松瀬 学(笹川スポーツ財団 特別研究員)
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
松瀬 学(笹川スポーツ財団 特別研究員)
スポーツの社会的価値って何だろう。メガスポーツイベントの社会的使命とは。愛知・名古屋アジア・アジアパラ大会では、競技だけでなく、「安全・安心」を世界に発信することも重要な課題になる。開幕前に突如発生した令和8年熊本地震からどのような教訓を大会運営に生かすべきなのだろうか。
「やっぱりシミュレーションをしないといけないですよね」と、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長をつとめた日本オリンピック委員会(JOC)の橋本聖子会長は言った。実は、熊本地震が起きた7月28日午後4時27分、同会長は熊本に滞在していた。ある議員連盟の会議のためだった。大きな揺れに地震の怖さを実感した。
選手の宿泊拠点となるイタリアの大型クルーズ船「コスタ・セレーナ」号(8月・台湾・基隆港にて)※筆者撮影
「たぶん、各国から大会に来る人たちも心配されていると思うんです。だから、安全・安心をアジアに発信するため、地震、台風の時はどうするのか。想定外という言葉はもう使えない時代ですから。対策は事前にしっかりやって、どこにどう退避するのかなど詰めて、情報の徹底を図る必要があります」
つまりは、自然災害に強いメガスポーツイベントである。必要なのは危機管理だろう。もしも、台風が来たら、選手宿舎となっている大型クルーズ船はどう対応するのか。熊本地震の時のように、一度避難した人が施設(モール)に戻ることなど起きてはいけないのだ。
アジア大会には、オリンピックとは違う、魅力がある。夏冬五輪に計7度出場した橋本会長は夏季アジア大会には唯一、1994年広島大会に自転車競技で出場した。記憶をたどる。
「アジア大会の方が地域に密着している印象です。特に日本で開催されたこともあるでしょうが、広島の盛り上がりはすごかったですね。選手村では、いろいろなおもてなしイベントがありました。民族として近いというか、アジアということで、すごくフレンドリーな大会だと思いました」
広島アジア大会はまちづくりと一体だった。40競技会場のうち、既存施設は半分の20、新設施設は17におよんだ。愛知・名古屋大会は全54会場のうち、新設は2つにとどまり、ほとんどは既存施設を活用する。自転車競技(トラック)は静岡県の伊豆ベロドロームを使う。メイン競技の水泳(競泳)は東京アクアティクスセンター。大会経費の問題もあろうが、このところ国際オリンピック委員会(IOC)がめざす、環境に配慮した「持続可能性」を重視した格好となっている。
新設された一つIGアリーナ(愛知県新体育館)※筆者撮影
愛知・名古屋アジア大会は、はっきり言って、課題が多い。
ファンゾーンがつくられる名古屋タワーの久屋大通公園 ※筆者撮影
夏季アジア大会では、史上初めて「選手村」がつくられない。2018年8月、インドネシアのジャカルタで開催されたOCA総会にて、愛知・名古屋アジア大会の開催都市契約書は、OCA会長と日本側(JOC会長、愛知県知事、名古屋市長)の間で締結された。その契約書の3.1には、「AGOC(アジア大会組織委員会)は、競技者、チーム役員のための適切な施設(選手村)を提供するものとすると明記されている。
当初は名古屋市港区の名古屋競馬場跡地に計画されていた選手村の整備は資材費上昇などの理由により見送られ(建設断念)、大型クルーズ船や名古屋港ふ頭に設置されるコンテナハウス、既存のホテルなどを活用することになった。窓のない船の内側の部屋に宿泊する選手団も出てくるだろう。
クルーズ船の収容予定は約4000人。選手・チーム役員の大会参加者は約1万5,000人を見込んでいるというから、各選手団の宿泊、移動において、公平性を担保するのは至難の業と言っていい。
加えて、選手村ならではの交流の場の不在である。これは意外と存在価値がおおきい。湾岸ふ頭に関係者オンリーの交流エリアをつくるほか、大会組織委員会は大会期間中、名古屋市中心部、名古屋テレビ塔前の久屋大通公園に公式交流拠点(ファンゾーン)「ONE ASIA WORLD」を設置することになった。
会場では、大会メダリストが獲得翌日に登場し、一般市民とともに喜びを分かち合うとしている。競技のパブリックビューイングのほか、アジア各国の食や文化を紹介するフェスティバルも開かれる予定だ。盛り上がりが予想されるが、警備、セキュリティー確保が成否のカギを握ることになる。
加えていえば、JOCは日本パラリンピック委員会(JPC)と共に、SNSの誹謗中傷対策を継続する。アスリートが安心してパフォーマンスできるような体制を整える。
大会とは、いわば“生き物”である。愛知・名古屋アジア・アジアパラ大会組織委員会名誉顧問もつとめる橋本会長はそう、大会を例えた。「招致成功で大会が誕生して、独り立ちできるように準備して、さらに大会本番で育てていくわけです」と強調し、続けた。
「選手のための大会ではありますけど、愛知県民のためでもあります。経済効果というものは自分たちでつくるもの。インバウンド観光の方たちが日本ってすごくいい、また(名古屋に)来たいと思ってくれるのは、人とのふれあいがあるからだと思うんです」
名古屋は京都のような歴史的観光都市ではない。まちのブランディングは当然、違う。日本でもっとも観光客の多い東京、京都の中間地点に位置する名古屋の地理的な利便性に加え、名古屋駅前から名古屋城、ファンゾーンが設置される名古屋テレビ塔近くの久屋大通、瑞穂公園エリアを自転車で回れば、その機能性を重視した景観に感心する。食文化、交通の便のよさ、モノづくり文化の歴史もある。
日本を代表する産業集積地であり、アジアの交流拠点でもあるこの地域は、「スポーツが地域や経済、国際交流にどのような価値を生み出すのか」を実証する舞台となる。地域活性化へのポテンシャルはおおきい。カギを握るのは、「ヒト」であろう。
最後に聞いた。
大会の金メダルのバロメーターは?
橋本会長が答える。「TEAM JAPANとしては常に世界最高をめざしているから、過去最多という数字(1966年バンコク・アジア大会の金メダル78個)が目標となります」
すみません。質問が悪かったです。金メダルはたとえで、アジア大会の成功のカギは何でしょうか。橋本会長はやさしい口調で、短く言い切った。
「事故がないことです」
地震や台風などの自然災害への備えに加え、近年深刻化する猛暑への「暑熱対策」も、大会運営の重要な課題となる。選手だけでなく、審判やボランティアへの対策も必須だろう。
そう、スポーツ政策の観点でいえば、ボランティア文化も未来へ受け継ぐべき社会的レガシーとなる。選手やボランティアの体調管理、安心・安全の確保。愛知・名古屋大会という“生き物”が、どのように育ち、どんな実を結ぶのか。その答えは、これから始まる。
松瀬 学
SSF 特別研究員