佐野 慎輔(笹川スポーツ財団 参与、上席特別研究員/産経新聞 客員論説委員)
「新しい景色」「最高の景色」をめざす森保ジャパンの戦い
キリンチャレンジカップ2025 日本代表 vs ボリビア代表 森保一監督 写真:川口浩輝/フォート・キシモト(2025年11月18日撮影)
日本代表は8大会連続8回目の出場、過去最高のベスト16以上を目標とする。2022年カタール大会で強豪ドイツ、スペインを相次いで破ってグループ首位でノックダウンステージと呼ばれる決勝トーナメントに進んだ日本は、ラウンド16で前回大会準優勝のクロアチアと対戦。前半に前田大然のゴールで先制したものの、後半追いつかれて延長戦に。そこでも決着がつかずPK戦となり、1-3で敗れて史上初のベスト8は適わなかった。
敗戦後、円陣を組み、涙する選手たちに向かい森保監督はこう声を振り絞った。
「みんなが新しい景色、最高の景色をめざしていけば、必ず歴史が変わる」
「新しい景色」はカタール大会を前に掲げた森保ジャパンのベスト8以上という目標だった。それは果たせなかったとはいえ、ドイツ、スペインを撃破したことで新しい景色は見えてきた。ならば「最高の景色」つまり頂点をめざそうという檄である。そこをめざして力を結集していけば「必ず歴史は変わる」、それは森保監督の信念といっていい。
日本史上初、2大会連続指揮を執る森保監督
前回カタール大会敗戦直後、森保監督の留任が決まった。これまでは新たな監督のもとで次のW杯をめざすのが常だったが、森保監督のチーム掌握力の高さに「新しい景色」「最高の景色」をめざすことでサッカー界の意思が統一された。
森保監督は表にある通り、代表監督として試合数103、勝利数72、そして勝率.699(不戦勝となった2024年の北朝鮮を除く)は歴代最高である。2025年10月の南アメリカ遠征でブラジルに3-2で初勝利したほか、今年春のヨーロッパ遠征ではスコットランド、イングランドをいずれも1-0で破っている。「新しい景色」「最高の景色」への期待が高まる理由であろう。
W杯の始まり、その歴史的な背景
W杯の始まりは1930年。その2年前の1928年5月、アムステルダムで開いたFIFA総会で開催が決まった。推進役は第3代FIFA会長ジュール・リメ。1904年FIFA創設の際に世界一を決める選手権大会を創ることが確認され、初代会長ロベール・ゲランのもとで1906年世界選手権を開催したが、組織の未成熟、資金不足などもあって失敗。その後、第1次世界大戦などで頓挫していた。リメはサッカーの世界的な普及を掲げて奔走、1930年ウルグアイでの第1回大会開催に漕ぎつける。
ウルグアイを開催国に決めたのは同国が建国100年を記念して誘致したことに加え、当時、唯一の国際大会であったオリンピックで1924年パリ、1928年アムステルダム大会に2連覇。リメがその強さに敬意を払ったからだとされる。ちなみに2030年W杯はスペイン・ポルトガル・モロッコの3カ国開催となるが、100年記念としてウルグアイ、アルゼンチン、パラグアイでの試合開催が予定されている。
リメはまた、オリンピックとの差別化をうちだした。アマチュアに参加資格が限られていたオリンピックに対しプロとアマチュアを区別しない、期間は1カ月、参加費用をFIFAが負担し賞金も授与する、クラブではなく国の代表とするなど、今に残るW杯ルールを定めてもいる。サッカー界がオリンピック出場に年齢制限を設け、国のA代表チームではないルールを設けているのも差別化の“遺産”といってもいい。
じつはこの第1回W杯にサッカーの母国イギリスは出場していない。1863年にフットボール連盟(FA)を創設、1871年からFAカップを開催しており、さらにイングランド、ウエールズ、スコットランド、アイルランドの4協会による国際サッカー評議会(IFAB)を創るなどサッカー先進国としてのプライド、レベルの違いが理由にあった。
FIFAは懐柔策として4協会を“国”として出場を認める措置を講じ、サッカー先進国のプライドをくすぐった。今日も続くイギリスだけの特例である。サッカーと同じフットボールをルーツに持つラグビーも同様にイギリス4協会に特例を認めている。
日本とW杯出場までの時間的な距離
日本にサッカーが“輸入”されたのは1873年、東京・築地にあった海軍兵学寮でイギリス海軍の顧問団が教えたのが伝播の最初である。その後、1902年ヨーロッパ視察から帰国した体操伝習所(現・筑波大学体育学群)教師、坪井玄道が「フートボール」として紹介、東京高等師範学校(現・筑波大学)を中心に師範学校系で広まった。
しかし同時期に日本に伝えられた野球と比べて普及度は低く、1921年に大日本蹴球協会(現・日本サッカー協会)が創設され、国際大会にも出場。1936年ベルリン大会でオリンピックに初出場し1回戦で優勝候補スウェーデンに勝利して「ベルリンの奇跡」とヨーロッパで騒がれたものの、新聞が取り上げることも少なかった。
W杯の予選に初出場したのは1954年。その後、西ドイツ(現ドイツ)からデットマール・クラマーをコーチに招いて選手を強化し、杉山隆一、釜本邦茂らの活躍で1964年東京オリンピックベスト8、1968年メキシコシティオリンピック銅メダルを獲得するまでになった。しかし日本リーグを創り、1970年から毎回W杯予選に参加したものの世界との実力差も大きく、サッカー人気は低迷。実力の向上は1993年の日本サッカーリーグ(Jリーグ)創設まで待たねばならなかった。
Jリーグ効果は次第に現れ、1994年アメリカ大会のアジア予選ではもう一歩で手が届くまでになった。あと1勝に迫ったイラクとの試合はカタールのドーハで行われた。試合終了直前まで2-1とリードしていたが、ロスタイム残り数秒、コーナーキックから同点ゴールを決められ、夢がするりと滑り落ちた。「ドーハの悲劇」という。その時、ピッチに立っていたのがMF森保一、現代表監督だった。
W杯初出場はその次、1998年フランス大会である。
FIFAワールドカップ1998 フランス大会 予選リーグ グループH アルゼンチン戦でドリブル突破する中田英寿 写真:フォート・キシモト(1998年6月14日)
日本代表勝ち上がりのために
今回の北中米大会、日本はグループラウンド(GL)をオランダ、チュニジア、スウェーデンとグループFで競う。
出場枠が48カ国に広がり、これまでとノックダウンステージのあり方が変わった。グループは12となって各グループ上位2位に加え、3位チームによる戦いを勝ち抜いた8チームがラウンド32に進む。そこからラウンド16、準々決勝、準決勝、決勝となっていく。3位であっても決勝まで勝ち抜いていく可能性があるわけで、グループラウンド(GL)で取りこぼした実力チームの復活劇は新たな興奮をうむと期待される。
だから3位でもいいというわけではない。GLで2位以内が必須であることはいうまでもない。GLの戦いは日本時間の6月15日幕をあける。
●グループラウンド日程(日本代表戦)
6月15日 5:00 / アメリカ・ダラス(AT&T スタジアム)
オランダ
W杯出場:12回 最高成績:準優勝 FIFAランク:7位
圧倒的な攻撃力を誇る欧州トップクラスの強豪である。
6月21日 13:00 / メキシコ・モンテレイ(エスタディオBBVA)
チュニジア
W杯出場:7回 最高成績:GL敗退 FIFAランク:44位
高い身体能力と組織的な守備が特徴の北アフリカの実力国。
6月26日 8:00 / アメリカ・ダラス(AT&T スタジアム)
スウェーデン
W杯出場:13回 最高成績:準優勝 FIFAランク:38位
粘り強い組織的な守備と強力な攻撃陣をもつ欧州の伝統国。日本と実力拮抗。
直近のFIFAランキング18位の日本にとって、ランキング上位のオランダ相手の初戦がGL突破を占う試合となる。主力として牽引してきた三笘薫、南野拓実を故障で欠き、攻守のかなめとなる主将の遠藤航も負傷した左足首に不安がのこるなか、日本がどのような戦いができるか。中盤の鎌田大地、佐野海舟、そして久保建英らの動きに注目したい。それが堂安律、上田綺世、中村敬斗の攻撃力につながる。
選出された26選手のうち、国内クラブでプレーする選手は3人。23人は海外でプレーしている。対戦相手のプレーを知る機会も少なくなく、そうした意味では臆するところはない。逆にマークもきつくなろう。一方、森保監督はチームのつながり、メンタル面を重視、W杯5回目となる長友佑都を選出したほか、前回大会の主将吉田麻也をサポートプレーヤー、南野拓実をメンター(相談者、助言者)として同行。支援体制を整えている。それがどのように、最高の舞台で作用するか、楽しみでもある。
●決勝ラウンドの日程
【ラウンド32】6月29日~7月4日
【ラウンド16】7月5~8日(フィラデルフィア、ヒューストン、ニュージャージー、 メキシコシティ、アーリントン、シアトル、アトランタ、バンクーバー)
【準々決勝】7月10~12日(ボストン、ロサンゼルス、マイアミ、カンザスシティ)
【準決勝】7月15、16日(ダラス、アトランタ)
【3位決定戦】7月19日(マイアミ・スタジアム)
【決勝】7月20日(ニューヨーク/ニュージャージー・スタジアム)
今大会の本命としてスペイン、フランスの名があがり、イングランド、ブラジル、アルゼンチンなど常連が優勝を争うとみられる。実際、ヨーロッパのベッティング・ランキングでもこれらの国の評価が高い。日本はダークホース的な存在としてみられている。
日本戦は地上波でみられる!
2026年3月に開催された野球の国別対抗戦World Baseball Classic(WBC)はアメリカのネット配信大手Netflixが日本での独占配信権を獲得し、日本では地上波での放送がなく、試合を見るためにはNetflixと契約する必要があった。このため多くの野球ファンやWBCでの日本代表の活躍を期待する人たちから批判が噴出したことは記憶に新しい。その後、放送法の改正を伴うユニバーサルアクセス権の導入論議も起きている。
W杯北中米大会は地上波での中継があるため、サッカーファンは安心して日本代表の戦いを応援できる。ネット配信大手のDAZNが日本の試合を無料でライブ配信するほか、NHKと日本テレビ、フジテレビが放送権を獲得、日本戦を含む注目の試合を中継する。
GLは前述した通り、NHKがオランダ戦とスウェーデン戦の2試合、日本テレビがチュニジア戦を放送する。NHKは開幕戦、決勝戦を含む33試合、日本テレビは15試合、フジテレビは注目される国の試合を中心に10試合を生中継する。
またNHK BSプレミアム4Kが全104試合を生中継と録画で放送するほか、全104試合の配信権を獲得したDAZNは日本戦以外の試合は有料で配信する。
今回のW杯は記述した通り、地上波で日本戦が視聴できることでひとまず安心できたものの、今後、W杯を含む国際スポーツ大会の地上波による無料視聴がどうなっていくか、予断は許されない。スポーツ人気の拡大とともに放送権料の高騰は避けられず、民放各局は支出に見合ったスポンサーからの収入が得られなくなっている。すでにNHKを含む主要放送局が資金を供出して放送権を獲得して共同放送するジャパンコンソーシアム(JC)とよばれたシステムが崩壊した日本において、新たな放送環境の構築が求められる。この件に関しては別の機会に論考を加えたい。
賞金総額は大幅増
W杯は賞金大会であり、出場するだけで驚くような金額が出場国に贈られる。それが各国の協会を財政面で支えており、W杯出場のモチベーションを高める効果をもたらしてきた。FIFAが安定した財源を確保したい大きな理由のひとつでもあるが、北中米大会はこの賞金面でも大幅な増額、史上最高の賞金大会となる。
2026年1月、FIFA理事会が承認した賞金総額は6億5500万ドル。2022年カタール大会の総額は4億4000万ドルだったから約50%増、優勝賞金5000万ドルは22年大会から800万ドル増、準優勝も300万ドル増の3300万ドルであり、以下3位2900万ドル、4位2700万ドル、ベスト8に進むと1900万ドル、ラウンド16は1500万ドル、ラウンド32で1100万ドルの賞金を受け取るが、これも前回大会から200万ドルずつ上昇している。GLで敗退しても900万ドルの“参加賞金”を受け取るが、これはさすがに前回と同一額となった。
このほか48の出場国には支度金として別途150万ドルが支給され、チーム側には総額7億2700万ドル大会が支払われる計算となる。いかにW杯が特別な大会であるか、受け取る賞金から類推することができよう。