松瀬 学(笹川スポーツ財団 特別研究員)
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
松瀬 学(笹川スポーツ財団 特別研究員)
日本、いやアジアのスポーツの歴史を塗り替える偉業である。11歳3か月の少年がeスポーツで、アジア競技大会(アジア大会)金メダル獲得の史上最年少記録を樹立した。栗原悠輝(東京ヴェルディeスポーツ)。身長157センチの小学5年生は、表彰台の一番高いところで「君が代」を聞いた。あどけなさの残る表情はいつもと同じ、ほとんど変わらない。
「表情変えるのは、ちょっと恥ずかしくて。でも正直、むちゃくちゃうれしかったです。やっぱり金メダルは、ほんとうにキラキラしていて、めっちゃ、うれしいです。はい、金メダルって、とても重いです」
表彰台からの景色は?
「優勝したことがうれしくなるような風景というか、応援してくれている人がたくさんいて。(名前が入った)応援タオルとか持ってくれている人もいました。とても、なんか、いい風景でした」
第20回アジア競技大会。eスポーツ ぷよぷよ競技で金メダルを獲得した栗原悠輝 (写真:三船貴光/フォート・キシモト)
愛知・名古屋アジア大会は9月26日の土曜日、中部国際空港そばの愛知県国際展示場でeスポーツのパズル型対戦ゲーム「ぷよぷよ」部門が行われ、日本選手団「チームジャパン」の最年少の栗原が圧倒的な強さを発揮し、金メダルを獲得した。従来の大会最年少メダリストは、2018年ジャカルタ大会スケートボード女子ストリートの銅メダルを獲得した12歳のニマス(インドネシア)だったが、それを大幅に更新してみせた。なお、eスポーツは前回の2023年杭州アジア大会から正式競技となったが、日本勢は前回、メダルゼロに終わっていた。
「ぷよぷよ」は、画面の上から落ちてくる同じ色の「ぷよ」を4つ以上くっつけて消していく、日本を代表する国民的な落ち物パズルゲーム。「ぷよ」は、そのゲームに登場するキャラクターだ。違う色を連続して消す「連鎖」により対戦相手の画面に邪魔な「ぷよ」が現れ、上まで埋めると勝ちとなる。栗原の最大の強みは、この「連鎖」を何回もつなげる「大連鎖」の構築力にある。
競技会場は、サッカー場ほどの大きな国際展示場だった。屋根が高い。屋内は暗く、前に高いステージがあり、照明に照らされている。観客は約1千人で、上には3つの巨大なスクリーンが下がっていた。
栗原は東京都生まれ。小学1年生でeスポーツをはじめ、小学2年の2023年、国内最大級の格闘ゲーム大会「EVO Japan」で3位に入り、本格的に競技を開始した。数々の大会を制し、ことし4月、日本eスポーツ協会(JESU)の公認プロライセンスを取得し、小学生初のeスポーツ・プロライセンス取得者となった。もはや栗原の実力は文句なしだ。とくに技術力、正確性、対応力がハンパない。「神童」「怪物」と呼んでもいい。
午前9時過ぎに始まった初戦の準々決勝(5ゲーム先取方式)では、32歳のシンガポール選手をわずか8分間で退けた。勝利直後のミックスゾーン。「今の試合はとても調子がよくて、いい感じに戦えて、勝ててよかったかなと思いました」と言った。
準決勝(10ゲーム先取方式)では28歳のタイの選手を10-1で圧倒した。わずか15分間だった。そして、零時半すぎからの決勝戦(同)。栗原はいつも通り、ひょうひょうとした風情でステージに姿を現した。チームジャパンの青色のTシャツ。選手紹介の時は、珍しく、観客席に向けて、右手を小さく振った。席に座ると大きなあくび。無邪気というか、微笑ましいというか。
相手は、韓国の24歳カン・ドンシン。1ゲーム目を落とすも、2ゲーム目は15連鎖などで1-1に。その後は、11連鎖、13連鎖と終始リードし、10-2で勝利した。わずか10分間。金メダルだ。
これまた、表情は変わらない。モニターカメラがずっと追う、でも変わらない。
栗原の述懐。「ふつうにちょっと恥ずかしと思って…。実際、本当はめちゃくちゃうれしかったです」
金メダルを掲げる栗原悠輝 (写真:三船貴光/フォート・キシモト)
表彰式直後のミックスゾーン。栗原は「めちゃうれしいです」と繰り返した。「運もよかったし、あと、結構調子よくて。それが(優勝の)勝因ですかね」。その10分後、すぐそばの特設会見場でメダリストの記者会見がはじまった。壇上の真ん中に座った栗原は淡々と応える。
「1本目は正直、負けてもいいぐらいの感じではあったので。(その後は)修正して、しっかり勝ててよかったです」
歴史を変えた感想は。
「めちゃくちゃうれしいです」
自分の"ぷよぷよ人生"でどのくらいうれしいですか?栗原は正直だ。
「まあ、2番目か、3番目ぐらいです。これまでも結構、うれしい瞬間があって。(2026年)2月に開かれたファイナルズ(ぷよぷよグランプリファイナル)では、最後の1本勝負で勝って、その瞬間も、めちゃくちゃうれしかったです」
勉強との両立は。
「目標に向かう中で、今回のアジア大会に向けて練習していました。アジア大会前のシルバーウイークがあって。結構3時間ぐらい(練習を)やっていた。普段は、1時間ぐらいですかね」
アジア大会では日本人選手には賞金が出ないが、勘違いしている記者から、賞金で何を買いたいかという質問が出た。栗原は「(賞金)出るのかな」と困惑しながら、こう続けた。
「優勝賞金では、宝石を買いたい。きらきらしたのが好きなんで。青色(の宝石)とか、好きです」
スポーツ総合大会で勝てた喜びは。
「ほんとうに(他の競技と)同じ舞台の、アジア競技大会という大会で、自分もいい成績を残せてめちゃくちゃうれしいですね」
ここで、外国人記者から、小学生には酷な質問が飛び出した。「eスポーツはスポーツでしょうか」。栗原は首をかしげ、しばし考え込んだ。「難しいですね」と漏らした。隣の銀メダルの韓国のカンから小声で助け舟を出された。日本語で。「答えられなかったら答えなくてもいいと思いますよ」と。
栗原は顔をゆがめ、「すみません」と声を絞り出した。
「eスポーツは本当にスポーツなのか?」といった議論はもう遠い昔の話だろう。コンピューターゲームを使った対戦競技であるeスポーツはいまや、単なる「ゲーム」の枠を超え、とくにここ10年、競技人口、ファン、市場規模をどんどん拡大させている。JESUによると、日本の競技人口は2024年に推計419万人に達した。
そもそもスポーツとは何か。日本のスポーツ基本法では「運動競技その他の身体活動」と定義している。もう少し広くとらえるなら、「一定のルールのもとで、身体的・精神的能力を用いて競い合う、文化的な活動」とも考えることができる。
つまり、ポイントは「身体をどの程度使うのか」ということであろうか。eスポーツは、高度な技術を反復して鍛え、瞬時の判断力、集中力、戦術性が求められる。トレーニングやコーチングもちゃんとある。観客がいて、メディアで報道される。人々に感動を与える。
アジア大会のeスポーツ日本代表チームの福田真澄監督は、「もちろん、我々はスポーツだと考えています」と言い切った。
「俯瞰的にみて、人々を感動させることができるんです。スポーツの魅力って人間ドラマだと思うんです。じつは悠輝には国内のライバルがいたりする。そのライバルたちがみんなで応援する。そのドラマ性が選手の魅力を大きくするんです。そしてファンのみなさんを沸かせて、心を躍らせる、これってスポーツの魅力でしょう」
そういえば、この日のeスポーツ会場には、柔道の五輪金メダリストで、日本選手団の井上康生団長も応援に来ていた。井上団長は感動していた。
「(栗原は)素晴らしい試合をみせてくれました。史上最年少の金メダル、うれしく思っています。表情を見ていても、貫禄がありましたし、かわいさもありました。eスポーツもまた、スポーツの魅力を発信してくれるものだなと思いました」
つまるところ、eスポーツは正真正銘のスポーツなのである。
写真:Adobe Stock
さて、栗原の快挙から約4時間後、同じ会場で、三つの格闘ゲームの総合成績を争う「対戦格闘団体戦」があった。日本チームは決勝で鬼気迫るプレーの韓国に敗れ、惜しくも銀メダルとなった。日本チームには、eスポーツ代表最年長の43歳、プロ選手の澤田彰仁(AMATERASU GAMING)がいた。
試合後、澤田は「悔しいです」と声を絞り出した。栗原の金メダルの話題を振れば、「実力がダントツですから」と言った。
「あんな若い子ががんばれるんだから、もう結構トシがいってますけど、僕もがんばらないといけませんでした。僕も最後まで負けたくないんです。からだを使う選手もそうかもしれませんけど、eスポーツにも負けず嫌いのプレーやーが多いんです」
澤田は大阪出身。1998(平成10)年、中学時代の15歳のころ、友達とゲームセンターに行き、対戦格闘ゲームにはまった。
時代が移る。就職しても、空いた時間を利用し、eスポーツはつづけた。2019年に仕事をやめ、プロゲーマー1本に専念した。2025年の獲得賞金は1000万円を超えた。
11歳と43歳が同じ大会に出場する。
「年齢に関係なく、対戦できる。それがeスポーツのいいところですよね。これを機会にeスポーツに興味をもってもらえる方が増えたら何よりです」
そうなのだ。Eスポーツは年齢や性別に左右されにくく、離れた場所にいる人や、障害のある人も同じルールで戦いやすい。そうした意味では、『究極のバリアフリー』に近い競技とも言えるのだ。
おそらくeスポーツは競技人口もファンも増え続け、市場規模もさらに膨らんでいくだろう。11歳の栗原がアジア大会史上最年少の金メダルに輝き、会場を大いに沸かせた。「eスポーツっておもしろいね」と多くの人が言ったから、このスポーツ史に刻まれる9月26日を、「eスポーツ記念日」と呼んではどうだろう。
松瀬 学
SSF 特別研究員