スポーツ実施を強く推進する体制を長年整えています。2010年の政権交代を受けて施策レベルで影響はあったものの、学校スポーツを通じて子どもの運動・スポーツを推進するという政府の大きな方針自体には変更がなく、学校スポーツの推進が子どもの運動・スポーツの実施において不可欠な要素であることを示しています。

 本稿で紹介した「学校スポーツと運動に関する行動計画」にあるとおり、学校スポーツの役割を子どもの運動・スポーツの推進だけにとどめず、格差やウェルビーイングといった現代の子どもを取り巻く社会的な課題に対する取り組みにまで拡大することが重要です。

笹川スポーツ財団 財部 憲治