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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

セミナー「子供のスポーツ」

そのEBPM、大丈夫ですか?

~自治体スポーツ施策の現場に見られる7つのNG~

熊谷 哲(SSF 上席特別研究員)

1.実践が広がるEBPM

政府全体でEBPMEvidence-Based Policy Making:証拠・エビデンスに基づいた政策形成)が推進されている今日、第3期スポーツ基本計画でも「スポーツ行政分野におけるEBPMの推進」の必要性がうたわれています。また、スポーツに係る取組・施策の実効性を高める観点から、「地方公共団体やスポーツ団体等においてもEBPMを活用していくことが望ましい」とされています。こうした流れのなか、スポーツ振興計画の策定などの場面でEBPMの考え方を取り入れる自治体も見られるようになってきました。

ところが、政府の取り組むEBPMも試行的な要素が少なくなく、以前から取り組まれてきた政策・事業評価と重なる部分もあることから、誤った理解や用い方をしているところが散見されます。なかでも、基本を踏み外しがちなのが以下の7点です。

2.頻発する7つのNG

①データをエビデンスと取り違えている

EBPMの本質は「因果関係」であり、その因果関係を裏付けるものがエビデンスです。データを収集して、そのまま根拠として用いているケースがよくありますが、その多くはエビデンスではありません。

例えば、スポーツに親しむ人を増やしたり、満足度を高めたりするために、指導者資格取得者を増やそうという取り組みがあります。その検討に際して、データを取得することは必要ですが、それはあくまで現状把握でありモニタリングの範疇です。この場合のエビデンスは、有資格者による指導とスポーツ人口や満足度との間の因果関係、すなわち指導者資格者を増やすことに有効性があることを示す「客観的に実証された」根拠のことを指します。

データやファクトは、事象を客観的に把握し、正しく理解するための基礎的かつ重要な要素です。それらデータ・ファクトも活用しながら、取り組みの結果と効果との間の、あるいは取り組みの効果と社会的課題の解決との間の因果関係を説明出来て初めて、エビデンスとなります。

②あまい調査でデータが歪められている

デジタル化の進展に伴って、データを収集・活用する場面は飛躍的に増加しました。ですが、質の低い調査によって信頼性に疑いのあるデータが使われていることもしばしばです。

例えば、スポーツ実施率の測定では、スポーツ庁の調査様式を踏襲する自治体もあれば、スポーツの定義も示さず単に頻度を問う自治体もあるなど、多種多様なのが実態です。調査方法を変更したら20%以上向上したケースもあり、正しい現状把握となっているのか怪しいものも見られます。

また、スポーツ施設関連の調査に顕著なのが、何の説明もなく、利用実態も関係なしに「どうすべきか」を問うものです。これでは「社会的望ましさバイアス」を発生させやすく、実情から乖離した把握となりかねません。設問間のクロス分析が丁寧に行われていれば有意な結果が得られる可能性はあるものの、生データの単純な解釈にとどまっている例も少なくありません。

実際の調査は委託により行う場合でも、専門的見地から見て過不足のない内容となっているのか、調査の設計に十分留意することが不可欠です。

③ロジックモデルの使い方を間違えている

EBPMの本質は因果関係とは言え、広範な施策すべてに渡って因果関係を実証し、直ちにエビデンスを用意することは現実的には困難です。そのため、ロジックモデルが重要視されますが、その多くは使い方を間違えています。

例えば、目標にスポーツ実施率の向上を、主たる取り組みにイベント実施を据えている場合です。本来なら、目標と現状から課題を特定し、その課題解決に貢献する手段としてのイベントのあり方が検討されなくていけません。ところが、ロジックモデルの矢印に従ってかけられる予算や労力から考え始め、既存の枠組みなどを参考にイベントの内容や活動量を定めたために、何年経っても目標を達成できないような取り組みが行われていたりします。

公共政策におけるロジックモデルは、基本的に実施後の評価・分析や立案されたプログラムの「検算」に用いるためのものです。施策・事業の立案時には、ロジックモデルの矢印を逆順に捉えて、目的・目標や解決すべき課題からバックキャスティングで、かつ因果関係の推定を重ね合わせながら構想することが基本です。

④指標の設定に妥当性が欠けている

国においてEBPMが推進される以前から、自治体では政策・事業の業績評価としての数値指標を設定することが通常でした。ロジックモデルを活用する場合にも成果指標の捉え方が重要であり、その場合にKPIを用いることが増えてきましたが、妥当性を欠いているケースがまま見受けられます。

例えば、スポーツを「ささえる」ビジョンの目標としてスポーツボランティアの参加率を挙げ、年度毎に等量増加する参加率をKPIとして設定しているケースがあります。これは、ゴールを単純分解しただけで、KPIとして適切な設定とは言えません。ゴールが明確に定義されていないのに、漸増する指導者数をKPIとして設定することなども、誤った理解のひとつです。

KPIは、目標達成に必要なプロセス・行動を量で示したものであり、狙いどおりの動きとなっているかどうかを判断・評価するために用いられるものです。それ自体がゴールではありませんし、ゴールなきKPIは意味をなしません。

⑤時間軸の想定が出来ていない

言うまでもなく、ある取り組みが効果を発揮するまでのタイミングは、即効性のあるものから長期にわたるものまで千差万別です。それにもかかわらず、目先の結果にとらわれて時間的な感覚を欠いているものが少なくありません。

例えば、スポーツの機運醸成から実際の行動変容までには時間差がありますが、その点が考慮されていない取り組みが散見されます。また、子ども時の身体活動量が大人になってからの身体活動量や健康状態に影響する「持ち越し効果」を期待した取り組みでは、その概念に依拠するだけで、追跡的な調査により効果確認を行っているケースはあまり見られません。

EBPMを活用した政策形成を図る際には、効果が現れるまでの「時間」とその時点での「効果量」を想定した上でのデザインが重要です。いつか効果が出るだろうという期待感で取り組みを走らせるのは得策ではありません。

⑥政策判断に必要な要素を見極めていない

政策決定や実施判断に必要とされる要件については諸説ありますが、EBPMの源流であるEBMEvidence Based Medicine:エビデンスに基づく医療)では、適用可能性の評価をする際に4つの要素を考慮すべきとされています。それをスポーツ政策に展開すると、エビデンス(科学的根拠)に加えて、当該地域における「スポーツ実施の状況及び周辺環境」、「住民の意向や環境」、「スポーツ施策関係者の技量や専門性」の3点について考慮すべきであると見なすことができます。

ところが、ともすればスポーツ施策の現場では、3つの要素それぞれの向上策にのみ目が向けられる傾向があります。環境を整備し、啓発を行い、指導者を育成して、その上でエビデンスに基づき何を為すべきなのか。地域の特徴や現状に応じた最適な政策判断は往々にしてやり過ごされ、他の成功・先行事例の受け売りにとどまっているケースもよく見られます。

実際の政策判断においては、エビデンスをそのまま適用することが最善とは限らず、他の3つの要素に照らして最適な選択を行うことが重要であり、地域の実情に応じた選択と工夫が求められます。

⑦相関関係と因果関係を混同している

EBPMの推進にあたり、相関関係を根拠として用いられている事例に遭遇することがあります。ビッグデータの活用などで統計解析の意義や手法が広まったことも相まって、データ分析の結果は氾濫しています。ですが、EBPMの本質は因果関係であり、相関関係と厳密に区別できないと大きな誤りを犯す元となってしまいます。

例えば、「朝食を摂取している子供ほど、体力合計点が高い」という相関が見られることを単純に受けとめて、朝食を食べて(原因)→運動能力を向上させよう(結果)というのは、運動論としてはあり得そうでも政策的には明らかな間違いです。この場合には、朝食という行為が他のどのような要素と関連しているのかを紐解き、それらが体力・運動能力にどのように関係しているのかを分析・評価した上で因果の有無を明らかにし、有効な手立てを見い出す必要があります。

一般に、相関関係は「2つの事柄の間に関連性がある」ことを、因果関係は「2つの事柄のうち、どちらかが原因で、どちらかが結果である」ことを意味します。因果が確認されない相関に頼って施策化すると、期待した効果が得られないばかりか、無駄な予算や労力や時間を浪費するだけに終わるリスクが高くなるばかりです。

3.EBPMは思考の型

EBMが一般的になる前、医療の根拠は経験や勘と、医学研究に基づくセオリー(理論)・ロジック(論理)でした。それでは患者を救えない、治療が効かないという例が後を絶たないことから、因果関係で実証することによって正しい判断、正しい医療を導こうという意志が積み重ねられ、今日に至っています。

その歩みを踏まえれば、公共政策におけるEBPMは、先行する米英両国の状況を踏まえても緒についたばかりです。また、人間社会の複雑さや多様さゆえに、政策の有効性には不確実性が伴います。だからこそ、丹念に実証を重ね、粘り強く追究していくことが不可欠です。そこで、より実のあるEBPMの推進が図られるよう、以下の4点について提起し、実践されることを推奨します。

第一に、ロジックモデルに依存しすぎず、描くことで満足せず、多くの事例や先行研究などを参考にしながら因果関係の推定を行いつつ、取り組みのデザインを行うことです。仮説の域を出なくとも、ロジックの飛躍や破綻を事前に、可能な限り排除することが重要です。

第二に、モデル事業の試験的性質をより明確にした上で、事後に因果関係の推定・検証を可能とするしくみを埋め込むことです。検証に資する指標の設定はもとより、データの取得や分析に要する費用についても予算に組み込み、毎年継続的に行うことが重要です。

第三に、少なくともアウトプットが直接アウトカムにつながっていない、あるいは効果の薄い取り組みは、時限を区切ってとりやめることです。リソースは常に有限であり、スポーツの振興を本当にめざすのならば、より有効な方策に注力することが重要です。

第四に、これが最も重要ですが、データやファクトに基づいて合理的で実現可能な目標(real goal)を設定することです。理念・ヴィジョンを表現する理想的目標(ideal goal)は、目標管理型の生産的な取り組みには向きません。超長期から長期の理想と、中期から短期の目的・目標とは、明確に区別することが重要です。

EBPMは、それ自体が何らかの答えを生成する方程式ではありません。だからと言って、実務に貢献しない単なる形式論でもありません。実践のあり方を洗練する、言わば思考の「型」のようなものです。繰り返し鍛錬を重ね、より良い政策への道筋を見出す。そうした実践が地域の現場で数多くなされれば、スポーツの未来はより磨かれ、輝くことでしょう。

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。