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「新ヨーロッパ・スポーツ憲章」の改定について

先日のお知らせでも共有させていただいた通り、2021211日に閉幕した第16回欧州スポーツ閣僚会議では、大きなテーマの一つとして「新ヨーロッパ・スポーツ憲章のi改定」について議論が行われました。

決議の内容については、上記のお知らせでもお伝えした通りですが、本記事では改めて「新ヨーロッパ・スポーツ憲章の改定」に関して、改定の背景・改定のポイント・今後の改定プロセスについて整理しました。

新ヨーロッパ スポーツ憲章改定

European Sports Charter Draft 2(COUNCIL OF EUROPE 公式ページより)

<新ヨーロッパ・スポーツ憲章改定の背景について>

16回欧州スポーツ閣僚会議の各テーマに関しては事前に「スポーツに関する拡大部分協定(EPAS)」による作業文書(Working Documents)がWebサイト上で公開されており、「テーマ1欧州のスポーツ政策へのアプローチ:新ヨーロッパ・スポーツ憲章の改定(A European approach to sport policies: the revision of the European Sports Charter)」に関しては、2020821日に「参考資料(Reference Document)」として、今回の改定の背景、改定プロセスの現状、改定のポイントなどが示されている。

新ヨーロッパ・スポーツ憲章は1992年に制定され、それ以降欧州に限らず、世界中の国々でスポーツ政策策定の基礎的なフレームワークとなってきたが、最後の改定(2001年)から約20年が経過していることもあり、昨今のスポーツを取り巻く様々な環境変化と課題を踏まえて、その内容を改定する必要があるのではないかという議論が、今回の改定の背景にある。

参考資料の中にはスポーツがこの20年間で直面してきた大きな変化(技術・政策・公衆衛生・商業化・世界の人口構成など)に加えて、直近で発生した新型コロナウイルスによるスポーツ界への影響についても、今回の改定では踏まえる必要があると記載されている。

2018年にジョージアで行われた第15回欧州スポーツ閣僚会議にて、EPASに対して憲章改定の検討を要請することが決議されたことを踏まえて、EPAS事務局はそれ以降、各加盟国政府、スポーツ関連団体、各種専門家と連携・協力しながら現状の新ヨーロッパ・スポーツ憲章の分析と改定に向けた作業を行ってきた。

<新ヨーロッパ・スポーツ憲章の改定案について>

EPASは上記の作業結果を踏まえ、2020917日付で同じく作業文書として「新ヨーロッパ・スポーツ憲章の改定案第2版(Draft 2 of a Revised European Sports Charter 2020)」を公開している。

改定案第2版を読むと、20年来の改定ということもあり、改定案第2版に示された20の条項のうち7つは新規に追加された項目であり、また現状版から引きつがれている条項についても、その内容に様々な加筆や修正が行われている。

下記の表1では改定案第2版と現状版の内容を比較して、各条項における改定ポイントを整理している。また表2では改定案と現状版において、それぞれに対応すると考えられる条項の内容を原文のまま並べている。

改定案第2版は後述する通り、今後も修正や加筆が行われ、版を重ねた上で最終化される予定だが、現時点での比較を行うことで、昨今の欧州におけるスポーツの見方・捉え方を感じることができる。

表1:新ヨーロッパ・スポーツ憲章 改定案と現状版の比較(条項別の改定ポイント)(PDF:303KB)

表2:新ヨーロッパ・スポーツ憲章 改定案と現状版の比較(原文の比較)(PDF:205KB)

<表1:改定案と現状版の比較(条項別の改定ポイント)より一部抜粋>

既存の条項についても、スポーツが昨今直面している様々な環境変化と課題を踏まえて、新たな観点が追記されている
改定案第2版
目次
現状版との比較
Article 1
- Aim of the Charter
第1条 憲章の目的
・現状版ではスポーツ振興の価値を「人間の発達における重要な要因である」と記載していたが、改定案では「個人・社会それぞれに対して多様な価値をもたらす(特に公衆衛生・インクルージョン・教育の分野)」としており、さらに「欧州評議会の活動の柱でもある人権・民主主義・法の支配を守り、推進するものである」と記載している。
・改定案第2版では本憲章の目的は上述のような価値を持つスポーツを振興するために各国政府が適切なスポーツ法規制や政策を設計・導入できるようにガイドすることであると記載している。
・本憲章の目的を達成するためには「個人はだれしもスポーツに参加することができるようにすること」を第1項にあげている点は現状版と同様だが、特に強調すべき点として「スポーツの開発は常にインクルーシブであるべきで、定期的な評価が行われるべき」という点が新たに追加されている。
・また「すべての人がそのスポーツの競技水準を高め、個人の定めた到達水準、あるいはまた一般に認められた古道な水準にまで究める機会を保証すべき」という点に関しては現状版と同様だが、改定案第2版はそれを「倫理的に、公平にかつ責任ある形で行うべき」という文言が追加されている。
・また現状版では「スポーツ及びスポーツ選手を、政治、商業、金銭上の弊害から守り、薬物乱用、セクシャル・ハラスメント、子どもや青少年、女性の虐待などスポーツ界の不正かつ品位を低下させる風潮を抑えることによって、スポーツの道徳的倫理的基盤とスポーツに関与する人びとの尊厳と安全を守り、高めていく」と記載されていた第2項については、改定案ではすべての前提となるスポーツの価値を守るために重要な点として「スポーツに携わるすべての人の人権の保護」、「倫理観や行動規範の発展」、「スポーツ団体、競技大会、参加者のインテグリティ」、「持続可能な開発の原則に沿ったスポーツ活動」があげられている。
新たに追加された条項の中には、第16回欧州スポーツ閣僚会議のもう一つのテーマであった「人権」に関する条項もある
改定案第2版
目次
現状版との比較
Article 6
- Human Rights
第6条 人権
・改定案で新たに追加された条項である。
・スポーツに携わるすべてのステークホルダーが国際的に認められている人権とそれに基づく基本的な自由を尊重・保護して、必要な仕組みを自らの事業や活動に取り入れることを記載されている。
・第2項にはより具体的に「アスリートの人権の保護」、「男女平等の実現」、「暴力や差別の根絶」などが記載されている。また招致活動、計画段階、イベント終了後のレガシー創出など、スポーツイベント開催のすべてのライフサイクルにおける人権への配慮についても記載されている。
「持続可能性」については、現状版にも類似する条項があるが国連のSDGsなどの影響もあってか、環境面だけではなく、社会面・経済面に関しても言及されている
改定案第2版
目次
現状版との比較
Article 9
- Sustainability
第9条 持続可能性
・現状版にも「第10条スポーツと環境保全 (Article 10 Sport and Sustainable development)」という条項が存在しているが、現状版では主に自然環境への配慮を定めていた。
しかし改定案では国連のSDGsの影響もあってか、持続可能性(Sustainability)をより広範にとらえており、環境の面だけではなく、社会的・経済的な持続可能性を守る必要があると記載している。
・特に注意すべき点として、スポーツ活動やイベントの開催を計画・実行・評価する際の配慮、拡大を続けるスポーツグッズの消費における環境面への配慮、屋内外でスポーツ活動を行う際の配慮、施設保有者が自社施設が環境や社会に与える影響への配慮、大規模スポーツイベント開催にあたっての長期的なレガシー創出(特に多大な予算を費やして整備してインフラのイベント終了後の活用方法やイベント終了後のスポーツ参加率への影響)が記載されている。
・第2項には、スポーツに携わるすべてのステークホルダーは気候変動が社会全体とスポーツにもたらす悪影響について認識して、温室効果ガスの排出量を最小化するように努める必要があると記載されている。

<新ヨーロッパ・スポーツ憲章の改定の今後のプロセスについて>

前述の通り新ヨーロッパ・スポーツ憲章改定の検討が開始されたのは20181015日~17日に開催された第15回欧州スポーツ閣僚会議(ジョージア・トビリシ)の決議内容の中で、EPASに対して新ヨーロッパ・スポーツ憲章改定に関する検討が要請されたことが発端である。

その後、2019年からEPAS事務局が中心となって改定案の内容が策定され、現在の改定案第2版が第16回欧州スポーツ閣僚会議の場で協議された。

今後は第16回欧州スポーツ閣僚会議における発言や議論の内容も踏まえて、改定案への加筆・修正が行われ、最終的に20219月に欧州評議会の閣僚委員会に最終版がかけられて、採択が行われる予定である。

<改定プロセスの主なタイムライン(2021218日時点)>

タイミング 概要
2018年10月17日 第15回欧州スポーツ閣僚会議(ジョージア・トビリシ)の決議の中でEPASに対して新ヨーロッパ・スポーツ憲章改定の検討を要請
2019年5月16日 Sport Cares(外部コンサルタント機関)による影響分析調査を開始
2019年9月11日 第1回のワークショップを開催。EPAS理事会と諮問委員会が、改定の実行可能性調査、改定プロセス、スコープなどに確認
2019年10月 EPAS事務局の担当職が憲章の改定案第0版とコミュニケーション計画を策定
2019年11月 EPAS理事会と諮問委員会にて、改定案第0版を検討
2019年12月 EPAS事務局の担当職がコメントを収集・反映して、改定案第1版を策定
2020年2月28日 EPAS事務局の管理部門にて改定案第1案を検討。第2回ワークショップで議論すべき重要な論点を明確化
2020年4月24日 EPAS事務局の管理部門にて新型コロナウイルス感染症拡大の影響を踏まえ、改定のプロセスと今後の活動を修正(第2回ワークショップをオンライン調査で代替)
2020年5月 EPAS事務局の担当職より、EPAS理事会と諮問委員会に対して、オンライン上で改定案第1版に関して協議
2020年7月 EPAS理事会と諮問委員会はオンライン上でウェビナーに参加して、オンライン調査の結果を討議
2020年8月 EPAS事務局の担当職にて、これまでの議論を踏まえて改定案第2版を策定
2020年9月8日~9日 EPAS理事会と諮問委員会の共同年次会合が行われ、改定案第2版について協議。改定案第2版を第16回欧州スポーツ閣僚会議の背景文書として活用することを承認
2020年11月5日 第16回欧州スポーツ閣僚会議が開幕。改定案第2版に基づいて、欧州各国のスポーツ閣僚が関連する論点について討議
2021年1月15日 第16回欧州スポーツ閣僚会議のオンライン会議の場にて各国の代表者が憲章の改定案第2版について、コメントを発表
2021年2月11日 欧州スポーツ閣僚会議にて、「テーマ1 欧州のスポーツ政策へのアプローチ:新ヨーロッパ・スポーツ憲章の改定」に関する決議が採択
2021年3月10日 EPAS理事会と諮問委員会は第3回ワークショップ/オンラインウェビナーに参加して、未解決の論点について議論
2021年3月31日 欧州評議会の閣僚委員会にて第16回欧州スポーツ閣僚会議の決議内容を是認
2021年4月 EPAS事務局の担当職にて改定案第3版を策定
2021年5月 EPAS理事会の改定案策定グループにて、改定案第3版に関する議論を実施。必要に応じて修正を行った上で、承認
2021年5月 EPAS事務局の担当職が外部専門家とも連携し、EPAS非加盟国との協議も経て、改定案第4版を策定
2021年6月 EPAS理事会が改定案第4版を最終承認
2021年7月~8月 欧州評議会の法務部門・校正サービス担当にて、改定案第4版についてコメントを提供
2021年9月 新ヨーロッパ・スポーツ憲章の最終的な改定案が欧州評議会の閣僚委員会にかけられて採択

(本記事の内容は別途記載がない限り、2021年218日時点の情報に基づくものであり、その後情報の更新・変更が行われている場合がある)

笹川スポーツ財団 スポーツ政策研究所 政策ディレクター 武富 涼介

【リンク先】




i 憲章の正式名称に関しては、原文では”European Sports Charter”となっており、直訳ではヨーロッパ・スポーツ憲章となる。しかし、国内では欧州スポーツ閣僚によって1975年に制定された「ヨーロッパ・スポーツ・フォア・オール憲章(European Sport for All Charter)」に対して、1992年にヨーロッパ・スポーツ・フォア・オール憲章の基本的な方針を受け継いで制定された憲章を「新ヨーロッパ・スポーツ憲章(European Sport Charter)」と訳しているケースが多いため、本記事においても「新ヨーロッパ・スポーツ憲章」を採用している。文中に記載している通り、新ヨーロッパ・スポーツ憲章はその後2001年に改定されている。

【参考資料】

スポーツ審議会スポーツ基本計画部会(第4回)合同会議 配付資料4-1 スポーツの価値についての検討課題(スポーツ庁Webサイトより)

https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/001_index/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2016/09/15/1376700_004.pdf

スポーツ白書2010(笹川スポーツ財団)